100均で始まる恋もある

三森のらん

文字の大きさ
上 下
22 / 108
4.花火

22

しおりを挟む
 山本さんの家にお世話になった日以来、僕は山本さんと会うことがなかった。
 本当は、ちゃんとお礼をしたかったのだけれど、夏休みの時期のせいで、金曜日の夜のシフトに長谷川さんや海老原さんが入ってしまい、僕は他の曜日の遅番だったり、中番だったりで会うことができなかった。
 そして、山本さんは、やっぱり金曜日の夜しか、来ないんだなっていうのを改めて実感する日々だった。

 山本さんのお礼にと買ってきたお土産の賞味期限が、あと一週間くらいとなった時。もしかしたら週末とかは、自宅にいるんじゃないかって考え始めた。
 本当は店で渡せればよかったのだけれど、そんな機会は訪れそうもない。今更お礼も何もないかもしれないけれど、やっぱり、そういうのはちゃんとしないと、と自分の中で軽く言い訳をしている自覚はある。

 本当は、ただ、山本さんの顔が見たいんだってこと。
 できたら、山本さんの声が聞きたいこと。
 それが自分の正直な気持ちなんだってこと。

 だけど、やっぱり自宅まで行くとかって、図々しいんじゃないか、と、悶々としながらお菓子の棚の商品を補充していた時、OLさんたちが、きゃあきゃあ言いながら僕の背後を通り過ぎて行った。

「だからさぁ、山本課長も呼ぼうよ」
「えぇ? あの人、こういうの来ないでしょ?」
「そうだよ、この前だって、本当に珍しかったんだよ?」

『山本』という名前が同じなだけかもしれないのに、その名前だけでドキンとする。手に持っていた商品を危うく落とすところだった。
 彼女たちは大量に飴が並べられている壁際に立ち止まりながら、話を続ける。

「だったら、今度だって来るかもじゃない?」
「何、綾子ってば、山本課長狙いなの?」
「え、オジサン好きなわけ?」
「山本課長はオジサンじゃないわよぉ」
「って、狙ってるのは否定しないんだ」

 同じ人じゃない、きっと違う、そう思おうとするのに、どうしても山本さんの顔が思い浮かぶ。手が止まって呆然としている僕に追い打ちをかける言葉が、降ってきた。

「ほら、山本課長、奥さんとお子さん、亡くしてるじゃない?」

 その言葉で僕はチラリと彼女たちのほうを見た。

「そのせいかぁ、ちょっと哀愁漂うっていうかぁ、なんか守ってあげたいっていうかぁ」

 山本さんのことを語っている人は、肩くらいまでの茶色いストレートの髪をした可愛らしいワンピース姿。両サイドにいる二人はもっとキチッと仕事をしている女性のように見えるけれど、彼女は少しばかり雰囲気が柔らかい感じがする。

「母性本能?」
「そうそう! それよぉ!」
「ていうか、守られるのは綾子のほうじゃないの?」
「えー、でもぉ」

 そう言いながら、彼女たちはレジのほうに歩いていく。話が盛り上がっているのか、彼女たちの声は聞こえてくるけれど、具体的な内容までは聞き取れない。
 なぜなら、僕の頭の中では山本さんとあの女の人が仲良くしている妄想が走り出してしまったから。 あんな可愛い感じの女の人が山本さんのことを好きだったりしたら、きっと、きっと、山本さんは嬉しいんじゃないかって、考え出してしまったから。
 まだあの山本さんのことだと決まったわけではない。
 だけど、もう、これはほぼ確定事項じゃないかって思ったら、なぜか僕は、床に力なくぺたりと座り込んでしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

年上の恋人は優しい上司

木野葉ゆる
BL
小さな賃貸専門の不動産屋さんに勤める俺の恋人は、年上で優しい上司。 仕事のこととか、日常のこととか、デートのこととか、日記代わりに綴るSS連作。 基本は受け視点(一人称)です。 一日一花BL企画 参加作品も含まれています。 表紙は松下リサ様(@risa_m1012)に描いて頂きました!!ありがとうございます!!!! 完結済みにいたしました。 6月13日、同人誌を発売しました。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

寮生活のイジメ【社会人版】

ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説 【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】 全四話 毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

処理中です...