祓い姫 ~祓い姫とさやけし君~

白亜凛

文字の大きさ
上 下
12 / 56
≪ さやけし君 ≫

しおりを挟む
***



「葵尚侍を呼んでくれ」

「はい」

 煌仁は幼き頃より母とも姉とも慕う尚侍を呼んだ。
 彼女は十歳年上である。一度結婚と同時に宮仕えを辞めたが、夫を亡くし宮中へ戻ってきた。美しい女性なので再婚の話は多かったがそのまま独身を貫き通し、亡き夫を弔い続けている。

 宮中に山ほど女官はいるが煌仁が信頼できる者は少ない。
 東宮という立場にありながら使える女官が少ないのはそのためだ。

 ほどなくして尚侍が現れた。
「お呼びでございますか」

「しばらく内裏に行こうと思う。陛下に頼み後涼殿を開けて頂いた」
「そうでございますか。では手配いたします」

 煌仁の居は内裏の外、大内裏の東宮雅院にあるが清涼殿からは少し遠い。

「もしや……」
「ああ、ご心労であろう。相変わらず後宮が騒がしいからな」

 帝の体調が思わしくない。
 元から丈夫な方ではないが、ここへきての度重なる事件を案じ食も細くなられた。弘徽殿側と麗景殿側が競うようにお互いの苦情を持ち込んできて夜も熟睡できないらしい。

「困ったものだ」

 他の女官なら一喝するが、煌仁とて相手が女御となればそうはいかない。歯がゆいが足しげく通い、帝の代わりに愚痴を聞くくらいしかできずにいる。

「殿下が話を聞いてくださるだけで、女御たちも安心できるでしょう」

 尚侍の言葉に煌仁は苦い笑みを浮かべて頷いた。

「して、祓い姫のほうはいかがですか」
「すっかり嫌われたようだ」

「おや、何がありました?」

 煌仁はあった通りに説明した。説明しながらなにがよくなかったのだろうと考えたがよくわからない。
「手ぶらで行ったのがよくなかったのであろうか」

「いえ、そうではございませんでしょう」
 ふわりと尚侍は笑う。

 珍しいことがあるものだと彼女は感心していた。
 色々とあり、すっかり女性不信になってしまった煌仁は、どのような女性が宮中に来ても女性としては関心を示さない。ハッとするほど美しかろうと、溌剌としていようと、聡明であろうと、彼はあくまでも人としてしか評価しないのである。

 その彼が祓い姫に会ってくると言い、彼女を宮中へ連れ戻ってからは様子が違う。
 開口一番『美しい瞳をしておるのだ』と夢を見るような目をして言った。
 不思議な力を確かめに行ったというのに、まるで目的を忘れたように、うっとりとして。

「贈り物も悪くはないでしょうが、誠意が伝われば心を開いてくださいますよ」

「誠意か……」

「祓い姫の邸へ使いを出しておきました。使い慣れた物など届けてくれるでしょう。お会いになってお話をされたらいかがですか? 姫の好みなどお聞きになっては」

「そうか。そうだな。もう一度彼らに会って話を聞いてみよう」

 満足げな笑みを浮かべる煌仁を見つめ、尚侍は微笑んだ。
 彼女に見せる興味が不思議な存在への一時的な関心なのか、そうでないのかはまだわからない。

 少なくとも良い傾向であると尚侍はうれしかった。
 彼女は母のように姉のように煌仁の幸せを願っている。

 東宮としてではなくひとりの男として、誰かを愛する経験をしてほしい。人を愛することが弱点を作るわけではないと知ってほしいと思うのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

満月の夜に烏 ~うちひさす京にて、神の妻問いを受くる事

六花
キャラ文芸
第八回キャラ文芸大賞 奨励賞いただきました! 京貴族の茜子(あかねこ)は、幼い頃に罹患した熱病の後遺症で左目が化け物と化し、離れの陋屋に幽閉されていた。一方姉の梓子(あづさこ)は、同じ病にかかり痣が残りながらも森羅万象を操る通力を身につけ、ついには京の鎮護を担う社の若君から求婚される。 己の境遇を嘆くしかない茜子の夢に、ある夜、社の祭神が訪れ、茜子こそが吾が妻、番いとなる者だと告げた。茜子は現実から目を背けるように隻眼の神・千颯(ちはや)との逢瀬を重ねるが、熱心な求愛に、いつしか本気で夢に溺れていく。しかし茜子にも縁談が持ち込まれて……。 「わたしを攫ってよ、この現実(うつつ)から」

神様の学校 八百万ご指南いたします

浅井 ことは
キャラ文芸
☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.: 八百万《かみさま》の学校。 ひょんなことから神様の依頼を受けてしまった翔平《しょうへい》。 1代おきに神様の御用を聞いている家系と知らされるも、子どもの姿の神様にこき使われ、学校の先生になれと言われしまう。 来る生徒はどんな生徒か知らされていない翔平の授業が始まる。 ☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.: ※表紙の無断使用は固くお断りしていただいております。

後宮の偽物~冷遇妃は皇宮の秘密を暴く~

山咲黒
キャラ文芸
偽物妃×偽物皇帝 大切な人のため、最強の二人が後宮で華麗に暗躍する! 「娘娘(でんか)! どうかお許しください!」 今日もまた、苑祺宮(えんきぐう)で女官の懇願の声が響いた。 苑祺宮の主人の名は、貴妃・高良嫣。皇帝の寵愛を失いながらも皇宮から畏れられる彼女には、何に代えても守りたい存在と一つの秘密があった。 守りたい存在は、息子である第二皇子啓轅だ。 そして秘密とは、本物の貴妃は既に亡くなっている、ということ。 ある時彼女は、忘れ去られた宮で一人の男に遭遇する。目を見張るほど美しい顔立ちを持ったその男は、傲慢なまでの強引さで、後宮に渦巻く陰謀の中に貴妃を引き摺り込もうとする——。 「この二年間、私は啓轅を守る盾でした」 「お前という剣を、俺が、折れて砕けて鉄屑になるまで使い倒してやろう」 3月4日まで随時に3章まで更新、それ以降は毎日8時と18時に更新します。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

我が家の家庭内順位は姫、犬、おっさんの順の様だがおかしい俺は家主だぞそんなの絶対に認めないからそんな目で俺を見るな

ミドリ
キャラ文芸
【奨励賞受賞作品です】 少し昔の下北沢を舞台に繰り広げられるおっさんが妖の闘争に巻き込まれる現代ファンタジー。 次々と増える居候におっさんの財布はいつまで耐えられるのか。 姫様に喋る犬、白蛇にイケメンまで来てしまって部屋はもうぎゅうぎゅう。 笑いあり涙ありのほのぼの時折ドキドキ溺愛ストーリー。ただのおっさん、三種の神器を手にバトルだって体に鞭打って頑張ります。 なろう・ノベプラ・カクヨムにて掲載中

処理中です...