祓い姫 ~祓い姫とさやけし君~

白亜凛

文字の大きさ
上 下
5 / 56
≪ 祓い姫 ≫

しおりを挟む
「昨夜とは随分態度が違いますね」

 朱依が言う通り、昨夜の彼は横柄だった。なんの説明もなく強引で無表情。終始口数も少なく、宮中に来てからもほとんど会話を交わしていない。
 それと比べると今日の彼はずいぶんと柔らかい。顔つきさえも穏やかで優しげだったと思う。

「あの人、姫さまに」
 最後まで言わず、朱依はふふふと笑う。

「え?」
「いえいえ。姫さま、本当によくお似合いですよ」

「そんなはずはないわ。私はもっと――」
 こんなに明るく美しい衣じゃなく、地味なほうがふさわしい。

「普段から言ってるじゃありませんか、そのように朗らかでかわいらしい色が姫さまにはお似合いなんですから」

 立ち上がった朱依は、鏡筥かがみばこから鏡を取り出してきて、翠子に向ける。

「ご覧なさいな姫さま、とーっても素敵ですよ」
「やめて」
 鏡に映るのは紅く頬を染めている自分に違いなく、恥ずかしさに翠子は逃げ惑う。

 いたずらっ子のように笑う朱依は、鏡をしまって戻ってくると声高らかに宣言した。
「十二単については私もまったくわかりませんし、わがままはいけませんよ姫さま」

 衣には地位によって使っていい色が決まっているし、季節や年齢によっても相応の合わせ方がある。慣れている女官でもない限り迂闊に手を出せない。

 とはいえ翠子は気恥ずかしさに戸惑いを隠せなかった。

「でも、もう少し枯れた色が……」

「何をおっしゃいます。そりゃあ邸にいるうちはお仕事柄お召し物も地味にしていますが、ここは宮中ですもの、思う存分、派手にいかせていただきましょう」

 どうやら朱依はここでの暮らしを楽しむと決めたらしい。顎を上げて大きく胸を張るが、そう簡単に割り切れない翠子は、途方に暮れるように瞼を揺らし、美しい衣を見下ろした。

「それにしても、ここは宮中のどのへんなんでしょうね」

 朱依は控えている女官を呼んだ。

「私たちは今、どこにいるの?」

 女官は「あちらの方向に清涼殿がございます」と腕を上げて衣で指した。
 翠子にあてがわれた局――部屋は、後宮の最北、西の角に位置する雷鳴壺かんなりのつぼという殿舎だと説明を受けた。

「要するに一番目立たない場所ってわけね?」

 朱依の性格に慣れていない女官は苦笑を禁じ得ない。
「ええ。まあ、そうでございます」

「どうりで静かだわ」

 矢継ぎ早に身も蓋もない言葉を向けられ「ですね……」と、女官はしどろもどろだ。
 貶されているのか、褒められているのかよくわからない。
 戸惑う女官に、翠子が「ありがたいわ」とほほえみかけた。
「賑やかなところは苦手だもの」

 女官は安心したように頬を緩め、ホッとしたように微笑んだ。
「菓子を持って参ります」

 朱依が「あら、ありがとう。私も手伝うわ」と席を立つ。
「姫さま、少しお待ちくださいね」

「ええ」

 ひとり残った翠子は立ち上がり簀子に出た。
 外には庭らしい庭もなく、池もない。板塀が横に伸び視界が遮られている。
 塀の向こう側に殿舎があるのはわかるが、ここからは建物の上の方しか見えない。ぐるりと見回してみても人影はなく、なにも聞こえなかった。

 居心地は悪くない。
 もともと静かな方が好きだ。
 見上げた空は青く高い。夜ならば美しい月が見えるだろう。

 部屋に入ると調度品に目を留めた。

 装飾が施された美しい漆塗りの文台ぶんだいの上には筆と墨。そして柄の入った美しい紙がある。
 思わず手に取ろうとして躊躇した。
 初めて触れる物は少し怖い。見たところ新しそうだがと、不安になりながら思い切って手を伸ばした。
 筆も硯も紙も、幸い手にしてもなにごともなく、早速手紙をしたためようと思う。
 屋敷に残った者たちはさぞかし心配しているだろう。一刻も早く安心してほしかった。

 途中、ふと手を止めた。
 いつ帰れるのだろう。数日なのか、夜空に浮かぶ月が同じ形に戻る頃なのか。
 煌仁は期間についてなにも言わなかった。できれば一日でも早く帰りたいと思いながら筆を進める。

 間もなく戻ってきた朱依は「美味しそうですよ」と顔を綻ばせる。
 朱依が差し出した竹の籠には、捻って丸めたような形の唐菓子が入っていて、香ばしい匂いがする。
 翠子は「どうぞ」とひとつを朱依に渡す。

「どんな味なのか、先に食べてみて」
「ありがとうございます。姫さま」

 早速口に入れた朱依は口をもぐもぐさせた後、満面の笑みを浮かべた。
「とっても美味しいです! ほんのり甘く、香ばしくて、胡麻や木の実も入っておりますよ」

「そう」
 それならばと唐菓子と一緒に、文を屋敷に届けて欲しいと女官に頼んだ。

「えっ、姫さま、この唐菓子を全部ですか?」
「だって皆が心配しているに違いないもの」

 せめてひとつは食べてくれないと、食べてしまった手前困ると朱依に言われて、翠子は一番小さいものを摘んだ。
 口に含むとなるほど、油で揚げた香ばしさが口いっぱいに広がってくる。噛むほどに感じる濃厚な旨味は胡麻や木の実から滲み出てくるようだ。
 初めて感じる美味しさに翠子は目を丸くする。

「とっても美味しい。爺たちもきっと喜んでくれるわね」

「はぁ……」
 朱依は唐菓子の入った籠を布に包んですべて女官に渡す。その様子があまりに名残惜しそうで、翠子は思わず笑った。

「唐菓子ならきっと、またいただけるわよ」



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

ひきこもり瑞祥妃は黒龍帝の寵愛を受ける

緋村燐
キャラ文芸
天に御座す黄龍帝が創りし中つ国には、白、黒、赤、青の四龍が治める国がある。 中でも特に広く豊かな大地を持つ龍湖国は、白黒対の龍が治める国だ。 龍帝と婚姻し地上に恵みをもたらす瑞祥の娘として生まれた李紅玉は、その力を抑えるためまじないを掛けた状態で入宮する。 だが事情を知らぬ白龍帝は呪われていると言い紅玉を下級妃とした。 それから二年が経ちまじないが消えたが、すっかり白龍帝の皇后になる気を無くしてしまった紅玉は他の方法で使命を果たそうと行動を起こす。 そう、この国には白龍帝の対となる黒龍帝もいるのだ。 黒龍帝の皇后となるため、位を上げるよう奮闘する中で紅玉は自身にまじないを掛けた道士の名を聞く。 道士と龍帝、瑞祥の娘の因果が絡み合う!

後宮物語〜身代わり宮女は皇帝に溺愛されます⁉︎〜

菰野るり
キャラ文芸
寵愛なんていりません!身代わり宮女は3食昼寝付きで勉強がしたい。 私は北峰で商家を営む白(パイ)家の長女雲泪(ユンルイ) 白(パイ)家第一夫人だった母は私が小さい頃に亡くなり、家では第二夫人の娘である璃華(リーファ)だけが可愛がられている。 妹の後宮入りの用意する為に、両親は金持ちの薬屋へ第五夫人の縁談を準備した。爺さんに嫁ぐ為に生まれてきたんじゃない!逃げ出そうとする私が出会ったのは、後宮入りする予定の御令嬢が逃亡してしまい責任をとって首を吊る直前の宦官だった。 利害が一致したので、わたくし銀蓮(インリェン)として後宮入りをいたします。 雲泪(ユンレイ)の物語は完結しました。続きのお話は、堯舜(ヤオシュン)の物語として別に連載を始めます。近日中に始めますので、是非、お気に入りに登録いただき読みにきてください。お願いします。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

椿の国の後宮のはなし

犬噛 クロ
キャラ文芸
※5話は3/9 18時~より投稿します。間が空いてすみません… 架空の国の後宮物語。 若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。 有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。 しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。 幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……? あまり暗くなり過ぎない後宮物語。 雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。 ※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...