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≪ 鬼 ≫

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 見上げる月はほんのりと欠け始めている。楽しかった四人だけの宴から数日が経った。

『私はここから当分出られぬかもしれぬからな』

 月明かりの中、翠子は煌仁を思い浮かべながら石を見つめた。

 彼が思わずそうつぶやくだけの、なにかが起きている。

 犯人が捕まったという報告は相変わらずない。後宮は平和に見えるが、確実になにかは起きているのだ。

 にじり寄って来た朱依が「姫さま、来ましたよ」と囁く。

 どうやら今夜も物の声を聞いてほしいと、女官が来たらしい。

 女官は来るなり泣いていた。

 またかと翠子は思う。

 最初の頃、ここに来る女官が持ってきた物の声は他愛ない物ばかりだった。それが日を追うごとに変わってきているのである。昨夜訪れてきたふたりの女官も、今にも泣きださんばかりだった。

 袖を濡らす女官に、朱依が「大丈夫ですか?」と声をかける。

「はい……すみません」

 女官は文を差し出す。

 いつものように中身を見ずに、翠子は文に触れた。

 そしてまた、やはり同じだと思う。

 いつもなら感じた内容をそのまま報告して終わりだが、翠子は思い切って声をかけてみた。

「あの、差し支えなければ文を見せて頂きたいのですが。もちろん無理にとは言いませんが」

 女官は戸惑ったようだったが、しまには「どうぞ」と言った。

 朱依も一瞬驚いた様子で翠子を見た。翠子が文の内容まで見たいと言い出すなんて異例中の異例である。

「すみません。失礼します」

 文には無事を伝える文章が並んでいる。何も心配はいらないから、女官としてあなたもがんばりなさいと、おおむねそのような内容だ。

 気になるのは【とてもよくしていただいている】という箇所である。

「正直に申し上げますと、内容とは真逆の声が聞こえます。悲しみと不安と」

 そして恐怖。恐怖については言い出せなかった。

「そう、ですか」

 女官は泣く。

「家族が、親戚のところで、お世話になっておりまして」

「ご親戚?」

「――ええ、遠縁の」

 昨日の女官も同じように言っていた。遠縁の親戚に家族が世話になっていると。

「祓い姫さま。もし誰かに聞かれたら。あの……、恋文を見てもらっていたと。そのように、していただけませんか?」

「わかりました。大丈夫ですよ。他言はしませんので安心してください」

 女官は帰っていった。

「なんかおかしいですね」

「ええ。朱依、今夜の女官の扇にも蝶がいたわ」

「え? 気づきませんでした」

 扇の端のほうに小さな蝶がいたのである。翠子は蝶の柄の裳の女官以来、蝶を探すのが癖になっていた。気にしているからかもしれないけれど、蝶ばかりに目がいく。

「昨日のひとりは唐衣が向蝶丸。もうひとは裳に蝶。蝶の柄は通年使えますから不思議はないんですけど、なんだか気になりますね」

 朱依が言った通り、なんだか気になって仕方がないのである。
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