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3.エアプランツ
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しおりを挟む僕の言葉に山本さんは視線を一瞬だけ、僕に向けた。でも、本当にそれは一瞬で、再び湯呑に戻る。
「君は、百均のバイトの子だろ?」
その言葉にドキリとする。僕が山本さんを知っているのは、僕のシフトの時にいつも来る山本さんを僕が意識して見てきたから。
だけど、山本さんからしてみたら、僕なんか、たまに行く百均のレジにいるスタッフの一人のはずで、覚えてもらえてるなんて思ってもいなかった。
「そ、そうですけど」
「あそこの人たちは、みんな名札を下げてるじゃないか」
確かに下げてはいるけど、普通はそんな名札の名前なんて覚えてなんていないと思う。
「それに、私が昔好きだったアーティストの名前と似てるせいで覚えてたんだよ」
僕の記憶の中に「濱田」なんていう名前のアーティストは思い浮かばなかった。
「漢字は違うけどね。懐かしいなぁ、と思ったんだ」
そこで初めて、ふわりと優しい顔になった。
ああ、この人は、こんな顔で笑うこともあるんだ、と思ってドキドキした。
「そのアーティストって?」
「君くらいの年齢の子じゃ知らないだろうなぁ。ああ、親御さんだったら知ってるかもな」
そう言って出された名前は、やっぱり僕には知らない名前だった。もともと、それほど音楽に興味があるわけでもなかったけれど、山本さんが僕を覚えてくれたキッカケだと思うと、後で調べておこう、と心の中で強く思った。
「ほら、早く食べなさい」
「あ、はい……」
山本さんの視線を感じながら、僕は箸をとると、最初にみそ汁に手を伸ばした。
「あ、美味しい」
蜆のみそ汁というのは最初に口に含んだときにわかった。二日酔いの僕に? と思ったら、嬉しくなった。
「インスタントだけどな」
ボソリと呟く山本さん。それでも、美味しい。人に作ってもらって、誰かが一緒にいてくれる。年に2、3回くらいしか帰省しない僕にしてみたら、家で誰かと食事をするというのも久しぶり。たとえインスタントであったとしても、幸せな気分の調味料が、一味も二味も美味しくしてくれてる気がする。
僕は箸を止めることができなかったし、そんな僕を山本さんは無表情で見つめていた。
「……ご馳走様でした」
気が付けば、綺麗に平らげていた。
「お粗末様」
そう言って、山本さんが僕が使った食器を片付けようとする。
「あ、洗います」
「いいよ、これくらい」
「でも、お世話になった上に、食事までいただいたんです。洗わせてください……」
山本さんの手から、食器を奪うと、流しの中に食器を置いた。
「……じゃあ、頼むわ」
そう言うと、まだお茶が入ってるのか、自分の湯呑を持ってリビングのほうに戻って行った。
――わざわざ、僕が食べ終わるまで一緒にいてくれたのか。
少し猫背な背中を目で追いながら、それに気づいた途端、僕の胸の中が急にドキドキし始めた。
――なんだ? なんだ? この気持ちは?
ドサリとソファに座った山本さんの横顔を見ても、ドキドキしてる。
――あれ?僕、なんかおかしい?
僕は頭を振りながら、蛇口をひねった。勢いよく飛び出した水の音に、ビクッとする。そして、その冷たさが、僕に現実を思い出させた。あの仏壇に置いてあった写真立ての中で微笑んでいた親子の姿を。
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