高司専務の憂鬱 (完)

白亜凛

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◆バイバイ素敵なあなた

悪いのは私 3

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『すみません』と、客の失態を、申し訳なさそうに謝ったのはマスターだった。
『量はそれほどでもないのですが、一気に飲まれてしまったようで』

 高司颯天は呆れながら、『いいえ、こちらこそ。うちの社員がすみません』と謝り返した。
 聞けばこの近くで打ち合わせをしていて、ひと息つきに寄ったのだという。

 目の端で杏香を一瞥する目は至極冷静で、毅然とした立ち居振る舞いもなにもかもが杏香の癇に障った。

 鼻筋が通り目もとは涼やか。ハッとするようなイケメンで仕事はできてと非の打ち所がない。
 彼は失恋なんてしないだろう。失恋どころか恋すらしなそうだ。この胸のつらさも切なさも無縁に違いなく、溢れる強さが憎たらかった。

『ご立派ですねー専務はー。専務は恋人とかいるんですかー』

 彼はまったく関係ないのに、とんでもない酔っ払いである。

『さあな』

 その後も絡んでは軽くあしらわれること小一時間。

『ちゃんと歩けるうちに帰れよ』
 そう言い残して、颯天は席を立った。

 彼女の分も一緒にと、会計を済ませる様子をぼんやりと見つめるうち、無性に悔しくなって、後を追い店を出た。

『ちょっと待ってくださいよ、専務!』

 あきらかにうんざり顔で振り返った彼を、杏香はキリキリと睨みつけた。

『ごちそうさまですぅ。ありがとうございますぅ』

 口を尖らせ礼を言う態度ではなかったが、彼は酔っ払い相手に怒る気にもなれなかったのだろう。

『タクシー呼ぶか』
 呆れ顔でそう言っただけだった。

『すぐそこだから大丈夫ですよぉ。専務はどーするんですか』

『ホテルに戻るんだよ』

『ホテル? どーしてホテルに行くんですかぁ?』

『今日はそこに泊まるんだ』

 同じ会社の人間だというだけで、責任を感じたのかもしれない。

『お前はとにかくおとなしく帰れ』
 言いながら、ほったらかしにしていいものか、タクシーを捕まえて押し込めるかと迷っているようだった。

『じゃあ私も行く! 専務の部屋でまだ飲む! じゃないと会社辞めてやる!』

 ため息をつく彼に絡みつき、ペシペシと叩いたりしているうち、あきらめたのだろう。

『わかった、わかった。ただし、後悔するなよ。どうなっても俺は知らないぞ』

『そんなのわかってます!』

 もう、どうでもよかった。
 めちゃくちゃな夜を過ごして、すべてを忘れてしまいたかった。

 ほかの誰かと幸せになっていく課長を見届ける勇気は持てそうにない。

 だからといって、せっかく入った会社を辞める自信もない。いっそ高司専務の逆鱗に触れて、明日なんてなくなればいいと思った。


 彼が泊まる部屋はラグジュアリーなホテルの豪華スイートルームだった。

 こんな部屋にひとりで泊まるなんてありえないと騒いだが、彼はいつもこの部屋に泊まっているという。

『寝室はいくつかあるから、適当に使っていいぞ』

 どうなっても知らないぞ、などと脅した割には相変わらず杏香には目もくれず、彼はさっさとシャワーを浴びて、バスローブを羽織りタブレットを見ていた。

 仕事の続きでもしていたのだろう。

 自らもシャワーを浴びた杏香は、バスルームから出てくるなり、彼の手からタブレットを取り上げて、テーブルの上に置いた。

 そして、バスローブがはだけるのも気に留めず、颯天の膝の上にまたがったのだ。

 下着をつけていない剥き出しの胸。誰にも見せたことのない谷間に目を落とす彼に、妖艶な笑みを向け、両手を彼の首の後ろに回した。

『ねえ専務。セックスしましょ』

 自分から唇を押しつけたのはほんの一瞬だけ。次の瞬間には抱き寄せられ、貪るように唇を重ねた。

 予想通り彼は経験豊富だったらしく、杏香は初めてだったのにそれほど痛みは感じなかった。もちろん最初に貫かれたときは一瞬激痛が走ったけれど、快感の方が上をいくというくらい彼は丁寧に優しく抱いてくれたのだ。

 行きずりの恋というよりも行きずりのセックスというふうに、まるで発情期の動物のように絡み合いながら、これは専務の優しさだと杏香は思った。

 右を向けば輝く夜景が見えて、相手はパーフェクトな男性。慰められるには最高のシチュエーションの中でロストバージンというあの夜を、杏香はなにひとつ後悔はしていない。

 初めてだと知った彼は頭を抱えたが、それでも杏香の望みを聞いてくれたことを感謝している。

 失恋という心の傷が消えたわけではなかったけれど、彼に抱かれたおかげで、課長は〝過去に〟好きだった人になった。


 あの夜の彼はとても優しかったから……。


 そう。鬼神とは高司専務のこと。

 あれから一年とちょっと。気がつけば、中途半端な関係をだらだらと続けてしまっている。

 けれど、それも今日でおしまいだ。


(今夜私は、彼との関係に終止符を打つ)
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