あの恋人にしたい男ランキング1位の彼に溺愛されているのは、僕。

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やめてくれ僕を暴かないでくれ

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 薄く化粧を施されるのはいつぶりだろうか。新雪のような肌に粉を叩かれながら、要は鏡に映る憂鬱そうな顔をした自分を見つめた。

「そんなに嫌そうな顔するなよ、要」

「……メイクの邪魔だろ、あっちいっててよ泉」

 飼い主の邪魔をしたがる猫のように要の首元に纏わりつき、ご機嫌を伺う泉へ要は冷たく言った。

 つい先ほどまで要の容姿や肌のきめ細かさに感動していたスタイリストたちはそれを微笑ましそうに見つめているが、要は突拍子もない展開にめまいがするばかりだ。

 突然国民的スターの相手役を務めるはめになった要の気持ちをひとさじでも汲んでくれたらいいのにと、要は隣でご機嫌な泉を見やり嘆息した。

「分かってるの? 泉……オレと濡れ場を演じるんだよ」

「分かってるさ。でも、仕事だ。演技だろ」

 些末事のように言われ、要は膝の上で思わず手を握りしめた。動揺に揺れそうな顔を、スタイリストが押さえて要の目尻に薄くラインを引く。

 スタイリストに顔を押さえられてよかった、と要は心底思った。そうでなければ、泉の何気ない一言にガラスが刺さったような痛みを覚えたことを、泉に悟られてしまう。

(そうだ……。泉にとっては、仕事の一つに過ぎないんだ。さっき別の女優とやろうとしたことの、相手役が変わっただけだ)

 それなのに要ばかりが意識して、他の女優と同列に扱われたことに痛みを覚えてしまった。そんな浅ましさに要が消え入りたくなっていると、泉が鏡越しにニッと笑った。

 節の太い指が、要の華奢な指に寄り添うように絡まる。

「だって本当に要とセックスする時は、演技なんかじゃ抑えられねえくらい幸せだ」

「……っ」

(ああ、神様……)

 オレを一喜一憂させるのは、全部泉だ。

 泉の一言でこんなにも落ちこんだり舞い上がったりする。その感情に名前をつけるのがまだ怖くて、でも泉にとって自分が特別であることが、奥歯がむずむずするほど面映ゆくて、要は相手役に打ちこむ覚悟を決めた。

「五百蔵さん準備整いましたー」

「ああ……と」

 スタッフの声と共に要がスタジオに足を踏み入れると、五条監督は髭を蓄えた口元をポカンと開いた。

「これは……とんでもないものが撮れるな」

「ビジネスのいい匂いがするわ!!」

 竜胆は鼻息荒く言う。竜胆の隣に座る奥宮夫人は、化粧を施された要をチラッと盗み見ると雷に打たれたような顔をした。

 泉も要も、土砂降りの外から帰ってきた設定なので濡れている。安く薄っぺらなTシャツと擦りきれたジーンズを身に着けた泉はいかにも金のない若者といった体で、しかしそのシンプルな服装が彼の容貌の良さを際立たせていた。

 太い首筋に貼りついた蜂蜜色の髪も、濡れた服から透ける逞しい胸筋も、直視するのをためらうほどの色香を孕んでいる。

 対して要は、首元までしっかりと留められた濃紺のシャツが育ちの良さを感じさせた。

 まるで厳格な父と優しい母に大切に育てられた遊びを知らない純粋な子供が、雨に濡れてアンバランスな色気を放っている。冒しがたい神聖さと、汚してしまいたい欲を煽る絶妙な瀬戸際に立つ美少年といった風貌だ。

