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第1章
第1章 エルフ?な不思議少女 4
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4 異世界召喚者
「クロちゃーん。……水汚いよー」
沙那が木製のカップの中身をじっと見つめていた。
「おかしいっスなー。井戸から汲み上げたばかりの新鮮な水っスよ?」
クローリーはひょいと顔を出して沙那のカップを覗き込んだ。
「いやー。普通っスよー?」
「どこがーっ!?」
沙那は悲鳴を上げる。
カップの中の水は薄茶色に濁っていたのである。
彼女が知る世界では濁った飲料水などはありえない。
日本では無色透明で消毒された清潔な水であるのが当たり前だったからだ。
それがカップの中の水は微妙に埃なのか細かい砂なのかがふわふわと舞っているのだ。
沙那はまだ分かっていなかったが井戸水は場所によって状況が大きく違っていて、どれもが綺麗な水とは限らない。
大雨で増水しようものなら、場合によっては汚水まで流れこんでしまうのが井戸水なのだ。
海の傍だったら塩分が混じっていたり、とにかくないよりはマシということも多いのだ。
事実、沙那の住んでいた世界でも保健所から『飲料に不適切』と判定される井戸は結構多い、
王都は綺麗な泉がいくつか湧いているため場合によっては透明感のある水にありつけることもあるのだが、彼らが今食事をとろうとしている店はそうではなかったようだ。
「まー、こんなもんスけどねー」
クローリーは平気でごくごくと飲み干す。
こんな水でもタダではない。有料なのだ。
食事に無料で奇麗な水が出てくるサービスは沙那が生まれ育った国くらいだ。
「う~~~~~~~~~~」
それを見て沙那は渋い顔になった。
ニンジンやピーマンを目の前に出された子供のようだ。
なかなか覚めない夢だなあと沙那は思いつつ寝不足の目を擦る。
昨夜泊まった宿は高級とは言えないがかなりまともな宿であったのだが、夜は体が痒くて眠れなったのだ。
朝方になって初めて、その原因だったノミを見た。生まれて初めて見る虫だった。
沙那は悲鳴を上げて大騒ぎしたのだが、その時もクローリーは驚きもせずに沙那に言ったものだ。
「だから部屋に入る前に虫よけのハーブを渡したじゃないっスか」
だいたいどこの宿でもノミやシラミは付き物なので、旅慣れていれば虫の嫌がる香りのハーブを小さな袋に入れて持ち歩いていたりするものだ。
それも沙那にはまったくわからないことだった。
確かに小さなポプリ入れのような小袋を渡されてはいたが、あまりいい香りとも思わなかったので放置していたのだった。
「……油断できない夢だー」
沙那は未だに夢の中の出来事と思い込んでいた。
異世界召喚者の重要性は主に戦場での活躍が期待される部分であった。
戦争は経済的な利益を上げるための最も効率の良い手段であったからだ(戦争で勝てたらの話だが)。
この時代の国や領主の収入は≒税収であったからだ。
税収で収益を増やすのは簡単ではない。手っ取り早いのは税率を上げることだ。
しかし、多くの場合は税率を上昇させても計算上増えるほどの税収は見込めないことがほとんどだった。
なぜなら既に現状の税率が領民が支払いうる上限ギリギリであったから税率を上げても支払い能力がないことも多く、最悪の場合は領民が土地を捨てて逃亡することさえあったからだ。
領民の逃散は税収にとって最悪の事態である。
徴収する対象が減るのだから当然である。
これを防ぐために多くの領主(というよりもほぼ全員が)は領民の移動を厳しく制限していた。
領主の庇護下にあろうとすれば旅行などはままならない。
冒険者のような立場だと移動の自由と引き換えに、公的な保護は一切得られない。
交易商人も移動を厳しく管理され、領地を跨げば領地ごとに通行料が徴収される。
とにかくも領主の収入は徴税権を如何に使いまくるかであった。
ここで税率を下げれば領民が逃げ出す確率は減るが、同時に領地の収入は激減する。
それでは元も子もない。
そもそも領地の収入が低ければ行政活動にも支障が出て、治安の悪化やサービスの低下で住みづらくなり、やはり住民の逃散の原因となる。
常に堂々巡りなのだ。
では、領地を豊かにすればいい。とは、だれもが理解しているがそれ自体がとても困難なのである。
最も重要なのは食糧であるが、そもそも多くの地域で常に不足していた。
それは耕作面積に対して収穫量があまり多くないことによる。
畑を拡張しても思ったほど収穫は増えないのだ。
なぜなら、畑は同じ場所で連続して作物を植えることが難しいからだった。
特に主食となる麦は顕著であった。
後の時代に車輪法と呼ばれる手法が確立するまでは、一度収穫した土地は2年ほど休ませておかないと収穫量が激減するのである。
つまり、耕作面積のうち実際に使えるのは1/3ほどなのである。
耕作地を2倍に広げても、収穫量はせいぜい3割増しにしかならない。
かかる手間や人数になかなか見合わないのだ。
ではどうするか?
それが戦争である。
相手を滅ぼすためのものではない。
食料や財産を奪い、場合によっては身代金や賠償金を得るのである。
平たく言えば公的権力を用いる『山賊』のようなものである。
悪質な例では土地の管理はしないが徴税権だけ奪うなどということさえある。
力のある領主が力のない領主を襲う……同じ帝領域国内で起きているということを考えれば、自分の脚を食べる蛸と同じようなものといえた。
発展性や将来性のない行為。
しかし、生存していくためには已むを得ないものだった。
そこで常に勝者側に立つためには外交能力もさることながら、強力な軍事力が必要だった。
大規模な軍隊?それもありではある。維持費を考慮しなければ。
効率良く精強な軍隊があればなお良い。
その時、誰しもが思い浮かべたのは異世界召喚者だった。
帝国建国以前からその存在と活躍は知られており、事実、現在使われている軍事的な魔法の多くは異世界から伝わったといわれている。
もしも、新たに、戦局を左右するような異世界召喚者が現れれば大きく有利になる。
それが異世界召喚の儀式が行われる所以であった。
伯爵エムレイン家のイストが異世界召喚の儀式に関わっている理由もそれだった。
その地方ではかなり有力な貴族の次男である彼は自分の家が発展するための手段を常に考えていた。
多分に漏れず彼の家も戦争による収益が少なくない。
周囲の弱小領主たちから搾り上げていくことが領地の豊かさになり、同時に対抗する勢力が生まれないように常に注意をしていた。
その中で今現在優位に立っているとはいえ、異世界召喚者の登場で一気に状況を覆される可能性は無視できなかった。
事実、まさにその方法で立場を逆転させた領主も帝国内にいるのだ。
そのため彼は周囲に先んじて兵力としての異世界召喚者を手に入れたかった。
だからこそ王都の魔術学院に所属し、通い、情報を集め、召喚儀式に参加する魔術師の一角となった。
今はまだ帝国三王朝の一つである東方エステルレンの王都で主催される儀式の中の大勢の一人でしかないが、ノウハウを集めていずれは自領で儀式を行う心算であった。
あるいは王都での儀式の中で掠め取ることができればそれでも良かった。
多少の恨みを買おうとも、それを跳ね返せるだけの価値が異世界召喚者にはあるはずだからだった。
ただ残念なことに、すでに二十数回もの儀式に参加しているが未だに戦力化できるような異世界召喚者は現れていない。
儀式の手順が悪いのか、単純な確率の問題なのか。
どちらにしても彼が見たものは全員エルフだった。しかも魔術師や騎士などはいない。ほとんどが労働者階級の庶民だった(と彼は思っていた)。
捗々しくない結果が続くことで彼は疑問を抱いていた。
「何かが足りないのかもしれない」
もちろんその何かが何であるかは判らなかった。
その中で気が付いたのは、彼の近隣弱小諸侯の子息……現在は当主であるはずのクローリーが捨てられたエルフを拾っていくことだった。
一回だったら気まぐれとしか思わなかっただろう。しかし、今回で2人目である。
もしかして奴はな何かを掴んでいるのではないか?という小さな疑念が生まれた。
もしもそうだったのなら、立場が入れ替わる事態になるかもしれない。
近隣諸侯の一族の一人で年齢もほぼ同じ。
地位も財力も格下の貴族で、魔術学院の成績も格下の存在でしかないが、近隣の領主であるクローリーに僅かなライバル心を抱いていた。
もっともライバル心というよりは優越意識が近いかもしれない。
油断して下剋上をされたくはない。
今のうちから調査の対象にしておくべきだ。そう考えていた。
ただ、彼は知らなかったがイストの思いは9割くらい杞憂だった。
クローリーには大それた野望などなく、そもそも異世界召喚者を拾っていったのは単に興味をもっただけであり、しかもエルフ世界の生活の一部を再現してみたいというものだったのである。
一言でいうなら『趣味人』という程度のものだったのだ。
「クロちゃーん!このお肉、味がしなーいっ!」
その対象である沙那は今日も不満を訴え続けるだけだったが。
「クロちゃーん。……水汚いよー」
沙那が木製のカップの中身をじっと見つめていた。
「おかしいっスなー。井戸から汲み上げたばかりの新鮮な水っスよ?」
クローリーはひょいと顔を出して沙那のカップを覗き込んだ。
「いやー。普通っスよー?」
「どこがーっ!?」
沙那は悲鳴を上げる。
