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◆将を射んと欲せば
秘書のお仕事 2
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席を立ちコーヒーメーカーのもとへ歩いていく坂元と入れ替わるように、颯天はまっすぐソファーに向かって歩いてきてドカッと腰を下ろす。
「美味いだろ?」
杏香の正面に座った颯天は身を乗り出すようにニッと口角をあげる。
「――ご馳走に、なってしまいました。とっても美味しいです」
突然の彼の登場にお尻がもぞもぞと落ち着かないが、コーヒーはまだひと口しか飲んでいない。席を立つわけにもいかず、カップを手にまたひと口飲んだ。困ったことに、一気に飲むには悲しいほど熱すぎる。
「秘書課に来て今日で一週間経ったな。で、どうだ? 少しは慣れたか?」
彼は坂元と同じことを聞いてくる。
「ええ、仕事のほうはまだまだですけど、なんとなく秘書課の雰囲気は掴めたと思います」
「そうか、まあどうせ来週からは俺の専属になるから、大体わかれば十分だ」
(――へ?)
一瞬耳を疑った杏香は、カップを持つ手もそのままにコーヒーをむせてしまいそうになり、慌てて飲み込みコホコホと咳をする。
「大丈夫か?」
「ちょ、ちょっと待ってください。せ、専務の専属?」
喉よりも彼の発言の方が問題だ。
「ああそうだよ。なんだ、聞いてないのか?」
「き、聞いてませんっ!」
ブルブルとかぶりを振る。もちろん、誰からも聞いていない。聞いていたらこんなふうにのんびりとコーヒーなんて飲んでいられない。
「ふぅん。まあいいじゃないか、今言ったし」
颯天はサンキューと言いながら坂元が置いたカップを手に取り、満足そうにコーヒーの香りを楽しんでいる。
その呑気な様子に、杏香は唖然とした。
「すみませんね、杏香さん。今の仕事が片付いたところで、私はしばらく出勤しないのですよ。もともと非常勤ですし、高司家の方の仕事で忙しいものですから」
坂元が申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「なんだ、嫌なのか」
目を細めて颯天がジッと見る。まさか不満があるわけじゃないよなと、言わんばかりの目力だ。
嫌です! そんなの嫌に決まってるじゃないですかっ! とは思っても、いち秘書として口にはできない。
「――でも、今までと変わらないですよね? 都築課長の指示で専務のお仕事をするんですよね?」
恐る恐る聞いてみた。
「うん、まぁ、そうだな。変わらない変わらない」
なるほど、それならば特に困りはしないはずと納得する。専務の仕事だけになるだけで、根本的になかが変わるわけじゃない。
坂元としばらく会えないのはとても寂しいが、それは仕方がない。上司を選べる立場ではないのだから。
ひとまずホッとしたところで、そのまま三人でコーヒー談議に花を咲かせた。
「そんなに美味しくないですか? 会社のコーヒー」
杏香も客に淹れるついでに飲んだりするが、十分に美味しいコーヒーだったと思う。
なのに颯天は「ああ、不味い」とにべもない。
役員用に買い置きしてあるコーヒーが安物とも思えないし、好みの問題だろう。それを不味いと切り捨てるのはいかがなものか。
杏香は口を尖らせた。
「まったくもぉ、我儘ですね」
颯天に対して、杏香の態度は少し変わった。
最近は遠慮なく思った遠い言うようにしている。どうせ辞めようと思っていたのだ。クビになったところで怖くはない。そんな気持ちがあるからだが、杏香の不遜ともいえる態度を彼も気にする様子は見せなかった。
「美味いだろ?」
杏香の正面に座った颯天は身を乗り出すようにニッと口角をあげる。
「――ご馳走に、なってしまいました。とっても美味しいです」
突然の彼の登場にお尻がもぞもぞと落ち着かないが、コーヒーはまだひと口しか飲んでいない。席を立つわけにもいかず、カップを手にまたひと口飲んだ。困ったことに、一気に飲むには悲しいほど熱すぎる。
「秘書課に来て今日で一週間経ったな。で、どうだ? 少しは慣れたか?」
彼は坂元と同じことを聞いてくる。
「ええ、仕事のほうはまだまだですけど、なんとなく秘書課の雰囲気は掴めたと思います」
「そうか、まあどうせ来週からは俺の専属になるから、大体わかれば十分だ」
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「大丈夫か?」
「ちょ、ちょっと待ってください。せ、専務の専属?」
喉よりも彼の発言の方が問題だ。
「ああそうだよ。なんだ、聞いてないのか?」
「き、聞いてませんっ!」
ブルブルとかぶりを振る。もちろん、誰からも聞いていない。聞いていたらこんなふうにのんびりとコーヒーなんて飲んでいられない。
「ふぅん。まあいいじゃないか、今言ったし」
颯天はサンキューと言いながら坂元が置いたカップを手に取り、満足そうにコーヒーの香りを楽しんでいる。
その呑気な様子に、杏香は唖然とした。
「すみませんね、杏香さん。今の仕事が片付いたところで、私はしばらく出勤しないのですよ。もともと非常勤ですし、高司家の方の仕事で忙しいものですから」
坂元が申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「なんだ、嫌なのか」
目を細めて颯天がジッと見る。まさか不満があるわけじゃないよなと、言わんばかりの目力だ。
嫌です! そんなの嫌に決まってるじゃないですかっ! とは思っても、いち秘書として口にはできない。
「――でも、今までと変わらないですよね? 都築課長の指示で専務のお仕事をするんですよね?」
恐る恐る聞いてみた。
「うん、まぁ、そうだな。変わらない変わらない」
なるほど、それならば特に困りはしないはずと納得する。専務の仕事だけになるだけで、根本的になかが変わるわけじゃない。
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ひとまずホッとしたところで、そのまま三人でコーヒー談議に花を咲かせた。
「そんなに美味しくないですか? 会社のコーヒー」
杏香も客に淹れるついでに飲んだりするが、十分に美味しいコーヒーだったと思う。
なのに颯天は「ああ、不味い」とにべもない。
役員用に買い置きしてあるコーヒーが安物とも思えないし、好みの問題だろう。それを不味いと切り捨てるのはいかがなものか。
杏香は口を尖らせた。
「まったくもぉ、我儘ですね」
颯天に対して、杏香の態度は少し変わった。
最近は遠慮なく思った遠い言うようにしている。どうせ辞めようと思っていたのだ。クビになったところで怖くはない。そんな気持ちがあるからだが、杏香の不遜ともいえる態度を彼も気にする様子は見せなかった。
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