高司専務の憂鬱 (完)

白亜凛

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◆恋と雪と

愛ってなに 1

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 今日も今日とて颯天は出かける。

 ファイルの中の書類を確認し、名刺入れの中を確認したりと準備を整える彼は、相変わらず忙しそうだ。

「遅くなるようならメールをする。メールがなくても定時になったら帰っていいからな」
「はい。わかりました」

 ゆっくりと頭を下げて見送ってから、かれこれ数十分。指先から響いていたキーボードの打音が消えると、専務室は静寂に包まれた。

 チラリと見たのは颯天の席。
 いないのをいいことに、杏香は憮然として空っぽの席をキリキリと睨む。

 今日の彼はマリアと出かけたわけではなく、都築課長を伴って取引先を数件回る予定でいるのだが、その中にはしっかりとタナカグループがある。

 タナカグループとの打合せには、当然マリアがしたり顔で出席するだろう。

 そして仕事の話は他の人に任せて、自分たちは仕事とはまったく関係ない話をするに違いない。今日のディナーはどうする?とか、今夜は私のマンションに泊まっていく? とか。もしくは、津吹絵恋とはどうなってるの? とか。

 唇をキュと噛んで、プルプルと首を振り、関係ない。関係ないと杏香は自分に言い聞かせる。

 ふいに画面に現れたポップアップメッセージは、アラームで設定してある『お昼休み』という表示だ。
 さてお昼はどうしようかな、と考えた。

 食材を無駄にしないよう普段はお弁当を作るが、ここ数日は朝起きるだけで精一杯。出勤途中にコンビニに寄るのも忘れてしまった。

 もはや会社に来ることが苦行である。

 そうはいっても朝からなにも食べていないので、お腹はすくし。さて、なにか買ってこようと席を立った。美味しそうなコンビニスイーツでも食べれば、少しは元気になるだろう。


 オフィスビルを出ると、冷たい風が杏香の頬をかすめて吹き抜けた。

 空は朝からどんよりと曇っていて、とても寒い。

 カラッと晴れていれば気分も違うのに、こんな日に限って心を映し出すような寒々しい空模様に、やれやれとため息が出る。

 ため息をつくと幸せが逃げると言ったのは誰だっただろう 寿命が縮むだったっけ? どちらにせよよくはないのよねぇ。と思いながらまたひとつ太い息を吐く。

「ハァ」
 今の状況が続く限り神経もすり減るばかりで、長生きなんてできるわけないわと、うんざりしたときだった。

「樋口?」
「あ!」

 うつむいて歩いていたので、気づかなかった。
 すれ違いざまに声をかけてきたのは、同級生で弁護士の泉水だ。

 そういえば彼はときどき都内に来ると言っていたと思い出す。とはいえこの広い都内ですれ違うとは、なんの因果か。

「すごい奇遇!」
「ほんとだな、そういや樋口の職場はこの辺だって言ってたか」

「そう、すぐそこなの」
「もしかして昼飯なら、どう? 一緒に」

 断る理由などまったくない。杏香はうんうんと大きくうないた。
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