ぬるいミルクに、熱いハチミツ

三森のらん

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 やかんに水を入れてガスコンロののせて火にかける。食後にコーヒーを飲むために、マグカップを二つ取り出す。

「まさか、退学届とか出してないわよね」

 母さんの震える声に振り返る。泣いてはいないけど、今にも泣きそうな顔してる。わかってたこととはいえ、罪悪感は否めない。

「まだ出してないよ。一応、母さんと相談してから、と思ったから」
「よかった……」

 心底、ホッとした、という声を出すから、やっぱり、俺が大学を辞めるのは反対なんだろう。でも、これ以上、母さんに無理はしてほしくなかった。
 インスタントのコーヒーをいれて、自分と母さんん前にマグカップを置く。

「でも、母さん」
「ホワイトさんって方、知ってる?」
「ホ、ホワイトさん?」

 いきなり出てきた名前に、俺は気勢をそがれる。母さんはまだカレーが残ってるというのに、立ち上がると仕事用のバックから名刺入れを持ち出してきた。

「征一郎とも知り合いだって、お話だったんだけど」

 そう言って差し出した名刺には、俺の知ってるホワイトさんの顔写真が載っていた。それも、にこやかな笑顔つき。書かれている役職に目が釘付けになる。

『B&Hコーポレーション 日本支社長 ルーカス・恭介・ホワイト』

 ……支社長? あのホワイトさんが?

 呆然としながら名刺を見つめ続ける。
 俺の知ってるホワイトさんは、ただのカフェの店長さんってだけ。そりゃ、モデルばりのイケメンなのはわかってたけど、まさか、こんな偉い人だなんて思ってなかった。

「……郎、征一郎、ねぇ、聞いてる?」

 あまりにも驚いて、母さんが呼んでいるのにも気が付かなかった。

「あ、ああ」
「だから、いいお話だと思ったの」

 唐突に話が始まる。いや、ぼうっとしている間にも母さんは何か言ってたのかもしれない。顔を赤らめて話をする様子に、身体が思わず強張ってしまった。もしかして、母さんの話って言うのは。

「お前さえよければ、ホワイトさんからのお話、受けようかと思って。そうなれば、お前も家のことを気にせず、大学に通えるだろうしね」

 え? 
 まさか?

「もう、色々とお話をしたんだけど。あんなに熱心に言われたら、頷くしかないって思っちゃって。あんなにハンサムなんですもの。いくつになってもドキドキしちゃうわ」

 年甲斐もなく、照れ捲ってる母さんの姿に呆然とする。まさか、母さんの相手って。俺がそれを追求しようとした時。

「ただいまぁ」
「あ、お帰りなさいっ」

 ご機嫌な顔の母さんが、学校から帰ってきた征史郎に声をかける。

「お、今日、カレー?」
「そうよ~。やっぱり、征一郎が作ってくれるカレーは美味しいわねぇ」

 ニコニコしながら、残っていたカレーを平らげる母さん。しかし、俺の方は、まださっきのショックから抜けきれない。

 ――だって、もしかして、ホワイトさんが義理の父親!?

 二人の馴れ初めとか、どうなってるんだ?
 え、でも、すごく歳離れてない?
 もしかして、ホワイトさん、それで俺に親切にしてくれたとか!?

 俺は頭の中がぐるぐるしたまま、名刺を握りしめている。

「兄貴、バイト、時間いいの?」

 いつの間にか制服からジャージに着替えていた征史郎が、自分でよそったカレーの皿を持って席についた。

「あ、ああ、そうだな」

 温くなっているコーヒーを飲み干すと、混乱した頭のまま、俺は慌てて出かける準備を始めた。

***

 後半にR18的な表現があります。
 該当するタイトルには★を付けてありますので、避けたい方はそちらを飛ばすようにお願いいたします。
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