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◆将を射んと欲せば
三年前の秘密 10
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「アラブですか? なんかすごい」
「ほんと。すごいわ。生きている世界が違いすぎて、すごいしか言えないわよね。それにその噂が本当の話で、わかった上での結婚だとしたら、それもすごいわよね」
先輩はそう言って左右に首を振った。
アラブの王子さまというと、ライオンとかをペットにして車の助手席に乗せちゃっているのだろうか。王子には第二夫人どころか第十夫人とかもいたりしちゃうんだろうか。二股かけられている相手がアラブの王子さまならむしろ縁続きになれてラッキーくらいに思うのだろうか。
話のスケールが自分の許容範囲を超えていて、なんの感慨も生まれなかった。
(どうでもいいわ)
執務室に戻り、そのままコーヒーサーバーをセットした。
そして、いつものように颯天にコーヒーを出す。
サンキューという彼の声を遠くに感じながら自分の席に戻り、マンションの鍵を手にした。
そしてまた颯天のデスクに向かう。
「お返ししておきますね」
デスクの上に鍵を置き、それだけ言うとニッと口角を上げて笑顔を作った杏香は、ペコリと頭を下げた。
彼の視線が自分に向けられたのはわかったが、そのまま自分の席に戻る。皮肉を言う気持ちなど、きれいさっぱり消え失せていた。
粛々と自分の立場をわきまえるのみ。そんな気持ちしかない。これが世間のヒエラルキーというものだ。下層階級のものは首を突っ込んではならない。
パソコンに向かって早速仕事を始めようとすると、席から立ち上がった颯天がゆっくりと近づいてくるのがわかった。
なんでしょう? というふうに、努めてニッコリと笑みを浮かべて彼を振り返り、途端に凍りついた。
杏香の椅子の脇まで来た彼は、鬼の形相で見下ろしている。
鬼といっても憤怒の赤い炎を燃やす鬼ではない、氷のような青い炎をゆらゆらと瞳の奥で揺らす鬼だ。
(ヒィィ!)
青い炎を燃やす恐ろしい鬼は、不敵な笑みを浮かべて屈みこんだ。
そして、マンションの鍵で杏香の頬を軽く叩く。
ひんやりと冷たくい鍵を、ペシ、ペシとゆっくり当てられるたびに、心臓が恐怖に跳ね上がった。
「返す理由はなんだ?」
椅子の背もたれに片方の手をかけ、もう片方は鍵を目の前に差し出している。
「え、っと……そのぉ。ず、ずっと借りっぱなし、なのも、いかが、かと、お、お返し、しないと、と」
結局一度も使っていない。
行かなくても彼はなにも言わなかったのだから、持っていても意味がないと思うが。
「これはお前に貸したものじゃない。あげたものだが?」
(――ええ? そ、そんなこと言われても)
使う機会は永遠にありませんしと、心で答えた。
「それでも俺に返すのか?」
怖い。本当に怖いっ!
恐ろしい視線に心臓は縮み上がっているが、そんな恐怖とは裏腹に口が勝手に反抗した。
「だ、だって、マリアさんと鉢合わせしちゃったらどーするんですかぁ? せ、専務だって、困るでしょう?」
言うだけ言うとゴクリと喉が鳴る。
「あの女はマンションには来ない」
「――え?」
「ほんと。すごいわ。生きている世界が違いすぎて、すごいしか言えないわよね。それにその噂が本当の話で、わかった上での結婚だとしたら、それもすごいわよね」
先輩はそう言って左右に首を振った。
アラブの王子さまというと、ライオンとかをペットにして車の助手席に乗せちゃっているのだろうか。王子には第二夫人どころか第十夫人とかもいたりしちゃうんだろうか。二股かけられている相手がアラブの王子さまならむしろ縁続きになれてラッキーくらいに思うのだろうか。
話のスケールが自分の許容範囲を超えていて、なんの感慨も生まれなかった。
(どうでもいいわ)
執務室に戻り、そのままコーヒーサーバーをセットした。
そして、いつものように颯天にコーヒーを出す。
サンキューという彼の声を遠くに感じながら自分の席に戻り、マンションの鍵を手にした。
そしてまた颯天のデスクに向かう。
「お返ししておきますね」
デスクの上に鍵を置き、それだけ言うとニッと口角を上げて笑顔を作った杏香は、ペコリと頭を下げた。
彼の視線が自分に向けられたのはわかったが、そのまま自分の席に戻る。皮肉を言う気持ちなど、きれいさっぱり消え失せていた。
粛々と自分の立場をわきまえるのみ。そんな気持ちしかない。これが世間のヒエラルキーというものだ。下層階級のものは首を突っ込んではならない。
パソコンに向かって早速仕事を始めようとすると、席から立ち上がった颯天がゆっくりと近づいてくるのがわかった。
なんでしょう? というふうに、努めてニッコリと笑みを浮かべて彼を振り返り、途端に凍りついた。
杏香の椅子の脇まで来た彼は、鬼の形相で見下ろしている。
鬼といっても憤怒の赤い炎を燃やす鬼ではない、氷のような青い炎をゆらゆらと瞳の奥で揺らす鬼だ。
(ヒィィ!)
青い炎を燃やす恐ろしい鬼は、不敵な笑みを浮かべて屈みこんだ。
そして、マンションの鍵で杏香の頬を軽く叩く。
ひんやりと冷たくい鍵を、ペシ、ペシとゆっくり当てられるたびに、心臓が恐怖に跳ね上がった。
「返す理由はなんだ?」
椅子の背もたれに片方の手をかけ、もう片方は鍵を目の前に差し出している。
「え、っと……そのぉ。ず、ずっと借りっぱなし、なのも、いかが、かと、お、お返し、しないと、と」
結局一度も使っていない。
行かなくても彼はなにも言わなかったのだから、持っていても意味がないと思うが。
「これはお前に貸したものじゃない。あげたものだが?」
(――ええ? そ、そんなこと言われても)
使う機会は永遠にありませんしと、心で答えた。
「それでも俺に返すのか?」
怖い。本当に怖いっ!
恐ろしい視線に心臓は縮み上がっているが、そんな恐怖とは裏腹に口が勝手に反抗した。
「だ、だって、マリアさんと鉢合わせしちゃったらどーするんですかぁ? せ、専務だって、困るでしょう?」
言うだけ言うとゴクリと喉が鳴る。
「あの女はマンションには来ない」
「――え?」
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