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◆将を射んと欲せば
秘書のお仕事 15
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かれこれ二十分は歩いただろうか。
ナビどおりのはずが路地から路地へとわけのわからない道を進み、気がつけばスマートフォンの充電が残り十五パーセント。
何しろ急な出張だったので充電器は持ってきていない。命綱のスマートフォンを生かしておくためにこれ以上は使えない。コンビニでもあれば充電器を買うのにと思うが、見える範囲にコンビニもなかった。
やむなくナビを止める。そもそもナビゲーションというのは、地図が読める人用のものなのだ。きっととため息をつく。
(だいたいナビが言うところの『その先』ってどの先なわけ? 十メートルってどれくらいなのよっ! 自慢じゃないけど私はちょっとやそっとの方向音痴とはわけが違うんだから。あと何歩ってちゃんと教えてくれないと。もう)
スマートフォンに散々八つ当たりをしていると、お腹が情けない音を立てた。
本来なら今ごろ駅ビルのどこかで名古屋メシにありついているはずなのに、と思うと、情けないやら悲しいやらで、空腹感が増してくる。
「お腹空いたなぁ……」
とにかくどこでもいい、店に入ってそれから考えよう。迷ったとはいえ駅周辺にいるはずだと、方角も気にせずキョロキョロと飲食店だけを探して彷徨い歩いた。
なんだかんだで既に三時半。ランチタイムはとっくに過ぎている。店を見つけても準備中の札が下がっていた。
それでもようやく見つけた店は、昔ながらの喫茶店という感じの店だ。
「いらっしゃいませ」
五十代と思われるにこやかな店員さんの笑顔が、天使か女神に見える。
メニューにはひつまぶしも味噌煮込みうどんもなかったが、さすが名古屋メシ。他にも色々あるようだ。写真の中から味が想像できる美味しそうなものを選んで注文した。
ほっとしたところで、あらためてメニューに記された店名と略図を見ると、駅まで徒歩五分と書かれていた。
「はぁ」
自分に呆れてため息がでる。
コンベンションホールで颯天たちに同行し一緒に帰る選択もあった。
『せっかくですから、自由時間を楽しんでください』
伊東がそう言ってくれたのは好意だし、それを断ってまであの場に残る意味はないと思った。あの時は――。
でもやはり、残るべきだった。
会議に参加し、話がわからなくても、少しでもわかろうという気持ちがあれば得るものはあったはず。
人を覚えるだけでもそこにいた意味がある。一度でも挨拶を交わしていれば、次に会った時の印象は随分違ってくるのだから。
要はやる気の問題だ。彼に変に遠慮しているあたり、自分こそ公私混同ではないか。挙げ句の果てに、いまだ駅に辿り着けないとは。情けないったらありゃしないと自分に呆れる。
おまけに履きなれていないパンプスのせいで、かかとが痛かった。
そっと靴を脱いでみると、靴擦れで赤くなっている。まさに弱り目に祟り目だ。
(大丈夫よ。ここは日本なんだもの、人に聞きながら進めば駅に行けるわ)
自分を慰めていると、いい匂いがしてくる。
「お待たせいたしました」
目の前に置かれた料理に思わず「美味しそう」と声が出た。
鉄板の卵焼きの上にナポリタンが乗っている。初めて見るタイプのナポリタンは、まさに砂漠で得た水だ。
早速食べてみると、泣きたくなるほど美味しくて、体も心も温まってくる。少し元気が出てきてところで、食欲に身を任せ無心で頬張った。
こういうときは、どうせなにをやっても上手くいかないものだと開き直る。
勢いついて、小倉あんがたっぷりと乗ったパンケーキを追加注文し、ほっとひと息をつく。
時計を見れば夕方の四時十分。さて、これからどうしよう。
ここからタクシーを頼んだところで、駅から近すぎると断られるだろう。ひとまず、お店の人に駅までの道を聞いてがんばるしかないか……。
