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≪ 麗景殿 ≫
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しおりを挟む「では麗景殿へ参ろうか」
「はい」
ちりんと鈴を揺らし、あくびをしたまゆ玉が後を付いてくる。
翠子がいる雷鳴壺から向かう麗景殿までは簀子や渡り廊下を進み、いくつかの殿舎を通り抜けていく。
途中、いく人もの十二単を着た女官とすれ違った。
皆それぞれに美しい。
「東宮って、すごい人気なんですね」
こそこそと朱依が囁く。
ちょうど煌仁とすれ違った女官ふたりが、顔を寄せ合い色めき立っているところだった。
「そうみたいね」
あれだけ美しい公達は宮中でも際立っているのだろう。
時折庭を歩く武官や束帯姿の男君も見かけるし、どの公達も堂々として立派に見えるけれど、それだけだ。彼のように、強くにじみ出る光のようなものを感じさせる人はいない。存在感が抜きんでている。
さすが東宮というべきか。
「でも朱依、篁さまもほら、見て?」
ふたりの少し前を煌仁と篁が歩いていて、先を行くのは篁だ。
篁とすれ違いざまにちらりと彼を見上げる女官の目が、妖艶に輝いている。
「えー、どこがいいんでしょ、あんな熊みたいな男」
朱依はぱたぱたと手を振って、小馬鹿にしたように笑う。
「失礼よ」と言いながら、朱依の表情がおもしろくて翠子はくすっと笑った。
「私はああいう裏表のない人はいいと思うわ。頼もしいし」
篁は正直だ。
真っ直ぐな心で煌仁を慕い、仕えている。
たとえ睨まれてもそれがよくわかるので、翠子は篁に好感を持っている。それは朱依もわかっているはず。
(本当は嫌いじゃないだろうに)
「そらゃまあ頼もしいとは思いますけどね、大男だから」
ふたりで忍び笑いをしたその時、ひとりの女官が袴に足を取られてつまずいた。
煌仁のちょうど斜め前である。
「あっ」と思わずふたりとも声を上げた。女官は倒れ込む。
煌仁がわずかに振り向いたように見えた。
助けるのか。固唾をのんで見つめていると、手を差し伸べたのは篁だ。
「大丈夫か」と女官を支えた篁が声をかける。
煌仁はほとんど前を向いたままだ。
「篁、捨て置け」
「はっ」
篁は女官からゆっくりと手を放し、煌仁の後に続いた。
「も、申し訳ございませぬ」
女官は簀子に頭をこすりつけるようにして謝った。よく見れば肩が震えているように見える。
事の成り行きに翠子と朱依は目を丸くする。
「えっ……。なに今の。捨て置けって」
朱依が唖然としている横で翠子は溜め息をつく。
(か弱い女性を助けようともせず、そればかりか捨て置けとまで言うなんて)
思った通りだ。
彼はとても横柄で冷たい人なのだろう。もしかしたら人の心の痛みがわかる人かもしれないと思ったけれど、やはり違ったようだ。
まだ平伏したままの女官は、泣いているのだろう。
声を掛けるべきかどうしかと思いながら進むうち、先を歩く煌仁と篁が角を曲がって姿が見えなくなる。すると――。
御簾の内側から「残念だったわね」と声がした。
平伏していた女官はすっと勢いよく立ち上がり、御簾の内側の声に向かって「おだまり!」と言い放つ。吊り上がった目は怒りに光っているが、べったいと顔に塗った白粉に涙の跡はない。
「お前ごときが殿下のお情けを受けられるわけがなかろう」
せせら笑う声にきりきりと歯を食いしばった女官は、勢いよく御簾を跳ね上げ中に入っていった。
「だまりゃ!」
「ははっ。悔しいのぉ悔しいのぉー」
どたばたと大きな物音がするので、取っ組み合いの喧嘩が始まったのかもしれない。
周りの女官はなにをしているのか、笑い声ときゃっきゃと騒ぐ声はするものの、止める声は聞こえないので見物しているのかもしれなかった。
翠子と朱依は目をしばたかせて茫然と立ち尽くす。
状況から察するに女官が倒れたのは、わざとなのか。少なくとも泣いてはいなかった。
「姫さま……。行きましょうか」
朱依の乾いた声にうなずいて再び歩き出すと、簀子の角から篁がひょっこりと顔を出した。
「いかがした? 大丈夫か?」
ついてこないので心配したらしい。篁がすたすたと近寄ってくる。
「いえ、なんでもありません」
篁の声に反応したのか、ぴたりと静かになった御簾の内側を横目で見ながら、翠子と朱依は慌てて先を急いだ。
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