祓い姫 ~祓い姫とさやけし君~

白亜凛

文字の大きさ
55 / 56
≪ 春隣(はるどなり) ≫

しおりを挟む

 ときに切なさに袖を濡らし、ときに笑い、物の声を聞き。

 なんだかんだと慌ただしく日々が過ぎていき、庭の梅の花が咲いたある日。

「姫さまー」

 ぱたぱたと足音を立てながら朱依が簀子を走ってきた。

「どうしたの? そんなに慌てて」

「来たんですよ。煌仁さまが」

「え?」

 まゆ玉が膝の上にいるのも忘れ、翠子は立ち上がった。

 ありえない。

 彼は自由に宮中から外へは出られないはず。

(でも――まさか。本当に?)

 落ちたまゆ玉が「みゃあ」と抗議の声を上げるが翠子の耳には届かない。

 胸の鼓動をを高鳴らせながら簀子に出たときには、煌仁がもう、すぐそこにいた。

「あ、煌仁さま?」

「姫よ、迎えに来たぞ」

「え?」

 後ろにいる篁が困ったように眉を下げる。

「煌仁さまは、姫さまが入内しない限り、帝にはならないと宣言されたのだ」

 朱依が「なんと」と声をあげた。

「すまぬ、あおういうわけだ。来てもらえぬか?」

「で……でも」

 入内なんて、無理ではないか。

「だって、私は、祓い姫なのですよ?」

 篁がにっこり笑って「なにも心配ありませぬ」と声を上げた。

「姫さま、朝議でも姫さまの入内は満場一致だったのですよ!」

(え?)

「麗景殿の女御を助けてくださったと言って、右大臣は後見人を姫さま申し出られましたし、姫さまが助けた女官たちの実家も皆大賛成じゃ。率先して祝いを述べるのは大納言中納言と有力な方々ばかりで、反対するものなどおりませぬ」

(そんな……そんなはず)

「姫は愛されておるのだ。宮中の皆に」

 煌仁が翠子の手を取る。

「姫にいてほしいのだ。姫でなければ后などいらぬ」

「煌仁さま」

 とそこに白い髭をたくわえた高齢の公達が一歩前へ出た。篁が「この方は帥宮(そちのみや)さまじゃ」と紹介した。

「はじめまして、姫よ。おばあさまによく似ていらっしゃる」

 煌仁が「そなたの母の兄君だよ」と教えてくれた。母と帥宮さまとは異母兄妹であるらしい。

 翠子の母を知らずとも、宮中にいた当時の祖母をよく覚えているそうだ。

 唯泉から翠子の母の素性については聞いていたが、実際に祖母を知っている人物が現れるとは夢にも思わなかった。

 さておき――。

 その前に、入内の話である。

「姫よ。わしからも頼む。なあ朱依も頼んでくれ」

 篁が朱依に両手を合わせ、朱依は大きくうなずいた。

「姫さま、行きましょう宮中へ。私も一緒に参りますから」

 朱依が目にいっぱい涙をためて訴えた。

「幸せになりましょう」

 いつの間にか集まっていた爺や使用人のみんなも口々に「姫さま、お行きなされ」「幸せにおなりなされ」と涙を浮かべて訴える。



 梅が終わり、桜がほころび始めたころ、煌仁は帝となった。

 即位の儀には中宮となった翠子が並ぶ。

 それはそれは美しい両陛下の姿に人々は歓喜に沸いた。

 帥宮が最終的な後見人となりさまざまな準備を整えて翠子は入内した。朱依は官位を授かり翠子付きの上臈女房となった。

 爺や他の使用人たちは本人たちの希望で八条の邸に残った。翠子がいつでも心置きなく帰れる場所を守りたいと言って。

 

 頼もしくも優しい帝に気遣われながら、凜とする中宮を見て朱依は袖で涙を隠す。

「朱依よ、そろそろ色よい返事をくれぬか」

 ひょっこりと顔を出した篁が、すねたように顔をしかめる。

「朱依じゃなくて朱の君と呼んでちょうだい」

「またそんな水臭いことを。なぁ、無事に即位の儀も済んだのだから、そろそろよかろう?」

 朱依は、返事はしないけれども、篁が持ってきた干し棗はうれしそうに頬張る。そしてなにを思ったか棗をひとつまみして篁の口元に差し出した。

 うれしそうにその棗を口にして、篁は朱依を抱き寄せる。

「ご覧なさいよ、月がきれいだわ」

「ああ、そうだな。でも朱依のほうがきれいだぞ」

 宮中の夜は更け、清涼殿から琵琶の音が聞こえてきた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

神楽坂gimmick

涼寺みすゞ
恋愛
明治26年、欧州視察を終え帰国した司法官僚 近衛惟前の耳に飛び込んできたのは、学友でもあり親戚にあたる久我侯爵家の跡取り 久我光雅負傷の連絡。 侯爵家のスキャンダルを収めるべく、奔走する羽目になり…… 若者が広げた夢の大風呂敷と、初恋の行方は?

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...