34 / 81
5.パンドラの箱
5
しおりを挟む
龍崎専務に手を引かれてムーディな空間へと誘われた。
「え、で、でも。私、踊れませんよ?」
「大丈夫だ。俺に合わせて揺れているだけでいい」
抱き寄せられるまま体を密着させて、顔を上げるとすぐそこに専務の顔がある。
「疲れたか?」
「いいえ、全然。とっても楽しいです」
夢みたいです。こんなふうに専務とチークダンスなんて。
緊張なんて、どこかにいってしまった。
たぶん、シャンパンが美味しくて、飲み過ぎてしまったんだと思う。ちょっとテンションも違っていた。
「私、うまくやれました?」
「ああ、完璧な俺の妻だ。誰も疑ってやしない」
「よかった」
もしくはこのとき専務が、甘くささやいたのがいけなかったのかもしれない。
「綺麗だ」
そう言われた時、痺れたように私は専務に体を寄せてささやいた。
「専務、私にご褒美をください」
「ん?」
「今夜だけ、私を本当の妻にして」
一度だけ。今夜だけでいいですから。
口にした瞬間、世界が止まったと思った。
でも、そう思ったのは私だけで、時計の針は普通に進み、ダンスが続いていたと気づいたのは、専務が笑ったから。
「飲み過ぎだ」
「あはは。ごめんなさい。冗談ですよ」
口元では笑ってみせたけど、専務とは目を合わせられなかった。
また、フラれちゃった。
ハロウィンに続いて二度目ね。
浮かれ過ぎ。赤ちゃんが生まれるのは専務の子じゃなくて、妹さんの子だったというだけなのに、バカみたい。
照明が明るく戻り、パーティはお開きになる。
ワイワイがやがやしながら挨拶をして、車の順番を待っているうちはよかった。
車の中で専務とふたりきりになった時の、この気まずさはどうしたものか。
さっきのバカな発言を冗談にしたのだから、普通にしていればいいのに。うまくそれができない。
「酔っちゃいました」とがんばって笑顔をみせて、ドアに肩をつけ瞼を閉じた。
毛皮のショールに顔を埋めるて寝たふりをする。
誘って迫って、それでも上司に相手にされない秘書というのも最低だし、そんな家政婦も最悪だよね。
専務だって、やっぱり妻役なんて頼むんじゃなかったと後悔してるだろう。
ああ、ユメちゃん。私どうしたらいい?
告白してみたよ?
あの日のヴァンパイアと再会して、明日が楽しみになる恋をして。
でも、ユメちゃん。
恋が届かないときは、どうしたらいいんだっけ。
今はまだ泣いちゃいけないと自分に言い聞かせながら、そんなことを考えた。
隣に座っているはずの専務は、なにも言わない。
ほんの少し手を伸ばすだけで触れるところにいるのに、それがつらい。辛くて仕方がない
須田社長のお嬢様、綺麗だったな。
挨拶を交わした彼女は、とても美人でお嬢様というにふさわしく優しい感じの素敵な女性だった。社長は龍崎専務と彼女をくっつけたがっていたというけれど、ご本人の気持ちはどうだったのだろう。
私は実は偽者の妻で、しかも相手にされていない秘書だと知ったら、なんて思うかな。
ごめんなさいね。
私もお嬢様と同じなんですよ、歯牙にもかけてもらえないんです。
悲しいです……。
「え、で、でも。私、踊れませんよ?」
「大丈夫だ。俺に合わせて揺れているだけでいい」
抱き寄せられるまま体を密着させて、顔を上げるとすぐそこに専務の顔がある。
「疲れたか?」
「いいえ、全然。とっても楽しいです」
夢みたいです。こんなふうに専務とチークダンスなんて。
緊張なんて、どこかにいってしまった。
たぶん、シャンパンが美味しくて、飲み過ぎてしまったんだと思う。ちょっとテンションも違っていた。
「私、うまくやれました?」
「ああ、完璧な俺の妻だ。誰も疑ってやしない」
「よかった」
もしくはこのとき専務が、甘くささやいたのがいけなかったのかもしれない。
「綺麗だ」
そう言われた時、痺れたように私は専務に体を寄せてささやいた。
「専務、私にご褒美をください」
「ん?」
「今夜だけ、私を本当の妻にして」
一度だけ。今夜だけでいいですから。
口にした瞬間、世界が止まったと思った。
でも、そう思ったのは私だけで、時計の針は普通に進み、ダンスが続いていたと気づいたのは、専務が笑ったから。
「飲み過ぎだ」
「あはは。ごめんなさい。冗談ですよ」
口元では笑ってみせたけど、専務とは目を合わせられなかった。
また、フラれちゃった。
ハロウィンに続いて二度目ね。
浮かれ過ぎ。赤ちゃんが生まれるのは専務の子じゃなくて、妹さんの子だったというだけなのに、バカみたい。
照明が明るく戻り、パーティはお開きになる。
ワイワイがやがやしながら挨拶をして、車の順番を待っているうちはよかった。
車の中で専務とふたりきりになった時の、この気まずさはどうしたものか。
さっきのバカな発言を冗談にしたのだから、普通にしていればいいのに。うまくそれができない。
「酔っちゃいました」とがんばって笑顔をみせて、ドアに肩をつけ瞼を閉じた。
毛皮のショールに顔を埋めるて寝たふりをする。
誘って迫って、それでも上司に相手にされない秘書というのも最低だし、そんな家政婦も最悪だよね。
専務だって、やっぱり妻役なんて頼むんじゃなかったと後悔してるだろう。
ああ、ユメちゃん。私どうしたらいい?
告白してみたよ?
あの日のヴァンパイアと再会して、明日が楽しみになる恋をして。
でも、ユメちゃん。
恋が届かないときは、どうしたらいいんだっけ。
今はまだ泣いちゃいけないと自分に言い聞かせながら、そんなことを考えた。
隣に座っているはずの専務は、なにも言わない。
ほんの少し手を伸ばすだけで触れるところにいるのに、それがつらい。辛くて仕方がない
須田社長のお嬢様、綺麗だったな。
挨拶を交わした彼女は、とても美人でお嬢様というにふさわしく優しい感じの素敵な女性だった。社長は龍崎専務と彼女をくっつけたがっていたというけれど、ご本人の気持ちはどうだったのだろう。
私は実は偽者の妻で、しかも相手にされていない秘書だと知ったら、なんて思うかな。
ごめんなさいね。
私もお嬢様と同じなんですよ、歯牙にもかけてもらえないんです。
悲しいです……。
35
お気に入りに追加
290
あなたにおすすめの小説
家族愛しか向けてくれない初恋の人と同棲します
佐倉響
恋愛
住んでいるアパートが取り壊されることになるが、なかなか次のアパートが見つからない琴子。
何気なく高校まで住んでいた場所に足を運ぶと、初恋の樹にばったりと出会ってしまう。
十年ぶりに会話することになりアパートのことを話すと「私の家に住まないか」と言われる。
未だ妹のように思われていることにチクチクと苦しみつつも、身内が一人もいない上にやつれている樹を放っておけない琴子は同棲することになった。
ネカフェ難民してたら鬼上司に拾われました
瀬崎由美
恋愛
穂香は、付き合って一年半の彼氏である栄悟と同棲中。でも、一緒に住んでいたマンションへと帰宅すると、家の中はほぼもぬけの殻。家具や家電と共に姿を消した栄悟とは連絡が取れない。彼が持っているはずの合鍵の行方も分からないから怖いと、ビジネスホテルやネットカフェを転々とする日々。そんな穂香の事情を知ったオーナーが自宅マンションの空いている部屋に居候することを提案してくる。一緒に住むうち、怖くて仕事に厳しい完璧イケメンで近寄りがたいと思っていたオーナーがド天然なのことを知った穂香。居候しながら彼のフォローをしていくうちに、その意外性に惹かれていく。
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません
如月 そら
恋愛
旧題:隠れドS上司はTL作家を所望する!
【書籍化】
2023/5/17 『隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません』としてエタニティブックス様より書籍化❤️
たくさんの応援のお陰です❣️✨感謝です(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)
🍀WEB小説作家の小島陽菜乃はいわゆるTL作家だ。
けれど、最近はある理由から評価が低迷していた。それは未経験ゆえのリアリティのなさ。
さまざまな資料を駆使し執筆してきたものの、評価が辛いのは否定できない。
そんな時、陽菜乃は会社の倉庫で上司が同僚といたしているのを見てしまう。
「隠れて覗き見なんてしてたら、興奮しないか?」
真面目そうな上司だと思っていたのに︎!!
……でもちょっと待って。 こんなに慣れているのなら教えてもらえばいいんじゃないの!?
けれど上司の森野英は慣れているなんてもんじゃなくて……!?
※普段より、ややえちえち多めです。苦手な方は避けてくださいね。(えちえち多めなんですけど、可愛くてきゅんなえちを目指しました✨)
※くれぐれも!くれぐれもフィクションです‼️( •̀ω•́ )✧
※感想欄がネタバレありとなっておりますので注意⚠️です。感想は大歓迎です❣️ありがとうございます(*ᴗˬᴗ)💕
羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。
泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。
でも今、確かに思ってる。
―――この愛は、重い。
------------------------------------------
羽柴健人(30)
羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問
座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』
好き:柊みゆ
嫌い:褒められること
×
柊 みゆ(28)
弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部
座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』
好き:走ること
苦手:羽柴健人
------------------------------------------
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる