高司専務の憂鬱 (完)

白亜凛

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◆新しい恋をしましょう

社外恋愛の罠 2

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 ***
 
 
 週明けの月曜日。杏香はあんぐりと口を開けた。

「――え?」

 身を乗り出し、眉をひそめて覗いているのはパソコンの画面。表示されているのは社内ネットワーク掲示板で、人事異動の告知だ。

「あらまぁ、随分突然の異動ねぇ」
 隣の席の由美が独り言のような声を上げる。

 営業部の社員が札幌支社に異動になっていた。その社員は志水。第二倉庫で突然杏香に告白をした彼だ。

「なにかやらかしたのかしら? この真冬に北海道なんて大変ねぇ」

 緊張した喉がごくりと音を立てる。
 まさかと思うが、第二倉庫の件が原因なのか。

「課長、志水さん、なにかあったんですか?」
 由美が倉井課長にそう聞いた。

 総務部は人事も扱っているゆえ職務上異動に関しては前もって話がある。少なくとも管理職クラスは知っているはずだ。

「うん。札幌で新規に開発された工業団地関連でね、至急応援がほしいという話があったみたいだよ」

 由美の質問に、倉井課長は特に変わった様子も見せず、ごく普通にそう答えた。

「でもこの時期ですよ? 北海道なんて左遷ですか?」
 なおも食い下がるストレートな質問に、課長は困ったような笑みを浮かべる。

「そういうわけじゃないだろう。彼は成績優秀だし悪い噂も一切ないし。もちろん候補は何人かいたんだけど、彼なら独身だしね。それに、一時的だと思うよ。もしかしたら四月には戻るんじゃないかな。営業部にとっても大切な人材だからね」

「そうですか」と納得しかねるように由美は口を尖らせる。

 不自然さは否めないような気がするが、先週の事件でいきなり週明けに飛ばされるはずはない。普通に考えれば、だが。

『俺を甘く見るなよ』
 颯天の声が脳裏をよぎり、ぞわりと背筋が凍ったがまさか公私混同はないと思い改めた。


「樋口さん、ちょっといい?」
「はい」

 呼ばれて行ってみると、総務部長はいつになく満面の笑みを浮かべて杏香を見あげた。

「専務から聞いているとは思うけど、坂元取締役の雑用を頼まれると思うんだ。秘書課も人手不足なのでね、なにか頼まれたら最優先であたってくれるかな」

(えっ?)
 なにも聞いてはいないが、心当たりはある。先週、専務が杏香に会いに来た用事とはその件だったのかもしれない。

 専務の雑用なら御免被りたいが、優しい坂元ならばむしろ喜んでお手伝いしたい。なにか聞かれても藪蛇なので、ただペコリと頭を下げた。

「はい。わかりました」

 席に戻ろうとすると引きとめられた。
「あ、樋口さん、ちょっと」

「はい?」

「君は、高司専務と、その。なにか接点でもあったかな?」

 ギョッとして心臓と一緒に飛び上がりそうになった。

「せ……接点? 特に、心当たりは、ありませんが?」

「そうか」
 うーんと、総務部長は考え込んだ。

 そのまま腕を組んでなにも言わないこと数分。もしかすると数十秒だったかもしれないが、とても耐えられず、おずおずと聞いてみた。

「あのぉ……、なにか?」

「あ、いや、なんでもない。じゃあ坂元取締役の件よろしく」

「はい――」

 自分の席に戻り、そっと総務部長を覗き見たが、部長はすでに他の社員と話をしている。

 一体なんなのか。部長の聞き方からして、プライベートな関係について疑っているという感じではない。――というか、そう信じようと自分に言い聞かせた。

 頭を悩ませながら席に戻ると、隣の席の由美はおらず倉井課長以外は席を外しているようだった。これはちょうどいい、「倉井課長」と声をかけた。

「はい?」

「私、坂元取締役のお手伝いをするように言われたんですけど」
 身を乗り出すようにしてコソコソと聞いてみた。

「ああ、よろしくお願いします。時間的に厳しくなるようなら言ってください。フォローしますから」

「課長、どうしてそうなったんですか? どうして私なんですか?」

「うーん。どうしてなんでしょうね。僕も詳しい事はわからないんですけれど。まぁでも、さすが高司専務。樋口さんの優秀さを見抜かれていたのでしょう」

 倉井課長はにこにこと頷く。

「専務が指名してきたんですか? 私を?」

「え? 違うんですか? この前樋口さんを探しにいらしていたのは、坂元取締役の頼まれごとでしたよね?」

 キョトンとした顔の課長に逆に聞き返されて、ハッとした。

 高司専務がここまで来た用事は、坂元取締役に頼まれた備品の件だと言ったのは杏香自身だ。となると今回の話も専務経由で来たと考えるのが普通の流れだろう。

「樋口さん?」
「あ、あはは、すみません。急なご指名にちょっとビックリしちゃって」

 これ以上の質問は飛んで火に入る夏の虫。杏香はすごすごと引き下がる。

「大丈夫ですよ。がんばってくださいね」

「はい……。ありがとうございます」

 それにしてもどうしてわざわざこの席まで彼は来たのか。

 本当に坂元取締役の手伝いという話なら、わざわざ来る必要はないはずだ。秘書課長を通して部長に言えば済む話である。そもそも坂元取締役から言ってくるのが普通だろう。わざわざ颯天が乗り出してくるから部長もほかのみんなも疑問に思うのである。

(俺の女アピールじゃあるまいし、なにやってるんですかもう)

 ブツブツと心の中で文句を言いながら仕事をはじめると、ほどなくして坂元取締役から呼び出しの内線があった。
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