高司専務の憂鬱 (完)

白亜凛

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◆恋と雪と

甘い雪に包まれて 2

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「杏香」

 思い詰めたせいか、ついに幻聴まで聞こえたかと思った。

「杏香っ!」
 それにしては随分とはっきり聞こえる。

「え?」
「杏香! 大丈夫かっ?」

 振り返ると、足早にこっちに向かってくる颯天が見えた。

 傘もささずに、彼は雪を被ったままコートを閃かせてやってくる。

「――専務?」

「どうして電話にでないんだ? 雪の中帰ったって聞いて。大丈夫か? 寒かっただろう?」

 白い息を吐きなら肩で息をする颯天は、杏香の髪やコートについた雪を払う。

「専務……」
 次の瞬間、杏香は声をあげて泣いた。

「私、専務が、専務のことが、好きなんです。もうやだ、ほかの人と結婚なんかしないで」

「杏香?」

「愛してるの、私、専務を愛しているの。お願い。私だけの、専務でいて……。私、がんばるから……がんばるから、ずっとずっと一緒にいたいの、専務じゃなきゃいやだ」

 わーんと子供のように泣きながら、杏香は颯天に抱きついた。

 別れるくらいなら、必死ですがりついて、必死でがんばって、それでも捨てられならそのほうがいい。
 離れるなんて嫌だ。

「ようやく言ったな」

「――?」
 涙を溜めたまま見上げると、颯天は指先で杏香の涙をそっと拭う。

 優しくて温かい微笑みとは裏腹の、冷え切った、とても冷たい指だった。

 この雪の中を、彼は歩いて探してくれたのか?

「愛してるよ、杏香。お前だけだ、俺が愛せるのは。――お前以外とは結婚なんかしない」

「マリアさんは?」

「今日ケリをつけてきた。もう会社にも来ない。言っただろう? 俺を信じろって」

 いつの間にか、車道には車が停まっていて、下りてきた坂元がふたりに傘を差し伸べる。

「さあ、帰ろう」と颯天が言った。

 杏香は涙を堪えて頷きながら、いざというときは、彼はいつだって優しかったと思い出した。

 いつだって、つらいときに現れて助けてくれる。

 憎たらしいほど素敵で、
 泣きたくなるほどかっこよくて――。

 暖かい車の中に入ると、颯天は自分が脱いだコートを杏香に被せる。

 そして抱き寄せながらクスクスと笑う。

「お前も強情だよな」
「え?」

「初めて聞いたぞ、俺とずっと一緒にいたいって。逃げることばっかりだっただろう?」

 言われてみれば、そうかもしれない。

 これ以上好きになってはいけないと自分に言い聞かせていたし、未来のことなんて言ったらおしまいだと思っていた。

 でも、自分はいったい、なにが終わってしまうのが怖かったのだろうか。
 別れたくてしかたがなかったくせに、捨てられるのはもっと怖くて。

「専務だって言ってくれなかったですよ?」
 マフラーに深く顔を埋めながらそう言った。

「俺はいつだって言う気満々だったけどな、お前さえ言えば」

「なんですかそれ」

 お互いにクスッと笑い合う。


「杏香、去年、クリスマスイブのとき、悪かったな。酷い言い方して、すまなかった」

 ポツリと颯天が言う。
「ごめん」

 謝ってくれるなんて考えてもいなかった。

(強情なあなたに、強情な私、か)

 意地を張るのはやめだ。捨てられるのを恐れるよりも、素直でいよう。
 そうじゃないと後悔しか残らない。

「許してあげますよ専務。大好きだから」

 首を伸ばして耳もとでそっと囁くと、彼は心からうれしそうに微笑んだ。

 ずっと一緒にいたいのが愛なのか。
 幸せを願うのが愛なのか。
 その答えは杏香にもわからない。

 それでも私はいま、心からこの人を愛してる。幸せを掴むために、もう二度とこの手を離さない。

 そう誓いながら、杏香は彼の胸に頬を埋めた。
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