100均で始まる恋もある

三森のらん

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4.花火

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 僕は花火大会の当日、というのを甘くみていたようだ。

「いらっしゃいませ」

 レジに入ってから息つく暇もなくお客さんがやってくる。

「ありがとうございました」
「いらっしゃいませ」

 こんな間際になって、何を買うというのだ、というくらいに。

「ありがとうございました」
「保冷剤ないの?」

 状況も考えず、カゴをレジのところまで持ってきてから聞くし。

「少しお待ちください」

 後ろに並んでる人、僕のこと睨むし。僕のせいじゃないのに。

「こちらでよろしいですか」

 人が丁寧に言ってるのに、無言で頷くだけとか、余計にイラつく。だけど、顔にはそんなこと出せやしない。

「ありがとうございました」

 きっと花火が始まるまでの間だ。それまで、がんばれ、と自分に言い聞かせた。 きっと落ち着いたころには、山本さんも来るかもしれないし。

「あ」
「え?何?」
「あ、いえ、なんでもありません」

 今更気が付いたことに、思わず声が出て、お客さんに不思議な顔をされてしまった。考えてみたら、山本さんだって花火大会を見に行くかもしれないじゃないか。そしたら、うちの店になんか来るわけがない。もしかしたら、あの女性たちと一緒に見てるかもしれない。そう考えたら、一気に気持ちが落ち込んでしまう。

「……まだかよ」

 ぼそりと並んでいるお客さんの誰かの苛立たしい声がした。
 いけない、いけない。

「ありがとうございました」

 流れるように処理していく中で、ドン! と目の前に置かれるカゴから溢れんばかりの大量のお菓子を目にした時は、思わずクラッとした。

「いらっしゃいませ」

 もともと、あまり表情の出るほうじゃない僕でも、顔をひきつらせている自覚はある。しかし、今、この目の前の山をクリアしないことには先に進まない。

「あ、あと、これもお願いぃぃ」

 脇から女の人の声がした。

「早くもってきなさいよ。綾子、いっつも遅いんだから」
「ごめぇん!」

 思わず、その名前と声で一瞬僕の手が止まった。

「山本課長には何がいいのか、わかんなくてぇ」

 そう言いながら持ってきたのは棒状の駄菓子の詰め合わせ。うん、これ、うまいよね。

「それ、あんたが食べたいやつでしょ」
「えへ、バレた?」
「まぁ、私も好きだけど」

 楽しそうに話す二人の会話に聞き耳を立てながら、バーコードをよんでいく。

「今年も屋上解放してくれるとか、支社長も太っ腹よね」
「自分が見たいからじゃないの?」
「今度こそ、山本課長、つかまえなくちゃ」
「ほんと、あんたオヤジ好きねぇ」
「オヤジ言わないで」

 チラリと二人が下げているネームプレートを見ると、やっぱり、というか、案の定というか、山本さんと同じ会社。ということは、今日の夜は山本さんには会えないのか。それに気づいて、少しばかりがっかりする。自分でもつくづく運がない。

「5,400円になります」

 合計金額を言うと、僕は二人の顔を見ないようにしながら、レジ袋を用意した。

「うわ、そんなに買ってた?」
「この山盛りなのをみれば、それなりになるでしょ」
「お酒買いに行ってる平川くん呼ぶ?」

 平川、という名前を聞いて、再び手が止まる。まさかね、と思いながら商品を詰め込んでいく。

「あ、平川くん? もう終わった? じゃあ、駅ビルの百均来て。すごい量になっちゃってさ」

 綾子と呼ばれた女性がスマホで話おをしている間に、もう一人がちょうどの金額でお金をカルトンに置いた。

「ありがとうございました」

 二人が両手に一番大きいサイズの袋を持ってレジを離れていく。ちょうど店のはずれ、エレベーターホールのほうからやっぱり大きなレジ袋を持った一人の男の人が速足で現れた。
 まさかね、が現実になった。にこにこしながら二人の女性と話している平川先輩。あの人、山本さんと一緒に仕事してるのか。そう思ったら、胸の奥のほうがチクリと痛くなった。
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