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◆将を射んと欲せば
天使か悪魔か 6
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そして高司家では――。
帰ってきた颯天を、坂元が出迎えていた。
「例の件、すべて手配は完了しました」
「そうか。なんとかなりそうか?」
「ええ、歴史のある建物ですし、コンサルタントの話では高級路線に切り替えた方がいいだろうと。年明けの二月に一気に改装を進める方向になりそうです」
颯天は満足げにうなずく。
今から数週間前。樋口杏香の実家の老舗旅館『香る月』がどうやら経営不振に陥っているらしいと、坂元が颯天に報告した。
「よろしく頼む」
そう答えた颯天からコートを受け取り、彼の部屋へと同行しながら、坂元は聞いてみるかどうか、迷っていた。
なぜ、彼女にここまでするのか。
青井光葉の件にしてもそうだ。プライベートはどうあれ、いままで通り役員と総務部の社員という接点のない立場でいれば、青井光葉に樋口杏香が目をつけられ危険な目に合わずに済んだ。
強引に秘書にしたばっかりに、彼女は酷い目に遭う。
なぜ、わざわざこの状況を作っているのか?
考えられる理由は、いっそ身近に置いた方が守りやすいというくらいだが。
どこまで本気なのだろう。
「あとひとりだよな?」
ふいに颯天が言った。
「と、言いますと?」
「面倒な縁談だよ。ろくでもない娘を俺におしつけようとしているのは、あとひとりだろ」
「ええ、厄介な縁談となると、そうですね」
他にも山とあるが、それらは高司家が乗り気にならない限り話は進まない。
仕事を餌に強引に縁談を進めてこようとするのは残すところ、あとひとつ。
「ここへきて一気に整理なさるのは、どういった風の吹き回しですか?」
「ん? 年越しなんて嫌だろう。気持ちよく新年を迎えるためさ」
颯天はそう言って、にっと笑う。
果たして理由はそれだけなのかと疑問に思ったが、結局坂元はなにも聞かずに颯天の部屋を出た。
彼が縁談を嫌がる理由はもっともだと思う。
傍で見ていても気分が悪いのだから、当事者である彼がうんざりするのは至極当然だ。
父親の権力を笠に着て、強引に颯天の妻の座を狙おうとする女性たちの性質の悪さには、ほとほと呆れるばかりだ。
先の西ノ宮家の令嬢といい青井光葉といい、彼女たちの存在は高司家にとって百害あって一利なしである。
そんな縁談しかないというわけではない。もちろん家柄も評判も申し分なく、美しく穏やかで頭も良いという三拍子そろった女性たちも沢山いるが、そういう女性に対しても、肝心の颯天自身が興味を示さない。
『なぁ坂元、俺の子種は定期的に冷凍保存されているって知っているか? そんなふうに生死まで管理されるんだぞ、俺にも少しは自由をくれよ』
自嘲気味にそう笑った彼が、口で言うほど型にはめられた人生を送っているとは思えないが、それでも実際に重い足枷を不自由に感じるときもあるのだろう。
つらつら考えながら廊下を歩き始めたところで、颯天の部屋の扉がカチャっと音を立てた。振り返ると颯天が顔を出した。
「言い忘れたが、多分杏香から連絡があると思う。状況を伝えてあげてくれ、心配ないってな」
「はい。わかりました」
スマートフォンが振動しメッセージの着信を告げた。まるで噂を聞きつけたかのように、樋口杏香からである。
『夜分遅くにすみません。私の実家のことで、お伺いしたく。お暇なときで大丈夫ですので、お時間をとっていただけませんか』
坂元はフッと口角をあげて微笑んだ。
帰ってきた颯天を、坂元が出迎えていた。
「例の件、すべて手配は完了しました」
「そうか。なんとかなりそうか?」
「ええ、歴史のある建物ですし、コンサルタントの話では高級路線に切り替えた方がいいだろうと。年明けの二月に一気に改装を進める方向になりそうです」
颯天は満足げにうなずく。
今から数週間前。樋口杏香の実家の老舗旅館『香る月』がどうやら経営不振に陥っているらしいと、坂元が颯天に報告した。
「よろしく頼む」
そう答えた颯天からコートを受け取り、彼の部屋へと同行しながら、坂元は聞いてみるかどうか、迷っていた。
なぜ、彼女にここまでするのか。
青井光葉の件にしてもそうだ。プライベートはどうあれ、いままで通り役員と総務部の社員という接点のない立場でいれば、青井光葉に樋口杏香が目をつけられ危険な目に合わずに済んだ。
強引に秘書にしたばっかりに、彼女は酷い目に遭う。
なぜ、わざわざこの状況を作っているのか?
考えられる理由は、いっそ身近に置いた方が守りやすいというくらいだが。
どこまで本気なのだろう。
「あとひとりだよな?」
ふいに颯天が言った。
「と、言いますと?」
「面倒な縁談だよ。ろくでもない娘を俺におしつけようとしているのは、あとひとりだろ」
「ええ、厄介な縁談となると、そうですね」
他にも山とあるが、それらは高司家が乗り気にならない限り話は進まない。
仕事を餌に強引に縁談を進めてこようとするのは残すところ、あとひとつ。
「ここへきて一気に整理なさるのは、どういった風の吹き回しですか?」
「ん? 年越しなんて嫌だろう。気持ちよく新年を迎えるためさ」
颯天はそう言って、にっと笑う。
果たして理由はそれだけなのかと疑問に思ったが、結局坂元はなにも聞かずに颯天の部屋を出た。
彼が縁談を嫌がる理由はもっともだと思う。
傍で見ていても気分が悪いのだから、当事者である彼がうんざりするのは至極当然だ。
父親の権力を笠に着て、強引に颯天の妻の座を狙おうとする女性たちの性質の悪さには、ほとほと呆れるばかりだ。
先の西ノ宮家の令嬢といい青井光葉といい、彼女たちの存在は高司家にとって百害あって一利なしである。
そんな縁談しかないというわけではない。もちろん家柄も評判も申し分なく、美しく穏やかで頭も良いという三拍子そろった女性たちも沢山いるが、そういう女性に対しても、肝心の颯天自身が興味を示さない。
『なぁ坂元、俺の子種は定期的に冷凍保存されているって知っているか? そんなふうに生死まで管理されるんだぞ、俺にも少しは自由をくれよ』
自嘲気味にそう笑った彼が、口で言うほど型にはめられた人生を送っているとは思えないが、それでも実際に重い足枷を不自由に感じるときもあるのだろう。
つらつら考えながら廊下を歩き始めたところで、颯天の部屋の扉がカチャっと音を立てた。振り返ると颯天が顔を出した。
「言い忘れたが、多分杏香から連絡があると思う。状況を伝えてあげてくれ、心配ないってな」
「はい。わかりました」
スマートフォンが振動しメッセージの着信を告げた。まるで噂を聞きつけたかのように、樋口杏香からである。
『夜分遅くにすみません。私の実家のことで、お伺いしたく。お暇なときで大丈夫ですので、お時間をとっていただけませんか』
坂元はフッと口角をあげて微笑んだ。
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