高司専務の憂鬱 (完)

白亜凛

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◆将を射んと欲せば

天使か悪魔か 10

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 喫茶店の前で杏香を見送った坂元は、タイミングよく通りかかったタクシーに乗りこんだ。

 颯天が杏香とつき合い始めた頃から、坂元は彼女の身辺について調べている。

 颯天と親しい女性は、高司家に係わりのある者として監視の対象になり、それを遂行するのは高司家の執事である坂元の仕事でもあった。
 ゆえに、彼女の生い立ちからはじまり、家族から交友関係に至るなにもかも。果てはどのような経緯で彼女と颯天がつき合い始めたのかまで、坂元は詳細に知っている。

 杏香は、子どもの頃から明るく元気で、休みのほとんどを旅館の手伝いに費やしていたと知り、なるほどと思った。あざとさとは無縁の、心に気持ちいい細やかな気遣いができる女性だと感心していたからだ。

 感じのよさは接客業で自然に学んだだけでなく彼女の家族と実際に話をしてみてあらためて思った。両親から受け継いだ資質なのかもしれない。

 今回、杏香の実家の旅館が経営不振に陥った原因は、メインバンクによる突然の貸し渋りによるものだ。いままで良好な関係なのはずだった銀行がなぜ態度を変えたのか。そこから先の話は、杏香や彼女の家族には聞かせたくない話だった。

 ここでも係わっていたのは、青井光葉だったのである。

 青井光葉はふたりの関係にいち早く気づいていたようだ。父にどう泣きついたのかはわからないが、杏香の実家が旅館『香る月』であることを突き止め、更に『香る月』のメインバンクが、光葉の父が副頭取を務める銀行だと知った。

 今回、高司家の名前を出しただけで大方の問題は解決できたが、それはそれ。そもそも颯天と関わりがなければ彼女の実家がそんな問題を抱える必要はなかったのである。すみませんと、彼女が頭を下げる理由など、どこにもないのだ。

 青井光葉が絡んでいたという本当の理由を知れば、颯天が救済の手をさしのべる理由に納得できたかもしれないが、純粋な心に、わざわざ青井光葉の悪意を実感させ必要はないとの颯天の判断だ。

 なにもかもわかった上で、彼がそこまで気を配る理由はひとつに絞られる。助けたのは彼の愛情以外にない。

『私は、ただ』
 そう言って沈黙した彼女は、それを確かめたかったのだろう。

 だが、答えは坂元が言うべきではない。本人から直接聞かないと。

 やれやれとため息をついて歩道に目をやると、通りを歩いている杏香が見えた。
 タクシーが彼女を追い越していく。

 少し俯きがちに歩いている彼女を視線で追いながら、坂元はスマートフォンを手に取った。

『はい』と、電話に出た相手は颯天だ。

「色々と気にしていらっしゃいましたよ」
『それで?』

「昨夜お話した通りに答えました。青井の件は話していません」
『あいつは納得したのか』

「どうでしょうか。それについてはなんとも。月曜、直接礼を言うとおっしゃっていました」
『ふぅん……。まぁ俺は多分出張でいないが』

「え?」
『現場でゴタゴタがあってな、さっき決まったんだ。これから沖縄に向かう』

「そうでしたか」

 電話を切り外を向いたときにはもう、通りを振り返っても杏香の姿は見えなかった。

 沖縄から月曜に戻れるかどうかは、行ってみないとわからないらしい。

 このタイミングですれ違うとは。

 運命であるなら、どんな意味があるのか?

 いずれにしても、一筋縄ではいかなさそうだと坂元はため息をついた。

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