64 / 81
8.極道ということ
8
しおりを挟む
会場内の人々の目が一斉に集まった先にいたのは、龍崎専務と美しい木村さんだった。
見れば床にはグラスが転がり、ワインらしき赤い染みが広がっている。
慌てて人の間を抜けながら近寄っていくと、木村さんがしきりに「申し訳ありません」と謝っていた。
その隣には清水さんがいて、なにかを言いながら専務の上着に手をかけている。脱がせようとしているように見えた。
なにやってんのあの男!
もし中の白シャツまで濡れていたら。
やめて! と叫びそうになったときには、専務は上着を脱がされていて、いったいどんな浴びせられ方をしたのか、中のワイシャツも首から背中へと濡れているではないか。
ところが。――あれ?
寄り添うように立っている八雲さんに視線で問いかけると、彼は「問題ないよ」と小さく頷く。
まじまじと龍崎専務の濡れた背中を見ても、肌は透けるもののなんの柄も浮き上がってこない。
〝龍〟はどうしたんだろう。
「も、申し訳ありません」
木村さんはしきりに謝り続け、専務は苦笑いを浮かべながら「大丈夫ですから」と声をかけている。
「龍崎さま、どうぞこちらへ」とホテルスタッフが促す。
東雲さんはこの場に残り、八雲さんと一緒に私も専務についていった。
「あのクソやろう」
八雲さんが小さく言って舌を打つ。
「なにがあったんですか」
「清水だよ。実際にワインを浴びせかけたのは秘書の女だけど、専務の背中を見るのが狙いだ。小恋ちゃん、車から専務の着替え持ってきて。運転手に聞けばわかる。部屋番号は電話するよ」
「はい」
清水め! 絶対に許さないっ!
大急ぎで地下駐車場に行くと、すでに連絡があったらしく運転手が着替えを手にして立っていた。
運転手と警備員のふたりは、なにがあろうとも専務の車からは絶対に離れない。車になにか小細工をされないためだ。ふたりとも鋭い目つきで辺りを伺っている。
「お疲れさまです」
「お願いします」
間もなく八雲さんから、専務がいる部屋番号の連絡があった。
ノックをして、のぞき穴からしっかり見えるように立って「森村です」と声をかけるとドアが開いた。
「専務は今、シャワー浴びている。頭からワインを被っちゃったからさ」
部屋の中には八雲さんひとりだった。
「背中。あいつ、疑っているんですか」
「“あいつ”って、あはは、小恋ちゃんまで」
「だって、聞いてくださいよ、ちょっと前なんですけど、清水さんと営業の青木さんと偶然ランチをするはめになって」
「え、小恋ちゃんナンパされたの?」
「違いますってば」
私はかくかくしかじかとあの日ふたりから聞かされた話をした。
清水さんの前の秘書が、専務が経営する六本木のクラブのVIPルームで怪しい薬をすすめられて薬物中毒になり結局辞めてしまったという話だ。
「それ、そっくりそのまま、清水がやった話だよ」
「ええ? そうなんですかっ?」
「あいつは、バーテンを金で操ってVIPルームで好き勝手やって出禁になったんだ」
見れば床にはグラスが転がり、ワインらしき赤い染みが広がっている。
慌てて人の間を抜けながら近寄っていくと、木村さんがしきりに「申し訳ありません」と謝っていた。
その隣には清水さんがいて、なにかを言いながら専務の上着に手をかけている。脱がせようとしているように見えた。
なにやってんのあの男!
もし中の白シャツまで濡れていたら。
やめて! と叫びそうになったときには、専務は上着を脱がされていて、いったいどんな浴びせられ方をしたのか、中のワイシャツも首から背中へと濡れているではないか。
ところが。――あれ?
寄り添うように立っている八雲さんに視線で問いかけると、彼は「問題ないよ」と小さく頷く。
まじまじと龍崎専務の濡れた背中を見ても、肌は透けるもののなんの柄も浮き上がってこない。
〝龍〟はどうしたんだろう。
「も、申し訳ありません」
木村さんはしきりに謝り続け、専務は苦笑いを浮かべながら「大丈夫ですから」と声をかけている。
「龍崎さま、どうぞこちらへ」とホテルスタッフが促す。
東雲さんはこの場に残り、八雲さんと一緒に私も専務についていった。
「あのクソやろう」
八雲さんが小さく言って舌を打つ。
「なにがあったんですか」
「清水だよ。実際にワインを浴びせかけたのは秘書の女だけど、専務の背中を見るのが狙いだ。小恋ちゃん、車から専務の着替え持ってきて。運転手に聞けばわかる。部屋番号は電話するよ」
「はい」
清水め! 絶対に許さないっ!
大急ぎで地下駐車場に行くと、すでに連絡があったらしく運転手が着替えを手にして立っていた。
運転手と警備員のふたりは、なにがあろうとも専務の車からは絶対に離れない。車になにか小細工をされないためだ。ふたりとも鋭い目つきで辺りを伺っている。
「お疲れさまです」
「お願いします」
間もなく八雲さんから、専務がいる部屋番号の連絡があった。
ノックをして、のぞき穴からしっかり見えるように立って「森村です」と声をかけるとドアが開いた。
「専務は今、シャワー浴びている。頭からワインを被っちゃったからさ」
部屋の中には八雲さんひとりだった。
「背中。あいつ、疑っているんですか」
「“あいつ”って、あはは、小恋ちゃんまで」
「だって、聞いてくださいよ、ちょっと前なんですけど、清水さんと営業の青木さんと偶然ランチをするはめになって」
「え、小恋ちゃんナンパされたの?」
「違いますってば」
私はかくかくしかじかとあの日ふたりから聞かされた話をした。
清水さんの前の秘書が、専務が経営する六本木のクラブのVIPルームで怪しい薬をすすめられて薬物中毒になり結局辞めてしまったという話だ。
「それ、そっくりそのまま、清水がやった話だよ」
「ええ? そうなんですかっ?」
「あいつは、バーテンを金で操ってVIPルームで好き勝手やって出禁になったんだ」
32
お気に入りに追加
290
あなたにおすすめの小説
家族愛しか向けてくれない初恋の人と同棲します
佐倉響
恋愛
住んでいるアパートが取り壊されることになるが、なかなか次のアパートが見つからない琴子。
何気なく高校まで住んでいた場所に足を運ぶと、初恋の樹にばったりと出会ってしまう。
十年ぶりに会話することになりアパートのことを話すと「私の家に住まないか」と言われる。
未だ妹のように思われていることにチクチクと苦しみつつも、身内が一人もいない上にやつれている樹を放っておけない琴子は同棲することになった。
ネカフェ難民してたら鬼上司に拾われました
瀬崎由美
恋愛
穂香は、付き合って一年半の彼氏である栄悟と同棲中。でも、一緒に住んでいたマンションへと帰宅すると、家の中はほぼもぬけの殻。家具や家電と共に姿を消した栄悟とは連絡が取れない。彼が持っているはずの合鍵の行方も分からないから怖いと、ビジネスホテルやネットカフェを転々とする日々。そんな穂香の事情を知ったオーナーが自宅マンションの空いている部屋に居候することを提案してくる。一緒に住むうち、怖くて仕事に厳しい完璧イケメンで近寄りがたいと思っていたオーナーがド天然なのことを知った穂香。居候しながら彼のフォローをしていくうちに、その意外性に惹かれていく。
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません
如月 そら
恋愛
旧題:隠れドS上司はTL作家を所望する!
【書籍化】
2023/5/17 『隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません』としてエタニティブックス様より書籍化❤️
たくさんの応援のお陰です❣️✨感謝です(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)
🍀WEB小説作家の小島陽菜乃はいわゆるTL作家だ。
けれど、最近はある理由から評価が低迷していた。それは未経験ゆえのリアリティのなさ。
さまざまな資料を駆使し執筆してきたものの、評価が辛いのは否定できない。
そんな時、陽菜乃は会社の倉庫で上司が同僚といたしているのを見てしまう。
「隠れて覗き見なんてしてたら、興奮しないか?」
真面目そうな上司だと思っていたのに︎!!
……でもちょっと待って。 こんなに慣れているのなら教えてもらえばいいんじゃないの!?
けれど上司の森野英は慣れているなんてもんじゃなくて……!?
※普段より、ややえちえち多めです。苦手な方は避けてくださいね。(えちえち多めなんですけど、可愛くてきゅんなえちを目指しました✨)
※くれぐれも!くれぐれもフィクションです‼️( •̀ω•́ )✧
※感想欄がネタバレありとなっておりますので注意⚠️です。感想は大歓迎です❣️ありがとうございます(*ᴗˬᴗ)💕
一夜限りのお相手は
栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる