祓い姫 ~祓い姫とさやけし君~

白亜凛

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≪ 鬼 ≫

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 一方麗景殿へと向かう翠子と朱依は、すっかり気が重くなっていた。

「宮中って思っていたよりも居心地が悪いですねぇ」

 朱依はため息をつく。

「十二単は重たいし、女房どもは感じ悪いし。まぁ、麗景殿の方々は優しいですけれど」

 翠子は苦い微笑みを浮かべる。

 弘徽殿の女房たちの悪意に満ちた好奇の目。前回の騒ぎで慣れたとはいえ、こう続くとさすがに不愉快だ。

「仕方がないわよ。祓い姫なんて如何にも怪しそうなのが来たら、誰だって恐れ慄くわ」

 思わず卑屈な言い方をしてしまう。

「姫さまは、誰よりもお優しいのに! まったく頭にくる」

「ありがとう、朱依。でもね、私見つけたの。弘徽殿にいた女性の中に、蝶の裳の人と文を見せてくれた蝶の扇の人もいたわ」

「私も何人か見つけました。関係ありそうですね」

 と、そこに「おうい」と声がした。

 篁である。

「なによ」

 いきなり噛みつく朱依に、篁はしどろもどろだ。

「なんだよいきなり。帰り道に迷わないようお供に来たんじゃないか」

「今ね、こんなところ早く出て、お邸に帰りましょうって話をしていたのよ」

「ええ? まあ、そう言わず」

「だめよ、帰ったら正月の準備を始めなくちゃいけないの」

「朱依ったら、気が早いわよ、まだふた月もあるわ」

 笑いながら、いずれにしろ帰る日はそう遠くないだろうと翠子は思う。

 犯人が捕まるかはわからないが、翠子ができることはもうないだろうから。



 その夜、唯泉が遊びに来た。

「物の怪はどうなったのですか」

「とりあえず弘徽殿からは出ていってもらった」

 まるで人でも追い払うような気軽さである。

「もう少し手伝ってもらいたいからな」

「ええ? 物の怪に手伝ってもらうのですか?」

 物の怪がすべて悪だとは思っていないが、それにしても手伝ってもらうとは。

 翠子は思わず目を丸くした。

「ああ、かの者も案じているのだよ、宮中を」

「はあ、そんなものですか」

「そんなものだ」

 わかるようなわからないような話である。

「それより、近々宴があるそうだ、姫も楽しむといい」

「宴?」

「弘徽殿の女御ももう大丈夫だ。麗景殿の皇子もすっかりお元気になられたからな。姫は宴に参加した経験はあるか?」

「いえ、ありませぬ」

 四人だけの宴ならついこの前あったが、あれは違う。宮中の行事である宴となればまったく別物だろう。

「おお、それならば楽しみにしておくといい。妓女が踊ったり、宮中のいい男がとっかえひっかえ舞を披露したり管弦を楽しんだりするのだ。姫は飲み食いしながら眺めればよい」

 ほぅ、と翠子はうなずいた。

 妓女はさぞかし美しいに違いないし、公達はいったいどんな舞を見せてくれるのか、想像しただけで楽しそうだ。

「そうなのですね。唯泉さまは? なにかなさるのですか?」

「ああ、煌仁と舞うぞ」

「なんと!」と朱依が声を上げて喜ぶ。

「楽しみですね! 姫さま」

 翠子の頬が扇の内側で赤くなる。

 それから、話のついでに翠子は蝶の話を唯泉にしてみた。

 夜になると相談に現れる女性たちの中に、同じように家族からの文を心配する女性がいて、皆どこかに蝶柄の物を身に着けている。

「気のせいかもしれませんが」

 念のためそう前置きした。

「姫がそう思うからには何かあるのだろう」

 唯泉は気のせいだとは言わなかった。

 翠子はごくりと喉を鳴らし細い息を吐く。

 言われてなお自分のひと言の影響を考え、否が応でも緊張する。気持ちを落ち着けてから口を開いた。

「蝶の柄が気になるのです。弘徽殿の女房にそのうちの三人、もしくは四人いるようです。麗景殿にもひとり」

 ほぅ、と唯泉は意味ありげに微笑む。

「頭中将は蝶柄が好きな男だからな」

「そうなのですか?」

「ああ、意図せず自分の印を付けているのかもしれぬ。所有物かなにかと勘違いしているのではないか」

 なるほどと思う。

 言われてみれば、どの蝶も頭中将と同じ空気をまとっているような気がした。

 女性たちは皆おとなしく控えめであるのに、印象とは真逆の、蝶からはねっとりした妖艶ななにかを感じた。

 似つかわしくないという違和感が、心に引っ掛かっていたのかと翠子は納得する。。

 そして蝶だけでなく、彼女たちから一様に感じる不安も唯泉に伝えると、彼はその件について慎重に探ってみると言う。

「親か家族が、左大臣家に出入りしているのだろうな」

 左大臣家ともなれば上級の使用人は貴族だ。通常は通いであるはずが、帰って来ないとか、帰ってこられないとか、そういう状況なのではないだろうかと。

「見せてもらった文の内容は、心配ないと訴えているので証拠にはならないと思いますが」

 唯泉は力強くうなずく。

「それだけわかれば十分だ」
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