カップの中の水は薄茶色に濁っていたのである。
彼女が知る世界では濁った飲料水などはありえない。
日本では無色透明で消毒された清潔な水であるのが当たり前だったからだ。
それがカップの中の水は微妙に埃なのか細かい砂なのかがふわふわと舞っているのだ。
沙那はまだ分かっていなかったが井戸水は場所によって状況が大きく違っていて、どれもが綺麗な水とは限らない。
大雨で増水しようものなら、場合によっては汚水まで流れこんでしまうのが井戸水なのだ。
海の傍だったら塩分が混じっていたり、とにかくないよりはマシということも多いのだ。
事実、沙那の住んでいた世界でも保健所から『飲料に不適切』と判定される井戸は結構多い、
王都は綺麗な泉がいくつか湧いているため場合によっては透明感のある水にありつけることもあるのだが、彼らが今食事をとろうとしている店はそうではなかったようだ。
「まー、こんなもんスけどねー」
クローリーは平気でごくごくと飲み干す。
こんな水でもタダではない。有料なのだ。
食事に無料で奇麗な水が出てくるサービスは沙那が生まれ育った国くらいだ。
「う~~~~~~~~~~」
それを見て沙那は渋い顔になった。
ニンジンやピーマンを目の前に出された子供のようだ。
なかなか覚めない夢だなあと沙那は思いつつ寝不足の目を擦る。
昨夜泊まった宿は高級とは言えないがかなりまともな宿であったのだが、夜は体が痒くて眠れなったのだ。
朝方になって初めて、その原因だったノミを見た。生まれて初めて見る虫だった。
沙那は悲鳴を上げて大騒ぎしたのだが、その時もクローリーは驚きもせずに沙那に言ったものだ。
「だから部屋に入る前に虫よけのハーブを渡したじゃないっスか」
だいたいどこの宿でもノミやシラミは付き物なので、旅慣れていれば虫の嫌がる香りのハーブを小さな袋に入れて持ち歩いていたりするものだ。
それも沙那にはまったくわからないことだった。
確かに小さなポプリ入れのような小袋を渡されてはいたが、あまりいい香りとも思わなかったので放置していたのだった。
「……油断できない夢だー」
沙那は未だに夢の中の出来事と思い込んでいた。
異世界召喚者の重要性は主に戦場での活躍が期待される部分であった。
戦争は経済的な利益を上げるための最も効率の良い手段であったからだ(戦争で勝てたらの話だが)。
この時代の国や領主の収入は≒税収であったからだ。
税収で収益を増やすのは簡単ではない。手っ取り早いのは税率を上げることだ。
しかし、多くの場合は税率を上昇させても計算上増えるほどの税収は見込めないことがほとんどだった。
なぜなら既に現状の税率が領民が支払いうる上限ギリギリであったから税率を上げても支払い能力がないことも多く、最悪の場合は領民が土地を捨てて逃亡することさえあったからだ。
領民の逃散は税収にとって最悪の事態である。
徴収する対象が減るのだから当然である。
これを防ぐために多くの領主(というよりもほぼ全員が)は領民の移動を厳しく制限していた。
領主の庇護下にあろうとすれば旅行などはままならない。
冒険者のような立場だと移動の自由と引き換えに、公的な保護は一切得られない。
交易商人も移動を厳しく管理され、領地を跨げば領地ごとに通行料が徴収される。
とにかくも領主の収入は徴税権を如何に使いまくるかであった。
ここで税率を下げれば領民が逃げ出す確率は減るが、同時に領地の収入は激減する。
それでは元も子もない。
そもそも領地の収入が低ければ行政活動にも支障が出て、治安の悪化やサービスの低下で住みづらくなり、やはり住民の逃散の原因となる。
常に堂々巡りなのだ。
では、領地を豊かにすればいい。とは、だれもが理解しているがそれ自体がとても困難なのである。
最も重要なのは食糧であるが、そもそも多くの地域で常に不足していた。
それは耕作面積に対して収穫量があまり多くないことによる。
畑を拡張しても思ったほど収穫は増えないのだ。
なぜなら、畑は同じ場所で連続して作物を植えることが難しいからだった。
特に主食となる麦は顕著であった。
後の時代に車輪法と呼ばれる手法が確立するまでは、一度収穫した土地は2年ほど休ませておかないと収穫量が激減するのである。
つまり、耕作面積のうち実際に使えるのは1/3ほどなのである。
耕作地を2倍に広げても、収穫量はせいぜい3割増しにしかならない。
かかる手間や人数になかなか見合わないのだ。
ではどうするか?
