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◆新しい恋をしましょう
社外恋愛の罠 7
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***
自分の席に戻った杏香はにんまりと頬を緩める。
(あー、よかった)
坂元のところに行っても、颯天と顔を合わせずに済む。
第二倉庫の事件以来、まだ一度も彼とは顔を合わせていない。さすがにもう怒ってはいないとは思うが、それでもやっぱり気まずい。できるだけ長い期間顔を合わせたくはない。
さあ仕事仕事と気合を入れ直し、手持ちの仕事の整理にかかる。
坂元の仕事を始める前に、ひと段落つけなきゃいけない。
営業部へ持っていく稟議書や備品がある。まずはそれらを持って、杏香は営業部へと向かった。
やはり志水は気になる。倉庫での事件以降、彼はなにも言ってこない。颯天は大げさに犯されると言ったが、それはありえないにしても確かにちょっと怖かった。
せめてひと言でいい、口頭で無理なら社内メールでもいいから、あの後すぐに謝りの言葉くらいあってしかるべきだと思う。
おまけに志水はあの場から、杏香を置いて逃げたのだ。
確かにあのときの専務は鬼のように怖かった。志水が逃げたくなるのもわかる。わかるけれどもあんまりではないか。
文句のひとつも言ってやりたいが、今はそれよりも倉庫の件と北海道行きは関係ないという確証がほしい。
自分が安心するためにも、志水の口から安心できる理由が聞きたかった。
そうでなければ、怖すぎる。
ところが営業部に、彼の姿は見あたらなかった。
「志水さんはお出かけですか?」
「ええ、後任の担当者と一緒に取引先を回ってます」
「そうですか」
出直そうかと思ったが、戻りは遅いという。
「急な異動なので、日中はずっと外回りになると思います。なにか伝えておきますか?」
「いえいえ、大丈夫です」
となると、このまま会えないかもしれない。
言付けするとか、社内メールで呼びかければ連絡はつくだろうが、そこまでする気にはなれす、仕方がないとあきらめながら、用事を済ませて営業部を後にした。
もし、今回の異動が颯天の怒りと関係あったとして、杏香が彼に詰め寄って志水の異動を撤回してほしいと頼んだところで、はいそうですかと素直に聞いてくれるとは思えないし、ますますややこしくなるだろう。
彼のことだ。だったらお前も一緒に札幌へ行けとか、そんな下衆な理由で人事に口を出すとでも思ったかと激怒される構図しか浮かばない。
うーんと唸りながら廊下を歩いていると、海外事業部の男性社員が声をかけてきた。
「あ、樋口さん」
「はい?」
「今度さ、うちうちで忘年会やるんだけど、樋口さんもどう?」
背筋がゾッとした。
「ご、ごめんなさい。飲み会はパスです」
「えっ即答?」
まだ何か話しかけてきそうだった男性社員を残し、スッと頭をさげて杏香はスタスタと急ぎ足で歩く。
もう誰も、私に話しかけないでっ! インドとかアフリカに飛ばされちゃったらだどうするのっ! と心で訴える。これ以上被害者を出すわけにはいかない。チラチラと目の端で見回したが大丈夫、颯天の姿はどこにもなかった。
大急ぎでエレベーターに乗ってふと思う。
このままでは二度と恋愛はできない。颯天と別れたからといって一生独身を通すつもりはないし、恋はしたい。
社内恋愛はごめんだが、社外なら?
彼はお前は俺の女などと口走ったが、執着しているはずがない。
おそらく俺の縄張りでほかの男とイチャつくなと言いたいのだろう。
ふと先週末の本屋での出来事が脳裏をよぎり、杏香はにやりと目を細める。
情報処理関係の本が並ぶコーナーで、書類作成のハウツー本を見ていたときだ。近くで同じように雑誌を見ている男性がいた。
男の人が立っている程度にしか気にしてはいなかったが、ふと見るとその人がいたところに黒くて分厚い鞄だけが残っていた。キョロキョロ見ても近くに男性はいない。見れば男性はレジのところにいてそのまま出ようとしているところだった。
確信はなかったが、多分その男性だろうと思い、急いでバッグを手に持って追いかけ、声をかけてみた。
『あの、バッグ違いますか?』
振り返った男性は、『あっ』と目を丸くした。
黒縁の眼鏡をかけていて、ほんの少し寝ぐせがあって、とっても真面目そうなその人は何度も何度も頭を下げて礼を言った。
別になにがあったわけではない。
それだけだが、いいなぁ、と思った。
恐ろしく重たかった鞄には多分、沢山の本が入っている。
研究者? それとも教師?
背は高かったけれど、ただかっこいいとかイケメンというのとは一線を画す感じの、真面目一本やりの人だと思う。夢中になってあんなに重たい鞄を忘れそうになるところが、なんとはなしにツボだった。
次に付き合う人は、やっぱりあんな感じの人がいいなと思う。
もともと杏香はそういう男性が好みだった。
倉井課長がその最たる例で、目立たず真面目で優しくて穏やかな人。多少野暮ったいくらいの人がいい。
颯天は杏香の好みとはかけ離れている。
目立つし俺様だし見た目もイケメン過ぎる。彼と一緒にいてもドキドキするばかりで少しも安らげない。
(そもそも合わないかったのよねぇ、私たち)
しみじみとそう思った。
自分の席に戻った杏香はにんまりと頬を緩める。
(あー、よかった)
坂元のところに行っても、颯天と顔を合わせずに済む。
第二倉庫の事件以来、まだ一度も彼とは顔を合わせていない。さすがにもう怒ってはいないとは思うが、それでもやっぱり気まずい。できるだけ長い期間顔を合わせたくはない。
さあ仕事仕事と気合を入れ直し、手持ちの仕事の整理にかかる。
坂元の仕事を始める前に、ひと段落つけなきゃいけない。
営業部へ持っていく稟議書や備品がある。まずはそれらを持って、杏香は営業部へと向かった。
やはり志水は気になる。倉庫での事件以降、彼はなにも言ってこない。颯天は大げさに犯されると言ったが、それはありえないにしても確かにちょっと怖かった。
せめてひと言でいい、口頭で無理なら社内メールでもいいから、あの後すぐに謝りの言葉くらいあってしかるべきだと思う。
おまけに志水はあの場から、杏香を置いて逃げたのだ。
確かにあのときの専務は鬼のように怖かった。志水が逃げたくなるのもわかる。わかるけれどもあんまりではないか。
文句のひとつも言ってやりたいが、今はそれよりも倉庫の件と北海道行きは関係ないという確証がほしい。
自分が安心するためにも、志水の口から安心できる理由が聞きたかった。
そうでなければ、怖すぎる。
ところが営業部に、彼の姿は見あたらなかった。
「志水さんはお出かけですか?」
「ええ、後任の担当者と一緒に取引先を回ってます」
「そうですか」
出直そうかと思ったが、戻りは遅いという。
「急な異動なので、日中はずっと外回りになると思います。なにか伝えておきますか?」
「いえいえ、大丈夫です」
となると、このまま会えないかもしれない。
言付けするとか、社内メールで呼びかければ連絡はつくだろうが、そこまでする気にはなれす、仕方がないとあきらめながら、用事を済ませて営業部を後にした。
もし、今回の異動が颯天の怒りと関係あったとして、杏香が彼に詰め寄って志水の異動を撤回してほしいと頼んだところで、はいそうですかと素直に聞いてくれるとは思えないし、ますますややこしくなるだろう。
彼のことだ。だったらお前も一緒に札幌へ行けとか、そんな下衆な理由で人事に口を出すとでも思ったかと激怒される構図しか浮かばない。
うーんと唸りながら廊下を歩いていると、海外事業部の男性社員が声をかけてきた。
「あ、樋口さん」
「はい?」
「今度さ、うちうちで忘年会やるんだけど、樋口さんもどう?」
背筋がゾッとした。
「ご、ごめんなさい。飲み会はパスです」
「えっ即答?」
まだ何か話しかけてきそうだった男性社員を残し、スッと頭をさげて杏香はスタスタと急ぎ足で歩く。
もう誰も、私に話しかけないでっ! インドとかアフリカに飛ばされちゃったらだどうするのっ! と心で訴える。これ以上被害者を出すわけにはいかない。チラチラと目の端で見回したが大丈夫、颯天の姿はどこにもなかった。
大急ぎでエレベーターに乗ってふと思う。
このままでは二度と恋愛はできない。颯天と別れたからといって一生独身を通すつもりはないし、恋はしたい。
社内恋愛はごめんだが、社外なら?
彼はお前は俺の女などと口走ったが、執着しているはずがない。
おそらく俺の縄張りでほかの男とイチャつくなと言いたいのだろう。
ふと先週末の本屋での出来事が脳裏をよぎり、杏香はにやりと目を細める。
情報処理関係の本が並ぶコーナーで、書類作成のハウツー本を見ていたときだ。近くで同じように雑誌を見ている男性がいた。
男の人が立っている程度にしか気にしてはいなかったが、ふと見るとその人がいたところに黒くて分厚い鞄だけが残っていた。キョロキョロ見ても近くに男性はいない。見れば男性はレジのところにいてそのまま出ようとしているところだった。
確信はなかったが、多分その男性だろうと思い、急いでバッグを手に持って追いかけ、声をかけてみた。
『あの、バッグ違いますか?』
振り返った男性は、『あっ』と目を丸くした。
黒縁の眼鏡をかけていて、ほんの少し寝ぐせがあって、とっても真面目そうなその人は何度も何度も頭を下げて礼を言った。
別になにがあったわけではない。
それだけだが、いいなぁ、と思った。
恐ろしく重たかった鞄には多分、沢山の本が入っている。
研究者? それとも教師?
背は高かったけれど、ただかっこいいとかイケメンというのとは一線を画す感じの、真面目一本やりの人だと思う。夢中になってあんなに重たい鞄を忘れそうになるところが、なんとはなしにツボだった。
次に付き合う人は、やっぱりあんな感じの人がいいなと思う。
もともと杏香はそういう男性が好みだった。
倉井課長がその最たる例で、目立たず真面目で優しくて穏やかな人。多少野暮ったいくらいの人がいい。
颯天は杏香の好みとはかけ離れている。
目立つし俺様だし見た目もイケメン過ぎる。彼と一緒にいてもドキドキするばかりで少しも安らげない。
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しみじみとそう思った。
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