高司専務の憂鬱 (完)

白亜凛

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◆将を射んと欲せば

秘書のお仕事 8

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 瞬く間に一週間が過ぎた。
 実際仕事が始まると、あれこれ悩む余裕がないのは秘書課に異動してきたときと同じで、時間は慌ただしく流れていく。

 電子化が進んでいるとはいってもまだまだ紙の書類は多い。書類のコピーや専務宛ての郵便物を開封してすぐに見れるようにしたり、回ってくる書類の順番を管理したりと、忙しい彼が少しでも面倒な思いをしないように手を加える雑務は探せば探すほど沢山あった。

 どれも名をつけられないような雑用だが、すべて意味のある必要な仕事だ。
 颯天の担当秘書である都築課長はとても優秀な人だけれど、雑用をこなす時間的余裕はない。この部屋で雑務をこなす誰かが、本当に必要だったのだと、杏香はしみじみ思う。

 実際に配属にならなければ、わからなかった。
 同室となれば、誰でもいいというわけにはいかないというのもわかる。青井光葉のような彼個人に興味津々の人には、郵便物の開封や、プライベートに係わるような用事まで任せられないだろう。彼なりの理由があるのだ。

 杏香は彼のマンションの鍵も渡されている。そういう意味でいえば、本当に自分を信用してくれているのかもしれない。

 そしてその信用は、別れた今でも失ったわけではないのだろう。

 秘書としては喜ばしい。でも……、と別の思いが過ぎったが、ひとまず考えないようにと雑念を振り切った。

「ちょっと海外事業部に行ってくる。もし先に客が来たら応接室で待ってもらって」
「はい。わかりました」

 専務室を出る颯天を見送り、軽くため息をつく。

 彼はあくまでも上司として接してきて、プライベートの彼を覗かせたりはしない。

 もしかしたら一緒に帰ろうとか、部屋で待っていろとか言われたらどうしようなんてドキドキしたけれど、この一週間一度もそんな雰囲気にはならない。
 彼は鬼のように忙しく、出先から戻ってこなかったり、誰かが来て延々と話し込んだりするから、そんな話にもならないのだ。

 杏香の残業には敏感で、たった三十分でも残業すると帰るように言われてしまうのは不満だが、上司としてはとてもいい上司である。

 あまりにもプライベートの顔を見せないから、自分達が体を重ねる関係だったのは妄想じゃないかと思えるくらいである。

(別にいいもんね)

 気持ちは複雑だが、年明けには退職届を出すという決意は変わらないので、よかったと自分に言い聞かせている。

 という感じで概ね順調だが、ひとつだけ問題があった。

 青井光葉が、なにかにつけて絡んでくるのだ。

 給湯室などでうっかり二人きりになると、彼女はあからさまな敵意を向けてくる。

『あなた、どんな色目を使ったわけ?』
 そう言われたときには、呆れてものが言えなかった。

『私にそんな魅力はありませんよ』と答えたが本当は、いくらバックボーンがあってもあなたがそんなだから、彼の近くに行けないんじゃないですか?と言ってやりたかった。
 言ったところで、彼女は怒りで跳ね返すだけだろうが。

 彼女が横暴な態度を見せるのは、必ずといっていいほど杏香がひとりのときだけ。給湯室、女子トイレに限らず、颯天が出かけている時間を狙って専務室に来ては、ソファーに腰を下ろし嫌味を言っていく。

 嫌味くらいでは杏香はへこたれない。右から左へやり過ごしていたが、ある日、事件が起きた。

「ここにあった業務計画書、知らないか?」
「え? ケースにないんですか?」

 あるはずの書類がなくなったのだ。
 颯天とふたりで書類ケースの中を探したが見つからない。

「今朝は確かにあった。目は通したから間違いない。今朝から今までにここに誰か来たか?」
「いえ、特には。いつものように秘書課の社員が書類を届けに来ただけです」

「誰だ?」
「えっと、青井さんですが」

 杏香が答えた後、颯天が眉をひそめた。

「青井が入って来たんだな?」

「ええ……」

 でも、まさか――。
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