高司専務の憂鬱 (完)

白亜凛

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◆将を射んと欲せば

三年前の秘密 3

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 外したピアスも颯天に買ってもらったものだ。
 真珠の上に小さなルビーがついている。今日は口紅の色もルビーに合わせて、いつになく赤が強い。彼が帰ってくると思うとうれしくて浮き立つ心のまま選んだからなのか、いつになく赤い自分は、彼に染められているような気がしてこそばゆい。きっと頬もあからんでいるだろう。

「似合ってる」

 折りたたみの小さな鏡を覗き込むと、耳で揺れる赤い珊瑚を、颯天の指先が弾いた。

 刹那ゾクッと体の芯が痺れ、敏感になった耳たぶに彼の唇が触れた。

「杏香……」

 驚いて椅子から崩れ落ちそうになった杏香の体を颯天が支えたところで、ルルルと、内線電話が音を立てた。

 耳もとで「今晩、待っていて」と囁いた颯天は、銀色の鍵を杏香の胸元に落とす。

「ひゃっ」
 冷たい鍵が胸に触れ、体がビクッと反応する。

 真っ赤になって胸を覆い、固まる杏香をクスッと笑って見下ろした彼は、ゆっくりと支えていた手を離してデスクの内線電話のもとへ行く。呼吸を忘れていたように大きく息を吐いた杏香は、慌ててブラジャーの中に落ちた鍵を取り出した。

(こ、腰が抜けた……)

 な、な、なんなのよっ!  か、か、か、鍵? なんの鍵? ああ、マンションの鍵ねと、あたふた慌てる杏香を尻目に、電話口で「あぁ、わかった」と答えた颯天は振り返った。

「客だ。応接室にコーヒーを二つ頼む」

「は、はい。わかりました」

 慌てて背筋を伸ばし返事をしたときはすでに、彼は書類に目を落としている。

 今の今までムンムンさせていた色気はどこへやら。そこがいいんだけどと、ふと思い。にんまりと頬を緩める自分に焦る。

 いくらなんでも流され過ぎだ。

 席を立ち、専務室から出た杏香はドアを背に、天を仰いで細い息を吐く。

「はぁ……」

 彼が好き。
 大好きだし、愛しているし、助けてもらったことは一生恩に着る。

 この気持ちを誤魔化すのはもうやめた。

 愛人として一生を捧げるつもりはないが、それ以外の別の形だってきっとあるはず。

 だから、できる限りはなんでもする。

(でも専務――お願いだから……。これ以上、惑わせないで)
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