あの恋人にしたい男ランキング1位の彼に溺愛されているのは、僕。

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それは僕の中の芽生え

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 人払いをした控室で、余裕のない呼気と共に卑猥な音がぐちゅりと混ざる。

 カットがかかるなりびしょ濡れの身体にスタッフが用意した毛布を巻かれた泉と要は、着替えという名目で人払いをし、熱を持った体のまま控室に引っこんだ。

 要はこれ幸いと毛布を体に巻きつけたまま下半身の熱が冷めるのを待とうとしたが、控室に入るなり無情にも泉に取り払われてしまった。

 鋭く抗議の声を上げた要をメイク道具の並ぶ白い机に座らせ、泉はまだ反応を兆している場所を掴む。

「あ……っやめ……」

「俺とのキスで反応してくれたんだろ。これ」

 男にしては可憐な色をした要の性器の先端をいじりながら、泉が愛しげに言う。明言された要は、下唇を噛んで俯いた。

「ちが……っ」

「否定すんなよ。責任とってやるから」

「え、なに、あ……っ」

 輪を作った指で擦り上げられ、要は肩を跳ねさせた。紅潮し汗ばんだ要の顔を、至近距離で泉が見つめている。翡翠のような双眸が涼しげで、自分ばかりが息を切らしているのが要の癪に障った。

「……っ演技って、言ったのに……!」

 つい、キスで濡れた唇から恨み言が漏れる。

「カメラが回ってる中でそこ触る必要、なかった、だろ……っ」

 泉の大きな手に握られてビクビクと揺れる場所を恨めしげに見やり、要は上目遣いで泉を睨んだ。

「要が反応してくれたから嬉しくて。それに、いい表情撮れたと思うぜ」

 すり、と互いの頬を擦り寄せられて、要は自身がどれほど熱を持ってるのか自覚した。

「じゃ、も、演技、おしまい……っんぁっ」

 擦られるたびに詰まってしまいながらも要が訴えると、泉は濡れて額に纏わりついた髪を掻き揚げて凄絶に笑った。

「好きな奴がこんなに欲情してるのに、放っておくバカになれって?」

 どうかそのバカになってほしい。要の切なる願いは、しかし聞き届けられなかった。

「無理やりはもうしないって決めたからな。気持ちよくさせた責任だけとってやるから」

「な……っあ……っ?」

 屈んだ泉によって性器の括れをなぞられた次の瞬間、そのまま彼の口に含まれる。生温かく柔らかい口腔に誘い込まれたことで、気持ちのよさに太ももが引きつった。

「や、泉、だめ、汚い……っ」

「汚いところなんてねえよ、お前に」

 頭を押しのけようと水気を含んだペールブロンドに髪を差し入れれば、抵抗するなとばかりに先端を強く吸われて下腹に力が籠ってしまう。泉の手によって大きく開かされた股の間に、今をときめく俳優が膝をつき、挙句要の熱を搾り取ろうとしている。その事実に、要はめまいがした。

「や、泉……っ」

 腰を捻って体を逃がそうとすると、泉の歯にわずかに性器が当たって要は息を詰めた。その躊躇を見逃さず、泉が口腔の深い位置まで要の熱を含む。

 泉の伏せられた睫毛や高い鼻梁が場違いなほど綺麗で、神秘性さえ感じさせる彼が淫猥な行為を自分に対してしていることに、要の心を罪悪感と倒錯的な快感が過ぎった。

 逃げたいのに逃げたくないような、でもやっぱり逃げたい。だというのに、泉の顔を離すために掴んだ髪がいつの間にか彼の髪を掻きまぜているだけになっている。

(こんなの、ダメなのに……っ)

 泉から視線を逃したくて遠くを見れば、向かいの大きな鏡で快楽に堕ちそうな自分と目が合った。

「あ……うそ、オレ……んぅ……っ」

 全身を裸に剥かれ、机の上に毛布が落ちた状態の要が、自分より一回り大きな美しい男に乱されている。好きなようにされている要の大きな杏眼はとろりと恍惚に満ちていて、ひどく――――……。

「ん、あ、うぁぁあっ」

 いつの間にか尻のはざまに伸びていた手に、粘膜の入り口を指でこじ開けられ、要の弱い部分を擦り上げられる。前と後ろを同時に責めたてられると、もう無理だった。

(何で、こんな、気持ちいいの……っ? 前よりずっと……)

