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7.オッサンとの距離感に困惑する俺

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 店の中はポップなBGMと厨房の音、そして時々、目の前の男たちが食ってる音だけ。

 ――オンナって、なんだよ! オンナって!

 俺はどう見ても男だろうが。『坊ちゃん』の言葉に頭が一瞬、真っ白になる。

「だって、そうでなきゃ、こいつがこんな店にいる意味がわからん」

 そんなの、俺だって知らねーよっ!
 そう言い返せたら、どんなにもいいだろう、と俺は思った。でも、簡単にキレるほどに単純じゃない。俺は、乾いた笑いでその場を濁そうとした。

「若頭……揶揄うのもいい加減にしてくださいよ」

 おっさんの渋い声がした。でも、それに怒りは感じない。むしろ、呆れ、に近いだろう。

「藤崎~、もう、正直に吐いちまえよぉ~」

 スキンヘッドたちの先に座っているおっさんに、『坊ちゃん』は背を伸ばして声をかけている。どう見ても気安い関係にしか見えない。

「ああ、はいはい。オンナでいいですよ、オンナで」
「やっぱり? やだなぁ、早く教えろよぉ」
「え、え、えぇぇぇぇぇっ!?」

 投げやりなオッサンの言葉に、嬉しそうなのは『坊ちゃん』。どう考えたって、オッサンの言葉は冗談に決まってるのに。
 そして、叫んだのは当然、俺。

「ちょ、ふ、藤崎さん、あのっ、こ、この人って?」

 俺の戸惑いにオッサンは目を向けず、箸を止めずにサラッと爆弾を投下した。

「武原組の若頭だ」

 ……おっふ。
 てっきり、オッサンとは別の組の人で敵対関係なのか、とさっきまでは思ってたが、まさかの同じ組とは。ということは、サングラスもスキンヘッドも、オッサンの同僚ってことなんだろうか。

「武原一政。よろしくな。で、お前のフルネームは……高橋マサトでいいのか?」

 牛丼屋でイケメンがカッコつけてウィンクしてても、様にならない。というか、ヤクザだし。ていうか、男相手にウィンクの無駄打ちだっての。
 そこで、フッと若頭の苗字に意識が向く。

「え? 『武原』って……」
「組長の息子さんだ」

 二つ目の爆弾が、再びオッサンから落とされる。
 この人が、あの武原さんの息子。正直、全然似てない。武原さんは黒髪に少し白髪が入ってきているものの、髪をカチッと撫でつけてて、体つきも大柄でガッシリしてる。でも『坊ちゃん』改め若頭は茶髪のウェーブのある髪で、どっちかといえば細マッチョ。
 思わず、似てないですねって言葉が喉元まで出そうになったけど、オッサンの鋭い視線と小さく顔を横に振られて、ゴクンと飲み干す。

「そ、そうなんですね」

 俺が顔を引きつらせたのを、若頭は『ヤクザの若頭だったこと』にビビったと勘違いしたのだろう。

「なんだよ、俺なんかより、藤崎のほうがよっぽど怖そうだろうが」
「いえてる」
「ですよね~」

 若頭とお付きの二人に揶揄うように言われ、オッサンは三人をじろりと睨む。

「ほら~、藤崎、怖いぞ、その顔」
「……生まれつきなんで」
「よく、こんなののオンナになろうと思ったな、マサト」
「い、いや、違いますからっ!」
「もう、照れるなよぉ~」

 勝手に盛り上がってるヤクザたちに、俺はなすすべもなく。

 ……ここは居酒屋じゃねーぞっ!

 そう叫べなかった俺の気持ちを、察してほしい。
 厨房のほうからも店長たちの生温い視線を感じながらも、作り笑顔でそこに立ち続けるしかなかった。
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