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◆重なる点と線
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カランカラン。
今度こそアキラかと思いながら、右崎はドアベルの音に振り返った。
だが、入って来たのはアキラではなく本日二人目の客である。
「いらっしゃいませ」
(まったくあいつは、一体なにをやっているんだ)
マンションはすぐ目の前なので、届けるだけなら五分とかからないはずなのに、アキラが店を出てからゆうに三十分は経っている。
今日はたまたま客が少ないのでひとりでも困りはしないが。
それにしても遅い。
気がかりは、もうひとつ。
アキラがローズさんと呼んでいる常連の女性が、今夜に限ってなかなか現れない。
彼女が来るのはいつも開店とほぼ同時だ。
もちろん来ない日もあるし時間がずれるときもある。姿を見せないからといって、いつもならこれほど気にかけないが――。
警察官から薔薇の花束の話を聞いてしまったからには、そういうわけにはいかない。
どうしたって気になる。
仮に事件に彼女が係わっていたとしても自分に直接関係があるわけではないが、それでも無事でいてほしいと思う。今日ばかりは昨日までと変わらぬ姿を、どうか早く見せてほしい。
被害者が亡くなったら、今度こそ殺人事件になってしまうのだ。
ひと月ほど前の夏の暑さが鳴りを潜め始めた昼どき。
通りかかった公園のベンチで、右崎は彼女を見かけた。
彼女はひとりで、膝の上にハンカチを敷き、アルミホイルで包んだおにぎりを食べていた。脇に置いた白いドリンクボトル。
伏し目がちであったし、髪をひとつにまとめ、勤め先の制服を着ていたからすぐにはわからなかった。
右崎が最初に目を留めたのはおにぎりで、おにぎりはラップじゃなくてアルミホイルで包んだほうがおいしいんだよと共感し、ふと、ローズさんだと気づいた。
ただそれだけだ。
彼女は右崎に気づかなかったし、声を掛けずに通り過ぎたが、その日、右崎は彼女のためにも昨日よりおいしい料理を作ろうと心に誓った。
彼女が俯いた瞬間、ポトリと落ちたのは涙だったと思う。
おにぎりをそんなふうに泣きながら食べていては、悲しすぎるではないか。
いや、おにぎりだから癒されるのかもしれないしと思いを巡らせ、右崎はその日のメニューを考えた。
思い浮かんだのは里芋のクリームコロッケだったか。
そしてその日の夕方、彼女は変わらぬ様子で店に現れた。奥の席で薔薇を見つめ、グラスワインを飲み、魚介類のトマトソースをかけたクリームコロッケを、綺麗に残さず食べてくれた。
今夜もあの日のように安心させてほしい。
そう思いながら彼女がいるはずの席に視線を移すと、ふと壁の薔薇に目が留まった。
スポットライトで光る赤い薔薇が、まるで生き物のように視界に押し寄せてくる錯覚に襲われて、慌てて視線をはずす。
ぞわりと悪寒が背中を走る。
(ああ、どうかとにかく、被害者の男性が無事回復されますように)
カランカラン。
今度こそアキラかと思いながら、右崎はドアベルの音に振り返った。
だが、入って来たのはアキラではなく本日二人目の客である。
「いらっしゃいませ」
(まったくあいつは、一体なにをやっているんだ)
マンションはすぐ目の前なので、届けるだけなら五分とかからないはずなのに、アキラが店を出てからゆうに三十分は経っている。
今日はたまたま客が少ないのでひとりでも困りはしないが。
それにしても遅い。
気がかりは、もうひとつ。
アキラがローズさんと呼んでいる常連の女性が、今夜に限ってなかなか現れない。
彼女が来るのはいつも開店とほぼ同時だ。
もちろん来ない日もあるし時間がずれるときもある。姿を見せないからといって、いつもならこれほど気にかけないが――。
警察官から薔薇の花束の話を聞いてしまったからには、そういうわけにはいかない。
どうしたって気になる。
仮に事件に彼女が係わっていたとしても自分に直接関係があるわけではないが、それでも無事でいてほしいと思う。今日ばかりは昨日までと変わらぬ姿を、どうか早く見せてほしい。
被害者が亡くなったら、今度こそ殺人事件になってしまうのだ。
ひと月ほど前の夏の暑さが鳴りを潜め始めた昼どき。
通りかかった公園のベンチで、右崎は彼女を見かけた。
彼女はひとりで、膝の上にハンカチを敷き、アルミホイルで包んだおにぎりを食べていた。脇に置いた白いドリンクボトル。
伏し目がちであったし、髪をひとつにまとめ、勤め先の制服を着ていたからすぐにはわからなかった。
右崎が最初に目を留めたのはおにぎりで、おにぎりはラップじゃなくてアルミホイルで包んだほうがおいしいんだよと共感し、ふと、ローズさんだと気づいた。
ただそれだけだ。
彼女は右崎に気づかなかったし、声を掛けずに通り過ぎたが、その日、右崎は彼女のためにも昨日よりおいしい料理を作ろうと心に誓った。
彼女が俯いた瞬間、ポトリと落ちたのは涙だったと思う。
おにぎりをそんなふうに泣きながら食べていては、悲しすぎるではないか。
いや、おにぎりだから癒されるのかもしれないしと思いを巡らせ、右崎はその日のメニューを考えた。
思い浮かんだのは里芋のクリームコロッケだったか。
そしてその日の夕方、彼女は変わらぬ様子で店に現れた。奥の席で薔薇を見つめ、グラスワインを飲み、魚介類のトマトソースをかけたクリームコロッケを、綺麗に残さず食べてくれた。
今夜もあの日のように安心させてほしい。
そう思いながら彼女がいるはずの席に視線を移すと、ふと壁の薔薇に目が留まった。
スポットライトで光る赤い薔薇が、まるで生き物のように視界に押し寄せてくる錯覚に襲われて、慌てて視線をはずす。
ぞわりと悪寒が背中を走る。
(ああ、どうかとにかく、被害者の男性が無事回復されますように)
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