それが戦争である。
相手を滅ぼすためのものではない。
食料や財産を奪い、場合によっては身代金や賠償金を得るのである。
平たく言えば公的権力を用いる『山賊』のようなものである。
悪質な例では土地の管理はしないが徴税権だけ奪うなどということさえある。
力のある領主が力のない領主を襲う……同じ帝領域国内で起きているということを考えれば、自分の脚を食べる蛸と同じようなものといえた。
発展性や将来性のない行為。
しかし、生存していくためには已むを得ないものだった。
そこで常に勝者側に立つためには外交能力もさることながら、強力な軍事力が必要だった。
大規模な軍隊?それもありではある。維持費を考慮しなければ。
効率良く精強な軍隊があればなお良い。
その時、誰しもが思い浮かべたのは異世界召喚者だった。
帝国建国以前からその存在と活躍は知られており、事実、現在使われている軍事的な魔法の多くは異世界から伝わったといわれている。
もしも、新たに、戦局を左右するような異世界召喚者が現れれば大きく有利になる。
それが異世界召喚の儀式が行われる所以であった。
伯爵エムレイン家のイストが異世界召喚の儀式に関わっている理由もそれだった。
その地方ではかなり有力な貴族の次男である彼は自分の家が発展するための手段を常に考えていた。
多分に漏れず彼の家も戦争による収益が少なくない。
周囲の弱小領主たちから搾り上げていくことが領地の豊かさになり、同時に対抗する勢力が生まれないように常に注意をしていた。
その中で今現在優位に立っているとはいえ、異世界召喚者の登場で一気に状況を覆される可能性は無視できなかった。
事実、まさにその方法で立場を逆転させた領主も帝国内にいるのだ。
そのため彼は周囲に先んじて兵力としての異世界召喚者を手に入れたかった。
だからこそ王都の魔術学院に所属し、通い、情報を集め、召喚儀式に参加する魔術師の一角となった。
今はまだ帝国三王朝の一つである東方エステルレンの王都で主催される儀式の中の大勢の一人でしかないが、ノウハウを集めていずれは自領で儀式を行う心算であった。
あるいは王都での儀式の中で掠め取ることができればそれでも良かった。
多少の恨みを買おうとも、それを跳ね返せるだけの価値が異世界召喚者にはあるはずだからだった。
ただ残念なことに、すでに二十数回もの儀式に参加しているが未だに戦力化できるような異世界召喚者は現れていない。
儀式の手順が悪いのか、単純な確率の問題なのか。
どちらにしても彼が見たものは全員エルフだった。しかも魔術師や騎士などはいない。ほとんどが労働者階級の庶民だった(と彼は思っていた)。
捗々しくない結果が続くことで彼は疑問を抱いていた。
「何かが足りないのかもしれない」
もちろんその何かが何であるかは判らなかった。
その中で気が付いたのは、彼の近隣弱小諸侯の子息……現在は当主であるはずのクローリーが捨てられたエルフを拾っていくことだった。
一回だったら気まぐれとしか思わなかっただろう。しかし、今回で2人目である。
もしかして奴はな何かを掴んでいるのではないか?という小さな疑念が生まれた。
もしもそうだったのなら、立場が入れ替わる事態になるかもしれない。
近隣諸侯の一族の一人で年齢もほぼ同じ。
地位も財力も格下の貴族で、魔術学院の成績も格下の存在でしかないが、近隣の領主であるクローリーに僅かなライバル心を抱いていた。
もっともライバル心というよりは優越意識が近いかもしれない。
油断して下剋上をされたくはない。
今のうちから調査の対象にしておくべきだ。そう考えていた。
ただ、彼は知らなかったがイストの思いは9割くらい杞憂だった。
クローリーには大それた野望などなく、そもそも異世界召喚者を拾っていったのは単に興味をもっただけであり、しかもエルフ世界の生活の一部を再現してみたいというものだったのである。
一言でいうなら『趣味人』という程度のものだったのだ。
「クロちゃーん!このお肉、味がしなーいっ!」
その対象である沙那は今日も不満を訴え続けるだけだったが。
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