高司専務の憂鬱 (完)

白亜凛

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◆将を射んと欲せば

三年前の秘密 1

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「え? 出張ですか?」

「沖縄の現場でいろいろあってね、状況によっては今日戻れる予定だったんだが、もう少しかかりそうだと連絡があった」

 都築課長からそう告げられ、杏香は複雑な思いに肩を落とした。よかったような残念なような、微妙な気持ちである。

 早く礼は言いたいが、どうして香る月に来たのかという疑問が頭から離れない。

 坂元の説明で完全に納得できたわけじゃない。あらためて考えればやはり不自然だ。香る月に泊まったのも、経営不振を知ったのも、すべて偶然だなんてありえないと思うのに、坂元には聞けなかった。

 それ以上は、直接彼に聞くしかないが、問い詰めれば、自分の正直な気持ちをうっかり口に出してしまいそうで怖い。

「はぁ」
 声を出したため息が、ひとりきりの部屋で響く。

 微かに空気を揺らしながら、あてもなく消えていくため息はこれでいくつ目か、彼のいない執務室は静けさが身に沁みて、杏香の心を不安にさせる。

 颯天がいるときは賑やかだ。
 書類をめくる音、キーボードを叩く音。電話は慌ただしく鳴り続けるし、都築課長やさまざまな社員が入れ替わり来て、唐突にミィーティングが始まり、その間に客も来る。

 出張で彼がいないとわかっている専務室には、届け物以外に人は来ない。

 壊れたみたいに音を立てない電話も、ノックされない扉も、主のいないデスクも、すべてが寂しそうに見えた。

「さあ、仕事しなきゃ」
 元気が出るよう声に出して言ってみた。

 今の自分には、仕事で恩返しする以外にない。

 いないときだからこそできる仕事はある。騒音を立てるシュレッダーもそうだ。ただひたすら、彼のためにと考えながら、杏香はもくもくと雑多な仕事に集中した。

 彼は杏香がなによりも大切に思っている家族を、香る月を助けてくれた。愛とか恋とか関係なしに、感謝を忘れちゃいけない。

 そんな決意にも似た気持ちを、大切にしようと思いながら。

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