20 / 95
◆新しい恋をしましょう
社内恋愛の掟 8
しおりを挟む
「営業の志水だよな?」
ハッとして目を剥いた。まださっきの事件は続いているのか。
「ち、ちが! な、なんでもありません。な、なにもないです、か、彼とは」
「彼?」
もはや鬼だ。いや悪魔かもしれないと本気で思う。
「あ、いえ、し、志水さんとは偶然、倉庫で。ちょっと手伝っていただけで」
「へえー、あのままあそこでなにかしそうに見えたけどな」
「あれはっ! あ、あれは、なんか、でも私は別に」
あの場に颯天が現れなければ、もしかしたらなにかが起きたからもしれないが。いざとなれば股間を蹴り飛ばしてでも逃げたはず。少なくとも自分は被害者で、彼に責められるのはおかしい。
むくむくと湧き上がる不満に頬を膨らませた。
「ああいう事はよくあるのか?」
「えっと……? ああいうこと?」
誘われる経験ならあるにはあるが。
「男に犯されそうになること」
驚きすぎてソファーから腰を浮かせた。
「ちっ、ちょっと! な、なんてこと言うんですか! あるわけじゃないですかっ! 会社ですよ? ここ」
犯そうとしたのは自分でしょうにと睨み返す。
「それより専務、さ、さっきのは、な、なんですかっ! セクハラどころの騒ぎじゃないですよっ」
訴えてやるぞ! と心で叫ぶ。
本当に訴えてやりたい。
「お前は俺の女だからいいんだよ」
「――へ?」
心臓が、いや、時間が一瞬止まったと思う。
そして、耳を疑った。今彼は何と言ったのだろう?
(――オマエハ、オレノ、オンナダカライインダヨ? は?)
「ふ、ふざけないでください!」
「ふざけてねぇーし」
(あ――。ひ、ひらきなおった)
背もたれに大きく両手を伸ばした颯天は、つーんと横を向く。
「……」
開いた口がふさがらないが、とにかく、いつまでもこうしてここにいるわけにはいかない。何カ月もかけてようやくこの男の呪縛から逃げ出すことができたのだ。俺の女だのなんだという言葉は聞かなかったことにしようと決める。
視線を落とした杏香は、ふぅーっと息を吐いた気持ちを落ちつかせた。
あくまでも専務と平社員。その関係を貫かなければ。
「わざわざ総務まで、すみませんでした。どのようなご用件だったのですか?」
なのに――。
「忘れた」
横を向いたまま、ふん、と、不貞腐れたように彼は言う。
「は?」
しれーっとして、杏香が置いたレポート用紙に手を伸ばした颯天はパラパラと捲りはじめた。
「あ、あのですね。専務がなんの用事だったのか、わ、私は席に戻ったら報告しなくちゃいけないんですっ! 真面目に答えてください」
「おい、真面目に仕事の話をしに行ったのに、チャラチャラと男とイチャついてたのは、どっちだ。え?」
眉をひそめて睨むその目は、どうみても本気で怒っている。
ふざけているとは到底思えないド迫力の怒りの目だ。
「だ、だから、それは……も、もういいです。思い出したら内線電話で言ってください」
恐怖が半分、いたたまれなさ半分。とにかく早くここから出たい一心で、杏香はすっくと立ち上がって、大股で扉に向かって歩いた。
「杏香、俺は許さないからな。よく覚えておけ」
その言葉と一緒に突き刺さるような視線を背中に感じながら、扉を開けて廊下へ出て、一目散にエレベーターに向かう。
ここは会社で人が沢山いて、彼も追ってはこないとはわかっているが、それでもとにかく逃げた。
ハッとして目を剥いた。まださっきの事件は続いているのか。
「ち、ちが! な、なんでもありません。な、なにもないです、か、彼とは」
「彼?」
もはや鬼だ。いや悪魔かもしれないと本気で思う。
「あ、いえ、し、志水さんとは偶然、倉庫で。ちょっと手伝っていただけで」
「へえー、あのままあそこでなにかしそうに見えたけどな」
「あれはっ! あ、あれは、なんか、でも私は別に」
あの場に颯天が現れなければ、もしかしたらなにかが起きたからもしれないが。いざとなれば股間を蹴り飛ばしてでも逃げたはず。少なくとも自分は被害者で、彼に責められるのはおかしい。
むくむくと湧き上がる不満に頬を膨らませた。
「ああいう事はよくあるのか?」
「えっと……? ああいうこと?」
誘われる経験ならあるにはあるが。
「男に犯されそうになること」
驚きすぎてソファーから腰を浮かせた。
「ちっ、ちょっと! な、なんてこと言うんですか! あるわけじゃないですかっ! 会社ですよ? ここ」
犯そうとしたのは自分でしょうにと睨み返す。
「それより専務、さ、さっきのは、な、なんですかっ! セクハラどころの騒ぎじゃないですよっ」
訴えてやるぞ! と心で叫ぶ。
本当に訴えてやりたい。
「お前は俺の女だからいいんだよ」
「――へ?」
心臓が、いや、時間が一瞬止まったと思う。
そして、耳を疑った。今彼は何と言ったのだろう?
(――オマエハ、オレノ、オンナダカライインダヨ? は?)
「ふ、ふざけないでください!」
「ふざけてねぇーし」
(あ――。ひ、ひらきなおった)
背もたれに大きく両手を伸ばした颯天は、つーんと横を向く。
「……」
開いた口がふさがらないが、とにかく、いつまでもこうしてここにいるわけにはいかない。何カ月もかけてようやくこの男の呪縛から逃げ出すことができたのだ。俺の女だのなんだという言葉は聞かなかったことにしようと決める。
視線を落とした杏香は、ふぅーっと息を吐いた気持ちを落ちつかせた。
あくまでも専務と平社員。その関係を貫かなければ。
「わざわざ総務まで、すみませんでした。どのようなご用件だったのですか?」
なのに――。
「忘れた」
横を向いたまま、ふん、と、不貞腐れたように彼は言う。
「は?」
しれーっとして、杏香が置いたレポート用紙に手を伸ばした颯天はパラパラと捲りはじめた。
「あ、あのですね。専務がなんの用事だったのか、わ、私は席に戻ったら報告しなくちゃいけないんですっ! 真面目に答えてください」
「おい、真面目に仕事の話をしに行ったのに、チャラチャラと男とイチャついてたのは、どっちだ。え?」
眉をひそめて睨むその目は、どうみても本気で怒っている。
ふざけているとは到底思えないド迫力の怒りの目だ。
「だ、だから、それは……も、もういいです。思い出したら内線電話で言ってください」
恐怖が半分、いたたまれなさ半分。とにかく早くここから出たい一心で、杏香はすっくと立ち上がって、大股で扉に向かって歩いた。
「杏香、俺は許さないからな。よく覚えておけ」
その言葉と一緒に突き刺さるような視線を背中に感じながら、扉を開けて廊下へ出て、一目散にエレベーターに向かう。
ここは会社で人が沢山いて、彼も追ってはこないとはわかっているが、それでもとにかく逃げた。
49
お気に入りに追加
611
あなたにおすすめの小説
身分差婚~あなたの妻になれないはずだった~
椿蛍
恋愛
「息子と別れていただけないかしら?」
私を脅して、別れを決断させた彼の両親。
彼は高級住宅地『都久山』で王子様と呼ばれる存在。
私とは住む世界が違った……
別れを命じられ、私の恋が終わった。
叶わない身分差の恋だったはずが――
※R-15くらいなので※マークはありません。
※視点切り替えあり。
※2日間は1日3回更新、3日目から1日2回更新となります。
月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜
白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳
yayoi
×
月城尊 29歳
takeru
母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司
彼は、母が持っていた指輪を探しているという。
指輪を巡る秘密を探し、
私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
隠れ御曹司の手加減なしの独占溺愛
冬野まゆ
恋愛
老舗ホテルのブライダル部門で、チーフとして働く二十七歳の香奈恵。ある日、仕事でピンチに陥った彼女は、一日だけ恋人のフリをするという条件で、有能な年上の部下・雅之に助けてもらう。ところが約束の日、香奈恵の前に現れたのは普段の冴えない彼とは似ても似つかない、甘く色気のある極上イケメン! 突如本性を露わにした彼は、なんと自分の両親の前で香奈恵にプロポーズした挙句、あれよあれよと結婚前提の恋人になってしまい――!? 「誰よりも大事にするから、俺と結婚してくれ」恋に不慣れな不器用OLと身分を隠したハイスペック御曹司の、問答無用な下克上ラブ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる