1 / 36
プロローグ
しおりを挟む
温かなオレンジの光を描く間接照明も、壁際の本棚にぎっしり詰められた背表紙の厚い本も、大きな窓枠にはめこまれた新宿の夜景も、すべて見慣れたものだった。
五百蔵要は、薄く平たい胸板を大きく上下させて呼吸する。自室のベッドの上だというのに、喉の奥がキュッとすぼまったように息がしづらい。
蛇に睨まれた蛙のような、はたまたまな板の上にのせられ終わりの時を待つ魚のような。息をするのさえ憚られる空間で身じろぎすれば、ネクタイで縛られた手に布が食いこむだけだった。めまいがする。
抱かれるのだ、今からきっと。
「……泉……」
薄い唇から零れでた己の声の弱弱しさに、下唇を噛みしめる。それを咎めるように落ちてきた唇が、要の震える吐息を飲みこんだ。蹂躙されるような口付けに心が軋む。
どうして、いやだという嘆きを飲みこむキスが、要の胸を抉った。
見慣れた光景の中、ただ一つ違うもの。それは眼前を埋め尽くす、金糸のようなペールブロンドだ。彫刻のように精巧な容貌をした二十歳の男が、同じ男の要を組み敷いている。ひどく焦燥に駆られた表情で。
男のひそめられた眉の下、翡翠の瞳が照明の光を弾いて妖しく光る。切れ長の瞳に射抜かれた要は、逃げ場を探すようにシーツの海を泳いで抵抗した。
引き裂かれたシャツが辛うじて引っかかっていた腕、そこにテレビのリモコンがぶつかる。そのはずみでついた、壁に取りつけられたテレビからは場違いなほど爽やかな声が轟いた。
『渇いた俺を満たして』
テレビに映る俳優が、明るい碧眼をこちらに向けて微笑みかける。万人を虜にしてしまうような蕩ける笑みだ。
「要……要は俺のものだ」
テレビに映る男が、まさか年上の要を組み敷いて薄暗く訴える男――――一泉と同一人物とは到底思えず、要は長い睫毛を伏せた。
五百蔵要は、薄く平たい胸板を大きく上下させて呼吸する。自室のベッドの上だというのに、喉の奥がキュッとすぼまったように息がしづらい。
蛇に睨まれた蛙のような、はたまたまな板の上にのせられ終わりの時を待つ魚のような。息をするのさえ憚られる空間で身じろぎすれば、ネクタイで縛られた手に布が食いこむだけだった。めまいがする。
抱かれるのだ、今からきっと。
「……泉……」
薄い唇から零れでた己の声の弱弱しさに、下唇を噛みしめる。それを咎めるように落ちてきた唇が、要の震える吐息を飲みこんだ。蹂躙されるような口付けに心が軋む。
どうして、いやだという嘆きを飲みこむキスが、要の胸を抉った。
見慣れた光景の中、ただ一つ違うもの。それは眼前を埋め尽くす、金糸のようなペールブロンドだ。彫刻のように精巧な容貌をした二十歳の男が、同じ男の要を組み敷いている。ひどく焦燥に駆られた表情で。
男のひそめられた眉の下、翡翠の瞳が照明の光を弾いて妖しく光る。切れ長の瞳に射抜かれた要は、逃げ場を探すようにシーツの海を泳いで抵抗した。
引き裂かれたシャツが辛うじて引っかかっていた腕、そこにテレビのリモコンがぶつかる。そのはずみでついた、壁に取りつけられたテレビからは場違いなほど爽やかな声が轟いた。
『渇いた俺を満たして』
テレビに映る俳優が、明るい碧眼をこちらに向けて微笑みかける。万人を虜にしてしまうような蕩ける笑みだ。
「要……要は俺のものだ」
テレビに映る男が、まさか年上の要を組み敷いて薄暗く訴える男――――一泉と同一人物とは到底思えず、要は長い睫毛を伏せた。
16
お気に入りに追加
289
あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。
テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】
彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』
高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。
その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。
そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。
【完結】伴侶がいるので、溺愛ご遠慮いたします
*
BL
3歳のノィユが、カビの生えてないご飯を求めて結ばれることになったのは、北の最果ての領主のおじいちゃん……え、おじいちゃん……!?
しあわせの絶頂にいるのを知らない王子たちが吃驚して憐れんで溺愛してくれそうなのですが、結構です!
めちゃくちゃかっこよくて可愛い伴侶がいますので!
本編完結しました!
『もふもふ獣人転生』に遊びにゆく舞踏会編をはじめましたー!
他のお話を読まなくても大丈夫なようにお書きするので、気軽に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる