7 / 81
3.飼うならかわいい猫がいい
1
しおりを挟む
「大丈夫よ。そんなにがっかりしないで」
眉尻を下げた実彩子ちゃんは、ポンポンと私の肩を叩く。
「このままマンションにいていいんだし、仕事だってすぐに見つかるわ。とりあえずこの人材派遣会社に行ってみて、龍崎さんが話を通してくれるそうだから、いい仕事を紹介してもらえるわよ。なんならアキラのところで働いたっていいんだし」
家政婦の仕事は失ったけれど、アキラ叔父さんが所有している今のマンションの部屋には、このまま無償で住んでいいと言ってくれた。
行く当てもなく途方に暮れるわけではないとはいえ、叔母夫婦に申し訳ない。
龍崎さんの引っ越しなんて嘘かもしれないし。
私がこそこそ隠れていたのを不快だったのではと思うと、叔母夫婦の信用まで無くしてしまったようで、情けなさでいっぱいになる。
実彩子ちゃんには正直に打ち明けてみたけれど、笑って気にしなくていいと慰められるばかりだった。
「まだ気にしているの? なんとも思っていないわよ。コーヒー飲んでいけって誘ってくれたのがその証拠だって。龍崎さんはそんなふうに気を使う人じゃないもの」
「――ほんとに?」
「ほんとよ。直接本人に言えて良かったって、アキラに言っていたそうよ? 心配してここを紹介してくれたんだもの、クビなはずないじゃない」
「それならいいんだけど……」
少し気持ちが落ち着いてきたところで、実彩子ちゃんが差し出した紙を手に取った。
それは恐らくネットから印刷したもので、会社名などのほか、簡単な地図が記載されている。
「人材派遣会社『ヒムロス』?」
「紹介してくれるのは、派遣社員だけじゃないみたいよ。正社員もあるらしいわ。ヒムロスの専務が龍崎さんの友人らしくてね、ブラック企業みたいなところとは取引しない会社だから安心だって」
龍崎さんが私のためにそこまで?
私が実彩子ちゃんに報告するより先に、龍崎さんからアキラ叔父さんに家政婦が必要なくなった話が伝わっていた。
と同時にこのヒムロスを推薦してくれたというのなら――。
あまり気に病まなくてもいいのかな。
「元気出してがんばんなさい」
「うん、そうだね。わかった。早速行ってみる」
よし、気を取り直してがんばろう。
今度こそちゃんと面接をして自分の力で仕事を見つけなくちゃ。
龍崎さんとは縁がなかったんだ。
とってもステキな人だったけれど、既婚者なんだからどうしようもない。ヴァンパイアだった可能性も否定できないし、恋の相手にはなりえないのだ。
さあ上を向いて道を開こう。
そして、恋をしよう。
私はそのために東京に来たんだから。
善は急げという。
私は早速リクルートスーツに身を包んで人材派遣会社ヒムロスに向かった。
ヒムロスでは、龍崎さんの友人だという男性が面接してくれた。
名前は氷室仁さん。役職はヒムロスの専務。その氷室さんが龍崎さんを甘くしたようなものすごいイケメンなので、思わずひるんでしまう。
さすが東京は違う。龍崎さんだけでビックリなのに、こんなにかっこいい人がごろごろいるなんて。
いや、ごろごろはいないか。
しかし面接相手がこれほどイケメンでは目のやり場に困ってしまう。
などと雑念に惑いながら気を引き締め直し、氷室さんの提示を待った。
「一番のオススメはこちらですね」
くるりとノートパソコンを私に向けて、氷室さんが教えてくれたのは――。
え?
表示されている企業名に、目が釘付けになる。
「龍崎組?」
「そう。龍崎さんの会社でも募集していてね。秘書課だから審査が厳しいのですが、森村さんの場合はハウスキーパーをしていたという彼の信用があるし問題ないでしょう」
「で、でも私。クビになったので……」
もしかして氷室さんは事情を知らないのだろうか。
「あはは。もしかしてハウスキーパーの件を言っているなら、クビじゃないですよ? だって、龍崎さんからも龍崎組の紹介もリストに入れるよう聞いていますしね」
「え? 龍崎さんが承知の上で?」
氷室さんは「ええ」とうなずく。
「もちろん、森村さんが希望すればの話ですが。一流企業だし条件もいい。面接受けるだけ受けてみたらいかがですか?」
一流企業の秘書?
固唾を飲んで募集要項を見る。
仕事内容、役員秘書。就業時間九時から十八時、休憩一時間、問題なし。給与に昇給その他福利厚生に至るまでパーフェクト。
なんて素敵な響きだろう。“秘書”という言葉が、悪魔のささやきのように私を誘う。
具体的にどんな作業になるのか氷室さんに聞いてみたが、いまいちピンとこない。
不安なので自分が農協でしてきた仕事内容を聞いてもらう。総務にいた私の仕事は、書類の作成からお客様の対応にイベントの準備運営まで様々だった。
それらひと通りを説明すると、氷室さんは破顔した。
「十分十分。たとえ二年でも、それだけ経験していれば大丈夫ですよ」
「そうですね――はい。挑戦してみます!」
その場で氷室さんは龍崎組に電話をかけてくれて、面接はあさってに決まった。
緊張なのか武者震いなのか、喉の奥がゴクリと鳴る。
眉尻を下げた実彩子ちゃんは、ポンポンと私の肩を叩く。
「このままマンションにいていいんだし、仕事だってすぐに見つかるわ。とりあえずこの人材派遣会社に行ってみて、龍崎さんが話を通してくれるそうだから、いい仕事を紹介してもらえるわよ。なんならアキラのところで働いたっていいんだし」
家政婦の仕事は失ったけれど、アキラ叔父さんが所有している今のマンションの部屋には、このまま無償で住んでいいと言ってくれた。
行く当てもなく途方に暮れるわけではないとはいえ、叔母夫婦に申し訳ない。
龍崎さんの引っ越しなんて嘘かもしれないし。
私がこそこそ隠れていたのを不快だったのではと思うと、叔母夫婦の信用まで無くしてしまったようで、情けなさでいっぱいになる。
実彩子ちゃんには正直に打ち明けてみたけれど、笑って気にしなくていいと慰められるばかりだった。
「まだ気にしているの? なんとも思っていないわよ。コーヒー飲んでいけって誘ってくれたのがその証拠だって。龍崎さんはそんなふうに気を使う人じゃないもの」
「――ほんとに?」
「ほんとよ。直接本人に言えて良かったって、アキラに言っていたそうよ? 心配してここを紹介してくれたんだもの、クビなはずないじゃない」
「それならいいんだけど……」
少し気持ちが落ち着いてきたところで、実彩子ちゃんが差し出した紙を手に取った。
それは恐らくネットから印刷したもので、会社名などのほか、簡単な地図が記載されている。
「人材派遣会社『ヒムロス』?」
「紹介してくれるのは、派遣社員だけじゃないみたいよ。正社員もあるらしいわ。ヒムロスの専務が龍崎さんの友人らしくてね、ブラック企業みたいなところとは取引しない会社だから安心だって」
龍崎さんが私のためにそこまで?
私が実彩子ちゃんに報告するより先に、龍崎さんからアキラ叔父さんに家政婦が必要なくなった話が伝わっていた。
と同時にこのヒムロスを推薦してくれたというのなら――。
あまり気に病まなくてもいいのかな。
「元気出してがんばんなさい」
「うん、そうだね。わかった。早速行ってみる」
よし、気を取り直してがんばろう。
今度こそちゃんと面接をして自分の力で仕事を見つけなくちゃ。
龍崎さんとは縁がなかったんだ。
とってもステキな人だったけれど、既婚者なんだからどうしようもない。ヴァンパイアだった可能性も否定できないし、恋の相手にはなりえないのだ。
さあ上を向いて道を開こう。
そして、恋をしよう。
私はそのために東京に来たんだから。
善は急げという。
私は早速リクルートスーツに身を包んで人材派遣会社ヒムロスに向かった。
ヒムロスでは、龍崎さんの友人だという男性が面接してくれた。
名前は氷室仁さん。役職はヒムロスの専務。その氷室さんが龍崎さんを甘くしたようなものすごいイケメンなので、思わずひるんでしまう。
さすが東京は違う。龍崎さんだけでビックリなのに、こんなにかっこいい人がごろごろいるなんて。
いや、ごろごろはいないか。
しかし面接相手がこれほどイケメンでは目のやり場に困ってしまう。
などと雑念に惑いながら気を引き締め直し、氷室さんの提示を待った。
「一番のオススメはこちらですね」
くるりとノートパソコンを私に向けて、氷室さんが教えてくれたのは――。
え?
表示されている企業名に、目が釘付けになる。
「龍崎組?」
「そう。龍崎さんの会社でも募集していてね。秘書課だから審査が厳しいのですが、森村さんの場合はハウスキーパーをしていたという彼の信用があるし問題ないでしょう」
「で、でも私。クビになったので……」
もしかして氷室さんは事情を知らないのだろうか。
「あはは。もしかしてハウスキーパーの件を言っているなら、クビじゃないですよ? だって、龍崎さんからも龍崎組の紹介もリストに入れるよう聞いていますしね」
「え? 龍崎さんが承知の上で?」
氷室さんは「ええ」とうなずく。
「もちろん、森村さんが希望すればの話ですが。一流企業だし条件もいい。面接受けるだけ受けてみたらいかがですか?」
一流企業の秘書?
固唾を飲んで募集要項を見る。
仕事内容、役員秘書。就業時間九時から十八時、休憩一時間、問題なし。給与に昇給その他福利厚生に至るまでパーフェクト。
なんて素敵な響きだろう。“秘書”という言葉が、悪魔のささやきのように私を誘う。
具体的にどんな作業になるのか氷室さんに聞いてみたが、いまいちピンとこない。
不安なので自分が農協でしてきた仕事内容を聞いてもらう。総務にいた私の仕事は、書類の作成からお客様の対応にイベントの準備運営まで様々だった。
それらひと通りを説明すると、氷室さんは破顔した。
「十分十分。たとえ二年でも、それだけ経験していれば大丈夫ですよ」
「そうですね――はい。挑戦してみます!」
その場で氷室さんは龍崎組に電話をかけてくれて、面接はあさってに決まった。
緊張なのか武者震いなのか、喉の奥がゴクリと鳴る。
45
お気に入りに追加
295
あなたにおすすめの小説

ただ、愛してると囁いて
螢日ユタ
恋愛
「俺に干渉はするな。それと、俺の言うことは絶対に聞け。それが条件だ」
行き場の無い私を拾ってくれた彼は決して優しく無くて、
基本放置だし、
気まぐれで私を抱くけど、
それでもいい。
私はただ、
温もりと、居場所が欲しいだけだから――
お酒の席でナンパした相手がまさかの婚約者でした 〜政略結婚のはずだけど、めちゃくちゃ溺愛されてます〜
Adria
恋愛
イタリアに留学し、そのまま就職して楽しい生活を送っていた私は、父からの婚約者を紹介するから帰国しろという言葉を無視し、友人と楽しくお酒を飲んでいた。けれど、そのお酒の場で出会った人はその婚約者で――しかも私を初恋だと言う。
結婚する気のない私と、私を好きすぎて追いかけてきたストーカー気味な彼。
ひょんなことから一緒にイタリアの各地を巡りながら、彼は私が幼少期から抱えていたものを解決してくれた。
気がついた時にはかけがえのない人になっていて――
表紙絵/灰田様
《エブリスタとムーンにも投稿しています》

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
独占欲強めな極上エリートに甘く抱き尽くされました
紡木さぼ
恋愛
旧題:婚約破棄されたワケアリ物件だと思っていた会社の先輩が、実は超優良物件でどろどろに溺愛されてしまう社畜の話
平凡な社畜OLの藤井由奈(ふじいゆな)が残業に勤しんでいると、5年付き合った婚約者と破談になったとの噂があるハイスペ先輩柚木紘人(ゆのきひろと)に声をかけられた。
サシ飲みを経て「会社の先輩後輩」から「飲み仲間」へと昇格し、飲み会中に甘い空気が漂い始める。
恋愛がご無沙汰だった由奈は次第に紘人に心惹かれていき、紘人もまた由奈を可愛がっているようで……
元カノとはどうして別れたの?社内恋愛は面倒?紘人は私のことどう思ってる?
社会人ならではのじれったい片思いの果てに晴れて恋人同士になった2人。
「俺、めちゃくちゃ独占欲強いし、ずっと由奈のこと抱き尽くしたいって思ってた」
ハイスペなのは仕事だけではなく、彼のお家で、オフィスで、旅行先で、どろどろに愛されてしまう。
仕事中はあんなに冷静なのに、由奈のことになると少し甘えん坊になってしまう、紘人とらぶらぶ、元カノの登場でハラハラ。
ざまぁ相手は紘人の元カノです。
愛し愛され愛を知る。【完】
夏目萌(月嶋ゆのん)
恋愛
訳あって住む場所も仕事も無い神宮寺 真彩に救いの手を差し伸べたのは、国内で知らない者はいない程の大企業を経営しているインテリヤクザで鬼龍組組長でもある鬼龍 理仁。
住み込み家政婦として高額な月収で雇われた真彩には四歳になる息子の悠真がいる。
悠真と二人で鬼龍組の屋敷に身を置く事になった真彩は毎日懸命に家事をこなし、理仁は勿論、組員たちとの距離を縮めていく。
特に危険もなく、落ち着いた日々を過ごしていた真彩の前に一人の男が現れた事で、真彩は勿論、理仁の生活も一変する。
そして、その男の存在があくまでも雇い主と家政婦という二人の関係を大きく変えていく――。
これは、常に危険と隣り合わせで悲しませる相手を作りたくないと人を愛する事を避けてきた男と、大切なモノを守る為に自らの幸せを後回しにしてきた女が『生涯を共にしたい』と思える相手に出逢い、恋に落ちる物語。
※ あくまでもフィクションですので、その事を踏まえてお読みいただければと思います。設定等合わない場合はごめんなさい。また、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
あの夜、あなたがくれた大切な宝物~御曹司はどうしようもないくらい愛おしく狂おしく愛を囁く~
けいこ
恋愛
密かに想いを寄せていたあなたとのとろけるような一夜の出来事。
好きになってはいけない人とわかっていたのに…
夢のような時間がくれたこの大切な命。
保育士の仕事を懸命に頑張りながら、可愛い我が子の子育てに、1人で奔走する毎日。
なのに突然、あなたは私の前に現れた。
忘れようとしても決して忘れることなんて出来なかった、そんな愛おしい人との偶然の再会。
私の運命は…
ここからまた大きく動き出す。
九条グループ御曹司 副社長
九条 慶都(くじょう けいと) 31歳
×
化粧品メーカー itidouの長女 保育士
一堂 彩葉(いちどう いろは) 25歳
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる