龍崎専務が誘惑する

白亜凛

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5.パンドラの箱

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 龍崎専務に手を引かれてムーディな空間へと誘われた。

「え、で、でも。私、踊れませんよ?」

「大丈夫だ。俺に合わせて揺れているだけでいい」

 抱き寄せられるまま体を密着させて、顔を上げるとすぐそこに専務の顔がある。

「疲れたか?」

「いいえ、全然。とっても楽しいです」

 夢みたいです。こんなふうに専務とチークダンスなんて。

 緊張なんて、どこかにいってしまった。

 たぶん、シャンパンが美味しくて、飲み過ぎてしまったんだと思う。ちょっとテンションも違っていた。

「私、うまくやれました?」

「ああ、完璧な俺の妻だ。誰も疑ってやしない」

「よかった」

 もしくはこのとき専務が、甘くささやいたのがいけなかったのかもしれない。

「綺麗だ」

 そう言われた時、痺れたように私は専務に体を寄せてささやいた。

「専務、私にご褒美をください」

「ん?」

「今夜だけ、私を本当の妻にして」

 一度だけ。今夜だけでいいですから。

 口にした瞬間、世界が止まったと思った。

 でも、そう思ったのは私だけで、時計の針は普通に進み、ダンスが続いていたと気づいたのは、専務が笑ったから。

「飲み過ぎだ」

「あはは。ごめんなさい。冗談ですよ」

 口元では笑ってみせたけど、専務とは目を合わせられなかった。

 また、フラれちゃった。

 ハロウィンに続いて二度目ね。

 浮かれ過ぎ。赤ちゃんが生まれるのは専務の子じゃなくて、妹さんの子だったというだけなのに、バカみたい。

 照明が明るく戻り、パーティはお開きになる。

 ワイワイがやがやしながら挨拶をして、車の順番を待っているうちはよかった。

 車の中で専務とふたりきりになった時の、この気まずさはどうしたものか。

 さっきのバカな発言を冗談にしたのだから、普通にしていればいいのに。うまくそれができない。

「酔っちゃいました」とがんばって笑顔をみせて、ドアに肩をつけ瞼を閉じた。

 毛皮のショールに顔を埋めるて寝たふりをする。

 誘って迫って、それでも上司に相手にされない秘書というのも最低だし、そんな家政婦も最悪だよね。

 専務だって、やっぱり妻役なんて頼むんじゃなかったと後悔してるだろう。

 ああ、ユメちゃん。私どうしたらいい?

 告白してみたよ?

 あの日のヴァンパイアと再会して、明日が楽しみになる恋をして。

 でも、ユメちゃん。

 恋が届かないときは、どうしたらいいんだっけ。

 今はまだ泣いちゃいけないと自分に言い聞かせながら、そんなことを考えた。

 隣に座っているはずの専務は、なにも言わない。

 ほんの少し手を伸ばすだけで触れるところにいるのに、それがつらい。辛くて仕方がない

 須田社長のお嬢様、綺麗だったな。

 挨拶を交わした彼女は、とても美人でお嬢様というにふさわしく優しい感じの素敵な女性だった。社長は龍崎専務と彼女をくっつけたがっていたというけれど、ご本人の気持ちはどうだったのだろう。

 私は実は偽者の妻で、しかも相手にされていない秘書だと知ったら、なんて思うかな。

 ごめんなさいね。

 私もお嬢様と同じなんですよ、歯牙にもかけてもらえないんです。

 悲しいです……。
 
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