100均で始まる恋もある

三森のらん

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2.印鑑

04

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 今日は昼からのシフトで、1時間休憩した後、閉店まで入ることになっていた。
 昼のシフトは、たまにしか入らない。今日は以前から、教授が学会の予定で休講になるのがわかってたのもあって、シフトを入れていた。

「あれ~、濱田くん、珍しいね」

 オープンから昼までのシフトに入ってるおばさんと、交代する時に声をかけられた。実際、滅多に会わないから、声をかけられても、顔と名前が一致することは稀だ。
 胸についている名札を見て、ああ、あの人か、と思い出すくらい。むしろ、おばさんのほうが僕のことを覚えていることに驚きを隠せない。

「あ、はい……お久しぶりです」

 僕はこう見えて、けっこう人見知りしてしまうタイプなので、接客の時でもないと、あまり人と積極的には話すのが得意ではない。
 だけど、ここで働いているおばさんたちは、けっこうおしゃべりな人が多いから、おばさんたちのほうから話しかけてくることのほうが多い。
 そのたびに、情けないけど、僕のほうがビビってる。

「じゃ、頑張ってね~」

 元気に帰っていくおばさんの背中を見送りながら、僕はレジに入る。
 昼間と、夕方から夜にかけての客層は、あまり変わらない気がしたけれど、思ってたよりも領収書を求めるお客さんが多いことに驚いた。夜のお客さんでも、領収書、と言われることもあるけれど、こう立て続けにもとめられることはない。
 店が駅ビルに入っているせいか、駅前にあるいくつかのビルに企業が入っているのだろう。そういう関係もあって、仕事の合間に買い物に来ている人が多いのかもしれない。
 そのお客さんの中に、あの酒のつまみを買っていくおじさんの姿を見つけてしまった。まさか、こんな時間に会うとは思わなかった。
 今日は昼間のせいなのか、おじさんは金曜日の夜に見かけるほどには、疲れているようには見えない。

「いらっしゃいませ」

 僕はいつも通りに声をかけた。
 そんな僕に気づいたのか、片方の眉をピクリと動かしたけれど、何も言わずに掌にのっていたものを僕に差し出した。それは印鑑だった。
 おじさんは首からカードホルダーを下げている。

『 山本 崇(ヤマモトタカシ) 』

 会社の名前と部署も書いてあるけれど、僕は名前のほうが気になった。そうか、『山本さん』って言うんだ。

「印鑑は、交換や返品はできませんが、よろしいですか?」

 渡されたのはシャチハタタイプ。彫られている名前は、やっぱり『山本』さんだ。
 チラッとおじさんのほうを見ると、軽く頷くだけ。 僕は小さな紙袋に印鑑を入れると、おじさんに手渡そうと待機する。
 おじさんは財布から小銭を出すと、いつもならカルトンに放り投げるのに、今日は小銭を持った手を伸ばして来た。
 慌てて掌を広げると、その上に、ちょうどぴったりの金額が置かれた。

「ちょうどいただきます」

 なんだか、いつもと違う反応に僕は少しだけ驚きながら、小銭をレジに置いてから、印鑑の入った紙袋を渡した。
 おじさんは一瞬僕の顔を見たけれど、そのまま何も言わず、今日はレシートも受け取らずに、さっさと離れていった。

「ありがとうございました……」

僕の声は、おじさんの背中にも、きっと届かない。

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