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≪ さやけし君 ≫
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「葵尚侍を呼んでくれ」
「はい」
煌仁は幼き頃より母とも姉とも慕う尚侍を呼んだ。
彼女は十歳年上である。一度結婚と同時に宮仕えを辞めたが、夫を亡くし宮中へ戻ってきた。美しい女性なので再婚の話は多かったがそのまま独身を貫き通し、亡き夫を弔い続けている。
宮中に山ほど女官はいるが煌仁が信頼できる者は少ない。
東宮という立場にありながら使える女官が少ないのはそのためだ。
ほどなくして尚侍が現れた。
「お呼びでございますか」
「しばらく内裏に行こうと思う。陛下に頼み後涼殿を開けて頂いた」
「そうでございますか。では手配いたします」
煌仁の居は内裏の外、大内裏の東宮雅院にあるが清涼殿からは少し遠い。
「もしや……」
「ああ、ご心労であろう。相変わらず後宮が騒がしいからな」
帝の体調が思わしくない。
元から丈夫な方ではないが、ここへきての度重なる事件を案じ食も細くなられた。弘徽殿側と麗景殿側が競うようにお互いの苦情を持ち込んできて夜も熟睡できないらしい。
「困ったものだ」
他の女官なら一喝するが、煌仁とて相手が女御となればそうはいかない。歯がゆいが足しげく通い、帝の代わりに愚痴を聞くくらいしかできずにいる。
「殿下が話を聞いてくださるだけで、女御たちも安心できるでしょう」
尚侍の言葉に煌仁は苦い笑みを浮かべて頷いた。
「して、祓い姫のほうはいかがですか」
「すっかり嫌われたようだ」
「おや、何がありました?」
煌仁はあった通りに説明した。説明しながらなにがよくなかったのだろうと考えたがよくわからない。
「手ぶらで行ったのがよくなかったのであろうか」
「いえ、そうではございませんでしょう」
ふわりと尚侍は笑う。
珍しいことがあるものだと彼女は感心していた。
色々とあり、すっかり女性不信になってしまった煌仁は、どのような女性が宮中に来ても女性としては関心を示さない。ハッとするほど美しかろうと、溌剌としていようと、聡明であろうと、彼はあくまでも人としてしか評価しないのである。
その彼が祓い姫に会ってくると言い、彼女を宮中へ連れ戻ってからは様子が違う。
開口一番『美しい瞳をしておるのだ』と夢を見るような目をして言った。
不思議な力を確かめに行ったというのに、まるで目的を忘れたように、うっとりとして。
「贈り物も悪くはないでしょうが、誠意が伝われば心を開いてくださいますよ」
「誠意か……」
「祓い姫の邸へ使いを出しておきました。使い慣れた物など届けてくれるでしょう。お会いになってお話をされたらいかがですか? 姫の好みなどお聞きになっては」
「そうか。そうだな。もう一度彼らに会って話を聞いてみよう」
満足げな笑みを浮かべる煌仁を見つめ、尚侍は微笑んだ。
彼女に見せる興味が不思議な存在への一時的な関心なのか、そうでないのかはまだわからない。
少なくとも良い傾向であると尚侍はうれしかった。
彼女は母のように姉のように煌仁の幸せを願っている。
東宮としてではなくひとりの男として、誰かを愛する経験をしてほしい。人を愛することが弱点を作るわけではないと知ってほしいと思うのだった。
「葵尚侍を呼んでくれ」
「はい」
煌仁は幼き頃より母とも姉とも慕う尚侍を呼んだ。
彼女は十歳年上である。一度結婚と同時に宮仕えを辞めたが、夫を亡くし宮中へ戻ってきた。美しい女性なので再婚の話は多かったがそのまま独身を貫き通し、亡き夫を弔い続けている。
宮中に山ほど女官はいるが煌仁が信頼できる者は少ない。
東宮という立場にありながら使える女官が少ないのはそのためだ。
ほどなくして尚侍が現れた。
「お呼びでございますか」
「しばらく内裏に行こうと思う。陛下に頼み後涼殿を開けて頂いた」
「そうでございますか。では手配いたします」
煌仁の居は内裏の外、大内裏の東宮雅院にあるが清涼殿からは少し遠い。
「もしや……」
「ああ、ご心労であろう。相変わらず後宮が騒がしいからな」
帝の体調が思わしくない。
元から丈夫な方ではないが、ここへきての度重なる事件を案じ食も細くなられた。弘徽殿側と麗景殿側が競うようにお互いの苦情を持ち込んできて夜も熟睡できないらしい。
「困ったものだ」
他の女官なら一喝するが、煌仁とて相手が女御となればそうはいかない。歯がゆいが足しげく通い、帝の代わりに愚痴を聞くくらいしかできずにいる。
「殿下が話を聞いてくださるだけで、女御たちも安心できるでしょう」
尚侍の言葉に煌仁は苦い笑みを浮かべて頷いた。
「して、祓い姫のほうはいかがですか」
「すっかり嫌われたようだ」
「おや、何がありました?」
煌仁はあった通りに説明した。説明しながらなにがよくなかったのだろうと考えたがよくわからない。
「手ぶらで行ったのがよくなかったのであろうか」
「いえ、そうではございませんでしょう」
ふわりと尚侍は笑う。
珍しいことがあるものだと彼女は感心していた。
色々とあり、すっかり女性不信になってしまった煌仁は、どのような女性が宮中に来ても女性としては関心を示さない。ハッとするほど美しかろうと、溌剌としていようと、聡明であろうと、彼はあくまでも人としてしか評価しないのである。
その彼が祓い姫に会ってくると言い、彼女を宮中へ連れ戻ってからは様子が違う。
開口一番『美しい瞳をしておるのだ』と夢を見るような目をして言った。
不思議な力を確かめに行ったというのに、まるで目的を忘れたように、うっとりとして。
「贈り物も悪くはないでしょうが、誠意が伝われば心を開いてくださいますよ」
「誠意か……」
「祓い姫の邸へ使いを出しておきました。使い慣れた物など届けてくれるでしょう。お会いになってお話をされたらいかがですか? 姫の好みなどお聞きになっては」
「そうか。そうだな。もう一度彼らに会って話を聞いてみよう」
満足げな笑みを浮かべる煌仁を見つめ、尚侍は微笑んだ。
彼女に見せる興味が不思議な存在への一時的な関心なのか、そうでないのかはまだわからない。
少なくとも良い傾向であると尚侍はうれしかった。
彼女は母のように姉のように煌仁の幸せを願っている。
東宮としてではなくひとりの男として、誰かを愛する経験をしてほしい。人を愛することが弱点を作るわけではないと知ってほしいと思うのだった。
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