金糸雀が哭く

始動甘言

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サキミ

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 先を見る。
 先見の明や未来予知、予測変換もその域にあると考えられるかもしれない。
 ほんの少しでも、相手よりも、あるいは世界よりも先を見る。
 これは一体どちらに当たるのだろうか。
 善悪、正負、是非。
 どれかに当たらなければ、それは『どちらでもない』ということになる。
 未分類。未知という言葉があるのだから、これぐらいあっても許されるだろう。
 世界は先を教えない。
 それはその先が正なのか負なのかを判別できないからなのだろうか。
 はたまた、そのどちらであっても、世界には等しく同じものであるからなのだろうか。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 この物語は兄ちゃんが死んだ瞬間の話。だから僕がどう頑張ったとしても救えない話なんだ。



 ヒグラシが鳴くまであと数時間と迫った夏の日。机の上にある氷の入っている麦茶の中で溶けた氷がカランと位置をずらしたそんなとき、兄ちゃんが母さんや父さんがいなくなるころを見計らって部屋に入ってきた。僕はその時夏休みの宿題を終わらせようとうんうん唸っていた・・・はずだ。
 「え~お前、知らないのかよ~」
 いつもお決まりの言葉を妙に息を荒げた兄ちゃんは言った。
 「だって知らないんだもん。仕方ないじゃん」
 僕もまたそれに応じて同じお決まりの言葉を返す。
 これが僕たちがしていた簡単な言葉のキャッチボール。辛くても悲しくてもこれさえあれば僕らはどんな会話だって出来る。僕が悲しくて泣いている日も、兄ちゃんと喧嘩して口をききたくなくても、この一言だけで僕らは自然と話をすることが出来た。だからあの日、兄ちゃんの聞いた話をしっかりと僕は聞いてしまったのだ。
 「いいか?よっちゃんたちから聞いてきたとっておきの話なんだけどな」
 よっちゃん、兄ちゃんの友達で同級生。僕らと大分年が離れたお兄さんがいて、なんでも色々なことを調べている学者らしい。このときの僕らにとって学者っていう職業に凄さは感じないけど、威厳(?)だけはすごく感じられた。
 よっちゃんから聞いたなら知るはずないじゃん。僕はそう言いたげな口を閉じて、兄ちゃんの話を聞いた。
 「俺らには今と昔と未来があって、今が俺らが子どもの料金で電車に乗れる年で、昔が電車にすら乗れなかった年で、未来が俺らが大人の料金で電車に乗らないといけない年ってことらしいんだ」
 「???」
 どういうことかは分からなかった。その時は電車の乗り方が変わる程度にしか思ってなかったし、こんな例えを出すぐらいなのだから兄ちゃんもまだそこまで進んだ理解はしてなかったと思う。
 だからここで兄ちゃんは、難しい話だから深く考えないでいい、とさぞ偉そうに語ったと思い出せる。この後の記憶が塗りつぶされそうなぐらい強烈だったけど、兄ちゃんの思い出せる顔がそこと最期しかない。悔しい限りだ。
 何故か。兄ちゃんは自分でもよく分からないものを鼻高々に話せるほど自信家じゃないからだ。電車の例も話を聞いてそのまま持ってきただけだろう。その証拠に後ろを向いた兄ちゃんは耳を赤くしていた。兄ちゃんは自身が無いと耳を赤くする癖があるのだ。恥ずかしい時は耳がピクピクする癖になる。変な兄ちゃんだ、本当に。
 「で、未来ってのは誰も見れないスゴイもんなんだ。だから占いとかの仕事があるんだって」
 「へぇー」
 「でもでも!それが簡単に見れる方法があるんだよ」
 「えっ・・・でもさっき難しいって・・・」
 「あるから簡単なんだろ!いいからいいから!」
 この時の兄ちゃんはある種の興奮状態になっていた。単純に試してみたい、そうなればスゲェーというぐらいの単純で明確な気持ちが兄ちゃんの背中に追い風を当てていた。僕はやはり兄ちゃんの気持ちなど理解できずに兄ちゃんの笑顔に呼応してうんうん笑顔で馬鹿みたいに頷いているしかなかった。
 「とりあえずじいちゃんの倉庫に行こうぜ!あそこならエアコンもあるし、中にいてもどうにかなるだろ!」
 「うん!」
 僕らの家族は当時じいちゃんの家に泊まらせてもらっていた。暑中見舞いなどではなくちょうど家の中に白アリが出たというのを契機にリフォームしようというのを母が提案したのだ。そのため、仮屋としてじいちゃんの家に一時的に(リフォームが終わるのが夏休みの終わりごろだったこともあって)住まわせてもらっていたのだ。
