龍崎専務が誘惑する

白亜凛

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6・止められない

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 つらつらと思いを巡らせながら、二杯目のコーヒーが届いて間もなく。

「よぉ」

 アキラさんが現れた。

「どうした。ずいぶん早いな」

「すみません」

「モーニング頼んだから、お前も付き合えよ」

 朝の九時。俺がこの店に来てから三十分は経っているが、人を呼び出すには早すぎる時間だ。

「懐かしいな」

「ほんとっすね。時々来てますけど、アキラさんとここに座るは、もしかしたらあの日以来じゃないですか」

「そうだなぁ。六年になるか」

 組を解散すると先代が言い出した時は大変だった。

『どうしてですか!』

 飛び交う怒号。俺も信じられなかったし、素直に受け入れられないやつがほとんどだった。極道として残ると言って一歩も引かない連中と分裂の危機になったが、それをまとめたのは当時の若頭アキラさんだ。

『ちっとは自分の幸せってもんを考えろ! 家族がいるやつらはなおさらだ』

『幸せ? なに甘っちょろいこと言ってんすか』

『逃げてんじゃねぇぞ、その甘っちょろいものを守るのがどんだけ難しいかわかって言ってんのか、あ?』

 俺たちは、幸せなんて言葉自体が無縁だった。

 不幸こそむしろ強い鎧であるような生き方をしていた俺は、幸せなんて口にするアキラさんが急に弱くになったような錯覚まで覚えたくらいどうしようもない若造だった。

「そういやシゲルに子どもができたそうだ。健康な子だって、あいつ泣いてたぞ」

「そうですか。よかった」

 シゲルもあの時、アキラさんに背中を向けようとしていたひとりだ。

『もうかしらはダメだ。あんな腑抜けた話にゃとても付いていけねぇ』

 そんな矢先にシゲルの女が対立してた組のクズ共に薬漬けにされてシゲルは半狂乱になった。殺す殺されるの騒ぎのなか、アキラさんが打った手は、それまでと違って警察の手を借り女をきちんとした医者に見せること。

 あの事件がきっかけだっただろう。

 先代とアキラさんのいう意味が少しずつ身に染みて、東雲や頭のいい連中がそれを少しずつ形にしてくれて、それからは必死だった。

「七年は、早いな」

「そうですね」

 届いたモーニングは昔とまったく変わらない。分厚いトーストとコールスローサラダ。コンソメスープにゆで卵ひとつ。味もあの頃と同じだ。

 それを食べ終わると、俺は話を切り出した。

「小恋のことが好きなんです」

 アキラさんはピクリとも変化を見せず、静かにコーヒーを飲んで外に目を向ける。

「俺が賛成すると思ったか? こんな話を聞くためにあの子をこっちに呼んだわけじゃない」

 そう言われるだろうと思っていた。

 極道を捨て、こっちの世界に来たとはいえ根本的には変わってはいない。その分ややこしい敵が増えただけで、アキラさんにはさぞかし危なっかしく見えているだろう。

 隠したい過去じゃないが、隠さなきゃいけない。

 その歪みが一生ついて回る。

「実彩子の実家は俺の過去も知らない。隠し続けたからな。それだけ極道とは縁遠い普通の家族だ」

 実彩子さんと小恋は身内だ。

 小恋の家もそうだと言ってるんだろう。

「俺とお前の違いは言わなくてもわかるよな。お前が抱えるものは桁外れにでかい。それを一緒に背負うには、あの子は華奢すぎる」

「俺がもっと力をつけます。小恋の分も俺が背負います」

 結局アキラさんは、いいともダメだともはっきりは言わなかった。

「お前の気持ちはわかった」

 一緒に店を出て車に乗る前に、「専務の顔に痣があったらまずいからな」と腹を一発殴られただけ。

 みぞおちを抑えながらアキラさんを見送った。

 わかっていたんです。

 だけど、気づいた時には遅かったんですよ。

 忘れるとかあきらめるとか、とっくの昔にその時期は過ぎていた。

 さかのぼればあのハロウィンの夜だけだったかもしれない。あの夜が最後になっていればあるいは違ったか。
 考えたところで、すべては今更だが。

 悲しげにポロポロと涙を零すあいつが堪らなく、かわいくて。ずっと包み込んでいたくなる。

 いつも一生懸命で、東雲の厳しさにも負けず、どんな時も人のせいにすることなく自分を見つめて、ひたむきで。

 俺が忘れていたか、もともと持っていなかった光のようなもので、小恋の笑顔は俺を温めてくれる。

 俺はもう、あいつを手離せない。
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