龍崎専務が誘惑する

白亜凛

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6・止められない

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 何度もあきらめようとしたのに、遂に自分から誘ってしまうほど私は専務を好きになってしまった。それと同じなんじゃないかと思う。

「喫茶店には龍崎さんも来た? ねぇねぇ、実彩子ちゃんが知ってる龍崎さんは、どんなだったの?」

「来てたわよ。まだ制服着てるころからアキラと一緒にね。あの人は特別な雰囲気を持った子だったわ。子どもの頃から育てられ方も普通じゃなかったみたいだし」

「どう普通じゃないの?」

「組長になるよう育てられたそうよ。喧嘩に負けて帰ると家に入れてもらえず、暖房もない暗い蔵の中で、雪の降る夜を過ごしたりとか」

 え?

 実彩子ちゃんの話は想像を超えていた。

 龍崎専務が小学生の頃、当時『昇竜会』の組長であった祖父の家に預けられた彼は、喧嘩に明け暮れて育ったという。

「見かねたアキラが何度か助けようとしても許されなくて、そんな甘ったれが組を背負えるかと怒鳴られたって言ってたわ。きれいごとが通じる世界じゃないから仕方ないかもしれないけど、不良がヤクザになるのとは違うの、彼の場合はいずれ組長になるはずだったから」

 それが極道の英才教育なのか。

 実際、専務の脇腹には手術痕のような傷があった。
 この傷、痛かった? と聞くと、忘れたなと彼は笑っていたけれど、あんなふうに創痕が残るんだもの痛くなかったはずはない。

 背中に手を伸ばしたときも、いくつか同じような感触を感じた。
 それはみんな喧嘩とか暴力沙汰でできた傷痕なんだろう。

「でも、そのおかげで彼は七光なんて言われることもなく、あの世界でも一目置かれる存在になったってわけ。強いのよぉー、いまだって新宿とか夜の街を歩けば、みんな彼を避けて通るわ」

「へぇ」

 一目置かれながら、夜の街を歩く彼。

 思い浮かべようとしても、うまく想像できない。田舎者の私は夜の街を歩くのさえ怖いから、新宿の夜を知らないし。

 私の知らない龍崎専務の顔がそこにあるのだろうと思うと、ほんの少し彼が遠くに思えた。

「ところで小恋、紹介したい人がいるのよ。ちょっと会ってみない?」

「紹介?」

 ニヤリと意味ありげに実彩子ちゃんが目を細める。

 なんとなく嫌な予感がした。

「銀行マンよ、いまスマホに写真送るわね。アキラのところに最近来る営業の若い子がとっても感じいいんだって。年は二十九。お見合いってほどじゃなくてさーあ、ちょっと食事でも一緒にしてみたらどうよ」

 ピロロンとスマートホンが鳴り写真が送られてきた。

 アキラさんが撮ったという写真には、スーツを着た男性がひとり。頭に手をあてて、照れたように笑っている。

「なんかかわいい」

 仔犬のような笑顔の人だった。

「でしょ? なかなかのイケメンよね」

「うん。イケメン」

「ゴールデンウィーク、小恋は実家に帰らないんでしょう? 気晴らしに会ってみたら?」

 来週末からゴールデンウィークに突入する。会社は休みだけれど、田舎には帰らないしこれといってなんの予定もなかった。

「なにか予定でもあるの?」

「ううん。ないけど……」

「お付き合いって思うと気が重くなるだろうけど、友達だと思えばいいんじゃない?」

「友達?」

「そうよ、男友達。気が合えばまた会えばいいし、気が乗らなかったら断ればいい。小恋にはまず男友達が必要だと思うの」
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