100均で始まる恋もある

三森のらん

文字の大きさ
上 下
42 / 108
5.ネクタイ

42

しおりを挟む
 会社で見かけた時は、パリッとシャキッとしていて、今、目の前にいる山本さんとは別人みたいだった。会社にいる時の山本さんは、それはそれで、とても格好よかったけれど、僕には、今の山本さんのほうが見慣れているせいか、ちょっとヨレヨレな山本さんのほうがいい。

「お、お疲れ様です」

 僕は少し照れながら、カゴの中身を手に取った。中に入ってるのはお酒のつまみ。今日は、かわはぎに、メンマ、焼き鳥の缶詰。いつもと同じ、ということに、ホッとして口元が自然と緩む。

「ネクタイしたままでやってるんだ」
「は、はい。あ、324円です」

 金額を言いつつ、僕は小さめな袋につまみを入れていく。

「何時ごろ、仕事終わったの?」

 スーツのポケットから小銭の入っている財布を取り出しながら、山本さんが聞いてきた。今まであまり、続けざまに話しかけられたことがなかったから、一瞬、それが僕への質問だと気が付かなかった。

「え?」
「気が付いたら、もういなかったようだからさ」

 僕の手のひらにちょうどの金額を渡す。いつもなら、カルトンの上に置くのに。

「あ、えと、5時前には終わったので……」
「そうか。ちょうど、打ち合わせをしに行ってる間だったか」

 僕からつまみの入った袋を受け取ると、山本さんは手持ちのカバンを開けて、ゴソゴソと何かを探し始めた。
 その後ろにお客さんが並びそうになってて、僕としては気が気ではなかった。だけど、それでも、今、目の前に山本さんがいてくれることが嬉しくて、僕は心の中でだけ、お客さんに『ごめんなさい』と呟いた。

「ああ、あった。これ」

 そう言って山本さんが僕に渡したのは、小さめの缶。ジュースかな? と思ってよく見てみると。

「……シュークリーム?」
「ああ、面白そうだな、と思って」

 疲れた顔の山本さんなのに、そう言って僕に話す顔は、楽しそうで少しだけ僕に素な部分を見せてくれているような気がした。

「これって」
「ちょうど打ち合わせから戻る途中にある自販機にあったもんでね」

 缶に描かれたおじさんの顔は、確か有名なシュークリームのお店の顔だった気がする。

「甘いものは好きじゃないかい?」

 山本さんは、少しばかり心配そうな顔をした。あ、こんな表情もするんだ。また一つ、山本さんの表情を見れたことに、僕の胸はキュンとする。

「い、いえ、す、好きです」
「よかった。私もまだ飲んでないんだけどね。糖分とったほうがいいかな、と思ってね」

 僕のことを気にかけてくれる山本さんに感動してた僕は、山本さんの後ろに並んでるおばさんに睨まれてることに気が付いた。

「あ、ありがとうございますっ」
「今度、感想聞かせてね」

 そう言うと、後ろにいたおばさんに軽く会釈して、その場を去っていった。僕は慌てて山本さんの背中に、頭を下げた。

『今度』

 山本さんは、そう言った。また、僕に話しかけてくれるということか。それだけで、嬉しくなってる僕が山本さんを見つめ続けてると、「ちょっと、まだ?」と、おばさんに不機嫌そうに言われてしまった。

「す、すみませんっ」

 僕は急いでエプロンのポケットの中に、シュークリームの缶を入れると、おばさんの差し出したカゴから商品を取り出し始めた。おばさんの視線はとても痛かったけれど、それでも、僕のニヤニヤ笑いは止められなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

処理中です...