月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜

◆鳴かぬなら鳴かせてみよう我が妻よ ＊ 尊

8

　風呂から上がってダイニングに行くと、エプロン姿の弥衣が振り返る。

「お食事どうしましょう。パンがありますけど、やっぱりいつものように和食にします？」
「じゃあ、パンで」

「よかった。パンを焼いてみたんです」
「もしかして君の手作りのパンなのか？」
「ええ」

　へぇ。パンまで焼くのか。

　甘い香りはやっぱりスープの匂いだったらしい。時を置かずしてパンが焼ける香ばしい匂いも漂ってくる。

「コーヒーと、紅茶。どっちにします？」
「紅茶で」

「はーい」
　にこにこしながら甲斐甲斐しく家事をする弥衣は、この生活をどう思っているのだろう？

「ん？　なにか？」
「いや、週末はパンがいいなと思ってね」

「そうですか？　よかった」
　弥衣は目を細めてうれしそうに笑う。

　なんだその、安心しきった笑いは。

「昨夜も遅かったんですね」
「ああ」

「大変ですね」
「まぁ、ずっとこうだからな。もう慣れた」

「ええー。ずっとですか？　大変だ、かわいそうに」

　だからなんだ、この平和な会話は。

　外側カリッと中がふんわりしたおいしいトーストをかじりながらため息が漏れる。

　なんというか、調子が狂ってどこから手を付けていいのかわからない。


「あ、明日。祖母のお見舞いに付き合ってもらうぞ」

　春海の提案は俺にはハードルが高すぎるし、とりあえずは定番から攻めるしかないだろう。

　ダメもとで手始めにプレゼント攻撃か。

「お見舞い用に、今日はこれから君の服を買いに行こう」

「え？　あ、はい」

　弥衣は戸惑ったように瞼を揺らしながら、小さく頷いた。