高司専務の憂鬱 (完)

白亜凛

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◆将を射んと欲せば

秘書のお仕事 3

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「自分だって美味いって思うだろう? このコーヒー」

「ええ、まぁ」

「だったらいいじゃないか、特別にお前も飲んでいいからな。その代わりちゃんと使い方覚えておくんだぞ」

 颯天はいつになく楽しそうに見えた。

 専務室ではこんなふうに冗談めいて笑わないし白い歯を見せたりしないのに、この部屋にいるときは口数も多く、リラックスしているようだ。
 いつも神経を尖らせていたのでは気が休まらない。ホッとできる場所があってよかったですねと杏香は密かに語りかけた。

 明るい笑顔につられ、杏香もついクスッと笑ってしまう。

(――ま、いいか)

 毎日が忙しく、家に帰っても疲れて寝るだけの日々のせいか、気持ちは落ち着いている。距離でいえば近くはなったが、颯天がなにもしてこないので杏香を安心させていた。

 辞める決意が揺らいでいるわけじゃない。むしろいつでも辞めると腹が決まっているからこそ、こんなふうに笑い合えるのだ。

 もうすぐクリスマス。否が応でも彼との距離を再認識できるあの恋人たちのイベントがある限り、乗り越えることができる。

 年が明ける前に折を見て退職届を出そう。なにもない平和なときに穏やかな気持ちで彼に改めてお別れをつげればきっとうまくいく。
 確信めいた思いが、杏香を強くしていた。

 だが――。
 もしかしてそれは甘い考えだったのか。

 走り抜けるように忙しい一週間が過ぎ、迎えた土曜日の午前中、のんびりと寛いでいるとインターホンが鳴った。

 覗き穴を見れば、宅配業者が大きな段ボールを持っていた。

「お名前を確認して頂いて、サインお願いします」

 買い物をした覚えはない。怪訝そうに差出人を見れば、颯天の名前がある。

(ええっー?)

「あ、あの。受け取り拒否ってできますか?」

「はい」

 頭を抱えるようにして拒否するかどうか悩んだが、やむなくあきらめた。
 嫌な予感しかないので受け取りたくはないが、でも、拒否した後のほうが怖い。

 不安そうな宅配業者のお兄さんに、やっぱり受け取りますと告げて、玄関の中に入れてもらった。体力がありそうな若い男性がカートで運んできた荷物だ。いくら力自慢の杏香でもとても持てそうではない。

「じゃ、失礼しまーす」
「ご苦労様です」

 業者を見送りドアを閉め、段ボールを振り返る。

「一体なんなのよ」

 ずるずるとリビングまで引き摺り、段ボールを開けると、中にはわんさと服が入っていた。

「えっ?」
 これはどういうことか?

 電話か、メッセージか悩み、もしかしたら仕事中かもしれないと考えてメッセージを送ることにした、が。
「――あっ」

 颯天の連絡先もSNSも削除していたと思い出す。これで何度目か。もういっそ本人に聞いて登録しなおそうかと思うが、それだけは意地でもしたくない。

 仕方なく服を取り出して、いくつか並べてみた。

 スーツ、ブラウス。コート。靴にバッグ。どれもこれもハイブランドの素敵な物ばかり。彼は何のためにこれを送ってきたのか?

 うーんと頭を悩ませていると再びピンポーンとインターホンが鳴った。
 画面に映った顔にギョッとして目を丸くする。

「えっ?」

 訪問者は颯天だった。
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