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◆ 妻という名の同居人 * 弥衣
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しおりを挟む尊さんが帰ってきたのは、それから間もなくだった。
玄関の扉が開く音がしたので、急いで部屋を出て廊下に出たけれど一足遅かったらしい。書斎の扉がちょうど閉まったところだった。
くぅ、残念。
広いからなぁ、出遅れたか。
出迎えしたところで無視されるかもしれないが、それならそれで構わない。
あいさつをするのは自分のため。言わないと自分の気持ちが晴れないし落ち着かないから。
廊下で出てくるのを待っているのも変なので、とりあえずキッチンへ向かう。
時間は八時。彼はまだ食事はしていないと思われるので、お皿を用意したり、お湯を沸かしたりしていると廊下を歩く音がした。
振り返って「お帰りなさい」とあらためて声を掛けると、尊さんも振り返った。
「ただいま。先に風呂に入る」
あれ、意外。ちゃんと言ってくれた。
「はーい。お湯は張ってありますから」
せっかく満面の笑みを浮かべたのに、すでに背中を向けていた彼はそのままバスルームに向かう。
「あ……」
やり場を失った笑顔は宙に浮いたけれど、まぁよしとしよう。これくらいは想定内だ。
お湯をポットに入れて、食後のコーヒーの準備をした。もしかしたら紅茶派かもしれないから、これから少しずつ聞いていこう。何しろ始まったばかり、ひとつひとつ覚えていかなくちゃいけない。
しばらくしてお風呂から出てきた彼は、途中リモコンを操作して音楽をかけた。
静かな洋楽が流れるなか、壁際のワインセラーに向かい、ワインを取り出す。
風呂上がりの彼は紺色のガウンを羽織っている。
男性との生活は弟で慣れてるから平気だ、なんて思っていたのに予想と全然違う。
アラサーともなると、青二才のへなちょこな弟と違って滲み出る男の色気がムンムンしてる。濡れ髪だし、ガウンの合わせから厚い胸板が見えるしで、目のやり場に困った私は視線を泳がせる。
仮面夫婦とはいえ、この程度で動揺していてはこの先やっていけない。慣れていかなくちゃ。
キッチンに来た彼は、食器棚からワイングラスを取り出したけれど。ん?
あれ? 取ったグラスはふたつ?
思わず視線で追うと、彼は肩をすくめる。
「今日は初日だ。少し話をしよう」
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