 「おう」
 「「げっ」」
 丁度一階に降りるタイミングでバッタリ彼と出くわした。僕らには親戚がいる。それが僕らの叔父さん、旺次郎である。ちなみに僕らの父さんの名前は徳一。
 「何か悪いことでもすんのかお前ら?顔に書いてあるぞ」
 「えっ、あっ、いや・・・?」
 「し、知らないよ・・・」
 旺次郎叔父さんは父さんとは違って結婚もしていなければ別に暑中見舞いに帰ってきたというわけでもない。この時の僕は知らなかったがおじさんは実家からいつも夜勤に出ていたため昼間はずっと家にいた。おじさんは学生の頃に作った借金をこの時返済している真っ最中で叔父さんも夏が終わる頃には借金を返済して、元々住んでいる住所に戻る話だった。
 旺次郎おじさんは鼻がスゴイ効く。多分この時におじさんが止めてくれたらよかった。でも僕のせいでそれは無いものになった。
 「宿題やらない奴らには小遣いやらないぞ~?って兄貴が言ってたぞ」
 「うっ・・・し、宿題ぐらいいつでも出来るし!」
 兄ちゃんが食ってかかった記憶がある。叔父さんは確か・・・こう言ったはずである。
 「分かってないな。いつでも出来るものって言うのはこの世にはねぇんだ。やる時にサッサとやって、軽く遊んでまた別のことをやる。それが出来ねぇと将来まともな大人になれねぇからな」
 「将来?それっていいところ?」
 僕はそう返した。そうだ、そう返したんだ。この時、叔父さんはハッと何かを思い出したように驚いた顔をして、そこから泣きそうな顔で膝を曲げて僕の肩に手を乗せた。
 「いいところ、ではないさ。多分、いや絶対に嫌なことが多い。でも幸せはある。これだけは確実に言える」
 「「????」」
 僕らはお互いに首を傾げた。叔父さんは大きなため息をついて、立ち上がった。
 「おし、チビ共!今日は遊んでこい!明日は俺が一日中家にいてやるからみっちりしごいてやる!覚悟しろよ!」
 「「えぇー!?」」
 叔父さんはそう言って僕らを通してくれた。思い返せば、『将来』のことを『未来』と捉えられれば兄ちゃんが口を滑らせたと思う。そうすれば叔父さんも察することが出来たはずなんだ。
 そこから僕らは倉庫に行って準備に取り掛かった。
 「用意するものは、服の端っこ、髪の毛、コップの水、あとは馬の人形だったっけ」
 「持ってきたよ。あ、でも馬の人形なんて無かったから倉庫にあったじいちゃんの木彫りの馬を持ってきたんだけど」
 「それでもいいのかな?なんか馬の形さえしてればなんでもイイからいっか!」
 「それと言われた水性マジックも持ってきた。何か書くの?」
 「丸書いて星書いてその中に目を書くの」
 「え!?床に書いたらバレちゃうよ!?」
 「バカだなー。だから水性にしたんだろ?」
 「それでもさー・・・」
 「いいの、いいの。ここには冷蔵庫があるんだからそこにあったもの零したってことにすればさ」
 「うー・・・」
 「それで星の先の一つがお日様の方に向くようにして―――うん!」
 「出来た?」
 「出来た!」
 「それでなんて言うの?こういうのって何か言ったりするんじゃないの?」
 「そうそう。確かそんなこと言ってたな。一応メモってきたからさ、早く言うぞ」

 兄ちゃんが大きく口を開いてその言葉を口にする。


 「――――――――――――――――――――」


 僕はそれがなんと言ったのか思い出せない。いや、聞こうとしたのだ。聞こうとする前に終わったのだ。

 グシャリと音がなった。聞こうとして開いた口に何か暖かいものが入った。

 この場面では関係ないがよく僕は口の中を切る。ジワーッと口の中に血の鉄臭い味が広がるのだ。

 同じ味がした。鼻の奥のそのすべてが鉄の匂いに染まるぐらいに。
 
 そして僕は思わず顔を上げてしまった。何かを考えてしたわけではない。無意識に、脳が何が起きたかを判断するために。僕は何も考えずに顔を上げてしまった。

 そこには大きな目があった。真ん中に白い線が引かれ、その線を中心にいくつもの映像が混ざったように広がっている。よく大量の画を上手い具合に並べて一つの大きな画にするというのを見たことがないだろうか、まさにそれが広がっていた。



 そして僕はその線引きされた画が何かを確認する前に、目を閉じた。
 
 
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