高司専務の憂鬱 (完)

白亜凛

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◆将を射んと欲せば

三年前の秘密 7

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 でも、どんなに悔しくても、光葉やマリアのような女性は彼の周りにたくさんいるのだ。その都度イライラしていたのでは身がもたない。

(恩返しに充分なだけ働いて、秘書さっさとなんて辞めてやる!)
 鼻息も荒く憮然として給湯室にいくと、秘書課の先輩たちがいた。


「お疲れさまでーす」
「お疲れさまー。ねぇねぇ樋口さん、このニュース見た?」

「ん? なんですか?」

 先輩のひとりが杏香に向けたスマートフォンの画面はネットのニュース記事だ。

【マリア、御曹司と結婚秒読み!?】

 写真の中でタナカマリアは、並んで歩く男性を明るい笑顔で見上げている。彼女を振り返り見下ろしているスーツの男性が、タイトルにある御曹司か。

 スラリと背の高い御曹司は、横顔がほんの少ししか見えない。でもそれだけで十分だった。

 間違えようがない。男性は高司颯天。

「専務、結婚しちゃうのかしら。樋口さんなにか聞いてる?」

 ぷるぷると、左右に首を振る。
「いいえ、なにも聞いていないです。へえー、そうですか」

 先輩に渡されたスマホを、杏香はジッと見た。
「お似合いですね」

「ほんと。美男美女」

 タナカマリアに対する嫌悪感は、予感だったのかと我ながら勘のよさに驚くばかりだ。

(なるほどへえー。結婚するんですか。そうですか。へえー)


 予告通り二時少し前に彼は帰って来たが、席を温める間もなく営業部との会議へと向かった。

 専務、結婚するんですかと聞きたいが、聞く勇気はない。

 あっさりと、『ああ』と言われそうで、まずはその返事を受け止める心の準備をしなければ。
 だからもう少しだけ結婚は待って欲しい。秘書を辞めるまで……。

 大きく息を吸い、気持ちを落ち着ける。

 覚悟はしていたものの、正直ショックだった。
 お茶で流し込んだおにぎりの味もわからないほど、深く傷ついた。

 このまま婚約発表になったら――作り笑いとかできる? おめでとうございますとか言える? うだうだ考えながら仕事をするうちに外は薄暗くなってきた。

 今日の天気は朝からどんよりとした重たそうな雲が広がっている。晴れならちがうだろうに、薄暗い空を見上げたところで気分転換にもならない。

 それでも頬杖をつき曇った空をぼんやりと見つめると、ルルルと受付からの内線電話がなった。

「はい」
『タナカマリアさまがお見えになりました』

 なんと本日二度目の登場を知らせる電話だった。

 受付の女性に先導されマリアは応接室に通されたが、杏香が顔を出すとまたしても「専務室で待たせてもらうわ」と言い出し、スッと立ち上がる。

 マリアは昼とは別の服を着ている。スーツだったはずが、いかにも夜のデートというドレッシーなベージュのワンピースに変わっていた。

 反論する気も起きず、専務室に通した。

 勝ち誇ったような彼女の視線を気にしないように、ソファーを勧め、自分はデスクの席に座る。

 間もなく会議から戻ってきた颯天が、昼間そうだったようにマリアと一緒に廊下にでたところで、忘れ物をしたのか、ふいに自分の席に戻ってきた。

 書類を手にしながら杏香に声をかける。

「もしかしたらそのまま戻れないかもしれない。気にしないで帰っていいぞ」

 はいはい、そうですか。どうせ私は邪魔ですよね。ええ、そうでしょうとも。そしてあなたは、そのままお泊りですか?令嬢と。――いやらしい。

 そんな心の声がつい表に出てしまったらしい。

「はぁい」
 という返事が、険のある言い方になってしまった。

 颯天が立ち止まる。

「不満そうだな」

「い、いいえ、気のせいです」

 杏香の席の前まで来ると、彼はニヤリと目を細める。
「気になるか?」

「全然」

 フッと笑って颯天は行ってしまった。

 外はすでに暗いが、時計を見ればまだ夕方の四時だ。食事にはまだ早い。二人連れ立って一体どこに行くのだろう。

 プルプルとかぶりを振り、ひとりになった専務室で、ひとしきり大きなため息をつく。
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