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◆みせかけの結婚 * 弥衣

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 身を乗り出した月城さんは、スッと私の顎に指を添えた。

「ぎゃーーっ、何するんですかっ」

「やっぱ処女か。冗談だよ。さあ、早く書いて、コーヒー入れるから」

 文句を言おうとして口を開けると、遮るように「あー」と言った彼は、「言っとくけど」と、振り返った。

「俺はもう君に金を出した。結婚を取りやめるなら即金で返してもらうから、そのつもりで。なんだったら金の代わりに“月城の”指輪を返してくれればそれでいいからさ」

 にやりと口元を歪めてツンと横を向いた彼は、楽しそうに歌いながらキッチンへ歩いていく。

「――はぁ。もぉ」

 なんということだ。どうやら私は早くも主導権を握られたらしい。

 いやいや、まだ始まってもいない。
 私は絶対に負けない! 
 この指輪は渡さないんだから!


 マンションを出て、キッと上層階を睨んだ。

 カラカラの喉をコーヒーで潤し、部屋を出る最後の最後に私はチョコレートをテーブルの上に置いた。

『よろしかったら、どうぞ。チョコレートです』

 月城さんはチラリとテーブルを見ただけ。

『では失礼いたします』

 ゆっくりと頭を下げて、その場から立ち去る私に、彼はチョコレートの箱を投げつけたりはしなかったけれど、本当にムカつく。

「なんなのあの態度。あんなんだから今まで結婚しないんだわ」

 いままでの準備期間は、あそこまで酷くはなかった。

 でもよく考えてみれば、会う時間が短かったから無視するほど余裕はなかったかもしれない。

 あれがあの男の本来の姿。

 外面ばっかり良くて、嫌な奴ー。ああーヤダヤダ。
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