 どちらも恐ろしく容姿の整った二人が、これから濡れ場を演じることにスタジオ内は糸を張ったような緊張感に包まれた。

「時間が押してるんで打ち合わせの時間がない。マネージャーくん、君は泉の指示通りに動くんだ」

 こともなげに言う監督に、濡れて顔色を悪くした要は不安げに頷いた。

「……う、上手くできるかな……。オレなんかじゃ泉の足を引っ張るかも……」

 泉は要の冷え切った指先を掴むと、海のように深い声で言った。

「俺がリードする。信じろ」

「……でも、オレはもう一般人なのに……」

「ああ。だから一矢報いてやろうぜ。奥宮のババアに。逃した魚はでかかったってな」

 不敵な笑みで言われてしまっては、二の句が継げない。要は大きな瞳を諦めたように閉じた。

 監督の声と共にカメラが回る。アパートの薄い扉を押し開けた泉は、もう要のよく知る泉ではなかった。

「……あ……っ」

 雨の吹きこむ玄関に、要が肩にかけていたトートバッグが落ちる。教科書が落ちるのに気をとられた要の細い顎を掴み、泉が唇を寄せてきた。

(…………っ)

 唇に荒っぽい泉の息がかかり、演技を忘れて奥歯が震えそうになる。次の瞬間に重なった唇から熱い舌が伸び、要はぐっしょりと濡れた泉の胸元に縋った。

(何で、引き受けてしまったんだろ……)

 泉と鼻をすり合わせてから後悔しても遅い。唇を重ねて改めて、要は泉と濡れ場を演じるのだと痛感した。耳元が熱くなる。皆が見ている中で、泉に抱かれる演技をするなんて――――……。

「あ……っ」

 性急な泉の手が、要のシャツのボタンを外していく。つい制止をかけそうな下唇を、咎めるように唇で食まれ、要は背骨を軋ませた。唇にかかった泉の息が艶めいていて、胸がぎゅう、と絞めつけられる。

「俺に集中しろ、要。元プロだろ」

 雨粒の滴る耳にそっと吹きこまれ、要はハッとする。そうだ。これは仕事なのだ。本番なのだ。ここにいるのは五百蔵要と一泉じゃない。ここにいるのは――――許されない愛に溺れる二人だ。

(でも、こんなにも意識してしまうのは……きっと皆に見られているからだけじゃない……)

 首筋に、鼻の頭に、頬に丹念にキスを落とす泉の手が、濡れた服の裾から入りこみ要の薄い腹を撫でる。服の上からその手を追いかけ、要は熱を持った指先を重ねた。

(泉だから、こんなに緊張してるんだって……伝われ……)

 涙ぐんだ目で泉を見上げると、泉は瞠目して要の心臓に手を這わせた。

「俺のこと、意識してる? イオチャン」

「……意地悪言うなよ……」

「嬉しいんだ」

 要の早い鼓動に気付き柔らかく笑う泉を見て、スタジオ内が息を飲む。

 奪うように要を引き立て、泉が狭い室内へ移動した。泥のついた靴が、足元で絡まる。濡れて足跡のくっきりとついたフローリングを蹴り、ベッドへとなだれこむなり頭を抱えられ泉に口付けられた。

「ん、んぅ……」

 上唇と下唇を交互に吸われたと思えば、入りこんだ舌に口蓋を舐められ、歯並びを確かめるように歯列をなぞられる。息をしようと口を開けば唾液を送りこまれて、要は腹の底がキュッと切なくなるのを感じた。

 黒曜石の瞳にうっすらと涙の膜が張る。雷光が泉の引き締まった肉体の陰影を濃くして、要の喉を渇かせた。

「なあ、もっと意識して」

 カメラが拾えない声で、熱を持った要の耳に泉が吹きこむ。

「俺のこと好きになれよ」

 真摯な翡翠の瞳に射抜かれ、ぞくりと産毛が逆立つ。甘い大粒な瞳を震わせた要に、じれたような様子で泉は着ていたシャツを脱いだ。露になった均整の取れた身体が、濡れていて匂い立つようだ。広い肩幅にドキリとし、要はシーツの上で委縮したように体を丸めた。

 雨粒の滴る浮き出た喉仏も、しっかりとした鎖骨も、頑健な肉体も、初めて抱かれた夜を思い出させる。そうだ。その感触を、自分は知っている。

 腕の力強さも、胸板の固さも、触れてくる手の熱さもすべて。それだけでも頭がパンクしそうなのに、今は泉への表現しがたい想いまで合わさって直視するのが難しかった。

「あ……っ」

 手際よくシャツを脱がされ、シーツの海と泉に挟まれる。布ずれの音が恥ずかしくて耳を塞ぎたいのに、あろうことか泉は要の小さな耳殻を舐め、舌を差しこんできた。

「や……あ……っ」

 ぐちゅりと頭の内側で鳴る舌の音に、下半身に熱が溜まる。演技のはずなのに気持ちよさを感じてしまい、要は泉の肩に手を置き、爪を立ててしまった。

「ああ、その顔いいな。そそる」

 野性味を帯びたペリドットの双眸が細められる。犬歯をむき出して笑う泉に、要は頬が紅潮するのが分かった。

「求め合え、五百蔵くん」

 監督から静かな声が飛ぶ。脳髄を溶かすような甘いキスに溺れていた要は、演技することを思い出した。手の震えを押し殺し、泉の筋肉の形を確かめるように撫で、鎖骨へ唇を寄せる。

(そうだ……演じなきゃいけない……オレの見出した宝物は世界一素敵なんだって、奥宮夫人に知らせるためにも……。でも……)

 どこまでが、演技なのだろう。

 泉に触れられるたびに甘い電気が走った心地がするのは、演技をしているせいだろうか。じんわりと熱を持ち潤みだした下半身は、はしたないことに初めて抱かれた日に嫌というほど刷りこまれた快感ばかりを思い出させて要の思考を煮立たせる。

 子供のように無垢な表情が、弱火であぶられたように蕩けて口元が緩む。熱を持った頬に、快感のあまり伏せられた睫毛が影を作った。

「ちょっと……マネージャーの坊やの表情……完全に……。これよこれぇ……!」

 竜胆が生唾を飲む隣で、奥宮夫人が立ち上がった。二人とも興奮に口内が渇くのを自覚しながら、ベッドで絡み合う泉と要を凝視していた。

「泉……あ、ねえ、オレ……」

 しこりだした胸の飾りを摘ままれ、要が煮えた頭で甘い声を上げる。

 汗の浮き立った泉の広い背中にしがみつき、要は潤んだ瞳で彼を見上げた。反応を兆した下半身を隠すために膝を折ると、その膝を割るように泉が腰を入れてくる。グリ、と膝頭で股間を刺激され、要は身悶えた。

「あ……ダメ、どうしよう、泉……」

 周囲の視線が要を焼く。二人の密事にあてられた周囲の目がギラギラしていて気になるのに、泉の手管に理性を溶かされてしまいそうになる。

 濡れて色の変わったチノパンをすり合わせて悶える要にカメラが寄る。泉に感じている顔を捉えられているという羞恥から涙が滲むと、泉が小さく舌打ちした。

「っくそ……本当は俺にしか見せたくないのに」

「泉……?」

「あんまり可愛い顔見せんな」

「ん……っ」

 喉仏に齧りつかれ、要はピンと背をそらせて喘いだ。その瞬間にシーツを引き上げた泉が、シーツの下で要のチノパンをずり下げる。ベッドの裾から滑り落ちたチノパンが、床に重い音を立てて丸まり見るものの想像力を引き立てた。

 脱がされたことに狼狽しつつも、顔には出さないように要は何とか堪えた。むしろ待ち焦がれていたとばかりに泉の首へ腕を回す。

 泉の首元に鼻先を埋めると、雨の匂いに交じってティーツリーのシャンプーが淡く香った。その香りがひどく落ち着いて、衆人環視の中で気が立った心を鎮めてくれる。

「あ、ぅん……っ」

 要がほう、と恍惚の息をついたのを見計らって、泉が下着越しに要の股間に触れた。節の高い指が触れただけで、すでに反応を兆していた場所が控えめに震える。先走りで湿った下着ごと大事な場所を揉まれると、要は耳まで真っ赤になった。

「あ、泉、や……」

「ダメだろ、ほら、演技」

「そん、な……」

 思わずシーツの下で泉の手を止めてしまった要に、泉から叱咤が飛ぶ。眉を寝かせた要は、恐々と手を離した。
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