高司専務の憂鬱 (完)

白亜凛

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◆将を射んと欲せば

秘書のお仕事 13

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 ホッとしたところで、車内販売のコーヒーを買う。
 コンビニでお昼に食べるつもりで買ったサンドイッチを朝ごはんにした。起きるのがやっとで食欲がなくなにも口にしていなかった。

 睡眠不足もあるし、うっかり寝過ごしてしまっては目も当てられない。ブラックコーヒーを手に外の景色を眺める。

 颯天の出張先に向かうと思うだけで食欲が湧き、元気が出る自分に困ったものだと思うが、気持ちは思い通りにはいかない。

 今までも散々思い知らされているが、それでも頑張って気を取り直し、別のことを考える。

 新幹線に乗るのはいつ以来だろう?
 社会人になって旅行らしい旅行はしていないし、総務の仕事では出張もない。となると、子供の頃の修学旅行以来か。

 杏香の実家は旅館だということもあって、観光シーズンは客を迎える立場であり、家族旅行はなかなかいけなかった。大学生時代の夏休みや冬休みも実家に帰って手伝いをしていたので、旅行には縁遠い。

 なので新幹線に乗るだけでも胸弾む体験だ。出発を待つ間に駅で買ったチョコレートやお菓子を取り出せば気分はもう名古屋旅である。

 車窓に目を向けると、建物の間の狭さがやたらと目について、どうやって建てたのだろうと感心したりする。杏香の実家は田舎の温泉地にあるので、観光ホテル以外のビルはなかった。ゆったりとした敷地に家が建っている環境で育っているので、都内に来たときはいろいろと戸惑った。

 大学四年耐えられるかと心配だったけれど、今やすっかり馴染んで蜂の巣のような都会でひしめきあっている。卒業と同時に田舎に帰るつもりが就職し、まったく縁がないはずの、誰よりも都会的な男性を好きになってしまった。

 あと五年経ったら自分はどうなっているのか。相変わらず彼との関係に悩みながら別れられずにいるようで怖くなる。

 不安と背中合わせのくせに、今が幸せ過ぎるから……。

 そのままぼんやりと景色を眺めていると、街並みがゆるやかに変わっていく。

 視界を遮っていたビルが少しずつ数を減らしていき、雲に霞んだ彼方の山が見え、奥へと広がる畑が見えてくる。開けた景色を見ていると開放感が胸の内にも広がっていく。

 彼も景色を眺める余裕はあっただろうかと思い、胸の奥が疼いた。

『肩もみしてあげますよ、さあさあ背中向けて』
 彼の部屋で過ごす間、頼まれてもいないのに毎晩必ずマッサージをしてあげた。

 忙しくても、習慣として軽いストレッチやちょっとした筋トレをしているせいなのか、肩が凝り固まったりはしないらしい。それでも杏香が肩やら背中を揉んであげると、とても気持ちよさそうなため息をつく。

『ああー、気持ちいいな』
『今日は会議続きでしたもんね』

 会議に次ぐ会議。専務として彼が会う相手はもちろん友達じゃない。狸の化かし合いのような取引先との会合や、彼の出す結論を待っている社内会議。本当に大丈夫なのかと心配になってしまう。

 彼の中の何かがプッツリと切れてしまったらどうしようと、ときどき不安になる。そんなことを言ったら、〝お前が俺を可愛そうって?冗談だろ?〟なんて笑い飛ばされてしまうだろうけど。関係が変わったからといって心配なものは心配だ。

 彼にはいつも元気でいてほしいし、幸せでいてほしい。
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