 高い呻きを上げ、限界まで張りつめた場所から泉の口腔へ白濁した熱を放つ。ぞくぞくとした痺れが腰から肩まで駆け上がり、要は息を乱した。

「あ、泉、ごめ……っ」

 我に返った要が毛布を泉の口元へやり、要が放った精子を口から吐き出すよう促す。しかし泉は逞しい喉仏を鳴らすと、ゴクリと飲みこんでしまった。

 口の端についた白い粘液を舌で拭う仕草さえ官能的で、放ったはずの熱が再びぶり返しそうな気がして要は慌てて視線をそらした。

「スッキリしたか?」

 まるで子猫を甘やかすように湿った髪を撫でられ、要は唇をギザギザに結んだ。

「あ、う……」

「もっとか?」

「ちが、いい……!」

 甘やかすような口調で言われ、要は急いで膝を閉じ、毛布を引き上げ丸まった。精を吐き出したことで、ますます羞恥が沸き起こる。付き合ってもいないのに、まして男同士なのにまた淫らなことをしてしまったことに対する罪悪感が雨のように要の肩を叩く。

 ただ嫌悪感が一滴も降ってこないのが、ますます要の眉を寝かせる羽目になった。むしろ気持ちがよくて、もっと――――……。

(何考えてるんだ、オレ……っ)

 小さく息をついてから泉に向き合うと、泉の下半身が熱を持っていることに気づく。要が不躾に見てしまったせいか視線を感じた泉が

「ああ」

 と落ち着いた様子で言った。

「ど、どうするの、それ……」

「俺はいいんだよ。放っておいたら収まる」

「え、でも……」

「なに? イオチャンが慰めてくれるの?」

「ん?」と首を傾げて綺麗な顔で問われ、要はゆでだこのようになったまま固まってしまう。何も言えない要にふと表情を綻ばせると、泉は要の髪をポンポンと雑に撫でた。

「安心しろ。もう無理やりはしねぇって言ったろ。同意なしにやっても虚しいって分かったしな。要が……」

「オレが……?」

「要がそばにいてくれるなら、要が振り向いてくれるまで待てる」

「泉……」

「ああ、でも」

 泉の整った顔が眼前に迫り、小鳥がついばむような柔らかいキスを一つされた。

「キスだけはさせてくれ。じゃないと好きすぎて死ぬ」

「なんだそれ……」

 死亡原因が恋なんて、聞いたことがない。それなのに、懐かない野良猫の彼が自分を好いてくれている事実は、ひどく要の心を満たした。





 要の息が整い、泉の熱が収まってから、二人は着替えて再びスタジオに戻った。

 中では撮影した映像を監督や竜胆らがチェックしており、扉の開く音に反応した奥宮夫人が顔を上げた。要と目があった瞬間、着物の裾が翻るのも気にせずこちらへやってくる。

 彼女を視認した瞬間足が竦む要の前に泉が出て、奥宮夫人に立ちふさがる。泉の広い背中に安心感を得た要は、そっと彼の肩に手を置いた。

「い、泉、大丈夫、オレ……」

「五百蔵要さん、だったわね」

 奥宮夫人はスマホを片手に言った。どうやらネットで要の名前を調べたらしい。それから彼女は、ばつが悪そうに言った。

「……ねえ、貴方、芸能人に戻った方がいいわ。事務所に所属して、そうね、私の主人のテレビ局なら、どの番組にでも貴方を起用させるから……っ」

「いえ……」

 想像していたよりもずっと落ち着いた声が、要の口から滑り出た。

 たった今対峙した奥宮夫人は、要がずっと恐れていた彼女と同一人物だろうかと要は疑問に思う。

(だって、もっと昔は……)

 抗えない相手だと思っていた。昔だけじゃない、ついさっきまで。自身よりずっと大きな存在で、自分は否定されるだけの存在で、相手だけが決定権を持っているのだと思っていた。

 でも違う、と要は気付いた。

 選ぶ権利は自分にもある。今目の前にいる相手は、自分を従わせるだけの力など持たない。配偶者の権力を、まるで自身の力のように行使していただけだ。

「オレは芸能人には戻りません。自分よりも芸能界で輝くであろう存在を見つけたから。でも」

 要は少年のようにあどけない顔で、初めて不敵に笑った。

「貴方に惜しいことをしたと思わせられたなら、子役時代のオレは報われました。失礼します」

 固い背筋を伸ばし、相手の目を見て真っすぐに言った要は一礼して奥宮夫人に背を向ける。心の中、固く扉を閉ざした向こうで泣いていた子役時代の自身の泣き声が止んだ気がした。ふいに視線を少し上げれば、隣を泉が歩いている。

(――――……ああ)

 本当に泉のお陰で乗り越えられたんだ。泉の笑みが温かくて、演技ではないその笑みは、自分だけに向けてほしいと要は自覚した。
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