さて、今夜のうちに家まで辿り着けるのでしょうか、私。と、再び心細くなったところで、スマートフォンが鳴った。
着信は颯天だった。
ナビどおりのはずが路地から路地へとわけのわからない道を進み、気がつけばスマートフォンの充電が残り十五パーセント。
何しろ急な出張だったので充電器は持ってきていない。命綱のスマートフォンを生かしておくためにこれ以上は使えない。コンビニでもあれば充電器を買うのにと思うが、見える範囲にコンビニもなかった。
やむなくナビを止める。そもそもナビゲーションというのは、地図が読める人用のものなのだ。きっととため息をつく。
(だいたいナビが言うところの『その先』ってどの先なわけ? 十メートルってどれくらいなのよっ! 自慢じゃないけど私はちょっとやそっとの方向音痴とはわけが違うんだから。あと何歩ってちゃんと教えてくれないと。もう)
スマートフォンに散々八つ当たりをしていると、お腹が情けない音を立てた。
本来なら今ごろ駅ビルのどこかで名古屋メシにありついているはずなのに、と思うと、情けないやら悲しいやらで、空腹感が増してくる。
「お腹空いたなぁ……」
とにかくどこでもいい、店に入ってそれから考えよう。迷ったとはいえ駅周辺にいるはずだと、方角も気にせずキョロキョロと飲食店だけを探して彷徨い歩いた。
なんだかんだで既に三時半。ランチタイムはとっくに過ぎている。店を見つけても準備中の札が下がっていた。
それでもようやく見つけた店は、昔ながらの喫茶店という感じの店だ。
「いらっしゃいませ」
五十代と思われるにこやかな店員さんの笑顔が、天使か女神に見える。
メニューにはひつまぶしも味噌煮込みうどんもなかったが、さすが名古屋メシ。他にも色々あるようだ。写真の中から味が想像できる美味しそうなものを選んで注文した。
ほっとしたところで、あらためてメニューに記された店名と略図を見ると、駅まで徒歩五分と書かれていた。
「はぁ」
自分に呆れてため息がでる。
コンベンションホールで颯天たちに同行し一緒に帰る選択もあった。
『せっかくですから、自由時間を楽しんでください』
伊東がそう言ってくれたのは好意だし、それを断ってまであの場に残る意味はないと思った。あの時は――。
でもやはり、残るべきだった。
会議に参加し、話がわからなくても、少しでもわかろうという気持ちがあれば得るものはあったはず。
人を覚えるだけでもそこにいた意味がある。一度でも挨拶を交わしていれば、次に会った時の印象は随分違ってくるのだから。
要はやる気の問題だ。彼に変に遠慮しているあたり、自分こそ公私混同ではないか。挙げ句の果てに、いまだ駅に辿り着けないとは。情けないったらありゃしないと自分に呆れる。
おまけに履きなれていないパンプスのせいで、かかとが痛かった。
そっと靴を脱いでみると、靴擦れで赤くなっている。まさに弱り目に祟り目だ。
(大丈夫よ。ここは日本なんだもの、人に聞きながら進めば駅に行けるわ)
自分を慰めていると、いい匂いがしてくる。
「お待たせいたしました」
目の前に置かれた料理に思わず「美味しそう」と声が出た。
鉄板の卵焼きの上にナポリタンが乗っている。初めて見るタイプのナポリタンは、まさに砂漠で得た水だ。
早速食べてみると、泣きたくなるほど美味しくて、体も心も温まってくる。少し元気が出てきてところで、食欲に身を任せ無心で頬張った。
こういうときは、どうせなにをやっても上手くいかないものだと開き直る。
勢いついて、小倉あんがたっぷりと乗ったパンケーキを追加注文し、ほっとひと息をつく。
時計を見れば夕方の四時十分。さて、これからどうしよう。
ここからタクシーを頼んだところで、駅から近すぎると断られるだろう。ひとまず、お店の人に駅までの道を聞いてがんばるしかないか……。
さて、今夜のうちに家まで辿り着けるのでしょうか、私。と、再び心細くなったところで、スマートフォンが鳴った。
着信は颯天だった。
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