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◆将を射んと欲せば
三年前の秘密 6
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(負けた)
これも社会的地位の賜物に違いない。お嬢様のわがままは、ほとんどの場合こんなふうに許されて、雪だるま式に増長されるのだ。
その証拠に「専務室にご案内します」と告げると、彼女はこれみよがしにツンと顎を上げ勝ち誇った顔をして席を立った。
それでなくてもモデルをしている彼女は背も高い。身長160センチの杏香よりも頭一つ上から見下してくる。
専務室に入り「どうぞ」と、ソファーを進めると、マリアは無言のまま腰を下ろした。
「秘書さん、お名前は?」
「樋口です」
「そう。樋口さん、ご両親はなにをなさっているの?」
杏香は軽く首を傾げる。
「なにを? うーん、そうですね今頃は散歩でもしているでしょうか」
誠実に答える義理はない。嘘にならない程度にとぼけた。
チラリとマリアを見ると、つまらない冗談ねとでも言わんばかりに、フンと鼻で笑った彼女は、目の前に自分の手を翳してネイルのチェックを始めた。
少し斜めに並べた細い脚に、細くて高いピンヒールのパンプス。膝の上にはスマートフォン以外には入らなさそうな小さなバッグ。手荷物はそれだけ。書類は? 仕事に関するものはなにもないのか。本当になにをしに来たのかと首を傾げたくなる。
女性秘書がコーヒーを持ってきてくれると、「ありがとうございます」と、杏香には見せないような笑みを浮かべて礼を言った。なるほど、人によって態度を変えるのかと呆れていると、扉が開き颯天が入ってきた。
彼は「ああ……」とマリアを見て微笑んだ。やわらかく、柔和な表情で。
マリアはすっと立って、行儀よく頭を下げる。
「ごめんなさいね、父が迎えに行くように言うものだから」
困ったように眉を下げて長い睫毛を伏せるその表情は、楚々とした控えめな女性のそれだ。
「いや、ありがとう。じゃあ、行こうか」
返す颯天も穏やかな紳士。
「はい」
唖然とする杏香を振り返った彼は、「二時までには戻る」と告げてマリアをエスコートするように部屋を出た。
扉が閉まった途端「はぁー」と大きく息を吐く。
どっと疲れが出た。
「なんなの? デート? 仕事じゃなくてデートでしょ。ったく、鼻の下伸ばしちゃって、なによ」
こっちは侘しいおにぎりだっていうのにと、ブツブツ文句を言いながらマリアがほとんど口をつけなかったコーヒーの後片付けをする。カップは使い捨てではなくボーンチャイナの高級品だ。
コーヒーひとつにも、立場の違いを見せつけられる。
弱者だから不幸だとは思わないし、彼女のように皆に気をつかってもらいたいわけじゃないが、やっぱり悔しい。
これも社会的地位の賜物に違いない。お嬢様のわがままは、ほとんどの場合こんなふうに許されて、雪だるま式に増長されるのだ。
その証拠に「専務室にご案内します」と告げると、彼女はこれみよがしにツンと顎を上げ勝ち誇った顔をして席を立った。
それでなくてもモデルをしている彼女は背も高い。身長160センチの杏香よりも頭一つ上から見下してくる。
専務室に入り「どうぞ」と、ソファーを進めると、マリアは無言のまま腰を下ろした。
「秘書さん、お名前は?」
「樋口です」
「そう。樋口さん、ご両親はなにをなさっているの?」
杏香は軽く首を傾げる。
「なにを? うーん、そうですね今頃は散歩でもしているでしょうか」
誠実に答える義理はない。嘘にならない程度にとぼけた。
チラリとマリアを見ると、つまらない冗談ねとでも言わんばかりに、フンと鼻で笑った彼女は、目の前に自分の手を翳してネイルのチェックを始めた。
少し斜めに並べた細い脚に、細くて高いピンヒールのパンプス。膝の上にはスマートフォン以外には入らなさそうな小さなバッグ。手荷物はそれだけ。書類は? 仕事に関するものはなにもないのか。本当になにをしに来たのかと首を傾げたくなる。
女性秘書がコーヒーを持ってきてくれると、「ありがとうございます」と、杏香には見せないような笑みを浮かべて礼を言った。なるほど、人によって態度を変えるのかと呆れていると、扉が開き颯天が入ってきた。
彼は「ああ……」とマリアを見て微笑んだ。やわらかく、柔和な表情で。
マリアはすっと立って、行儀よく頭を下げる。
「ごめんなさいね、父が迎えに行くように言うものだから」
困ったように眉を下げて長い睫毛を伏せるその表情は、楚々とした控えめな女性のそれだ。
「いや、ありがとう。じゃあ、行こうか」
返す颯天も穏やかな紳士。
「はい」
唖然とする杏香を振り返った彼は、「二時までには戻る」と告げてマリアをエスコートするように部屋を出た。
扉が閉まった途端「はぁー」と大きく息を吐く。
どっと疲れが出た。
「なんなの? デート? 仕事じゃなくてデートでしょ。ったく、鼻の下伸ばしちゃって、なによ」
こっちは侘しいおにぎりだっていうのにと、ブツブツ文句を言いながらマリアがほとんど口をつけなかったコーヒーの後片付けをする。カップは使い捨てではなくボーンチャイナの高級品だ。
コーヒーひとつにも、立場の違いを見せつけられる。
弱者だから不幸だとは思わないし、彼女のように皆に気をつかってもらいたいわけじゃないが、やっぱり悔しい。
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