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◆容疑者XとX
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遡ること丸一日――。
いつものようにアキラはバイトに入っていた。
オープンを待ったように客が数人入ってくる。
アキラは手際よくグラスに水を注ぎ、注文を聞いて回った。
注文が聞き終わると店内はいつものように静かで、落ち着いた空気に包まれる。
耳に伝わるのはマスターが料理を盛り付ける音と流れる音楽のみ。
クラシカルな空気に包まれ、静かに流れる音楽に身を委ね、おいしい食事やワインを楽しむ店。
それが執事のシャルールである。
大学二年生の彼がここで働き始めたのは半年前。
ぶらりとひとりで来て、会計のときにバイトの募集はしていないかと聞いてみた。求人募集の貼り紙はないのでダメもとだったが、ちょうど近々辞めるバイトがいたようであっさりと決まったのだ。
シフトは週に三日程度。基本的には水曜から金曜の夕方六時から深夜二時まで。
彼はこのバイトが気に入っていた。
時給は千七百円と決して悪くはないし、店は小さいので目まぐるしく忙しいなんてことも滅多にない。
マスターの右崎は口数は少ないが穏やかな人柄で、食材が残ったときは料理を作って帰りに持たせてくれたりする。
右崎が作る料理はどれもこれも絶品で、賄いも感動的においしい。
一人暮らしの学生ゆえ食生活は充実しているとはいえず、またとないバイト先といえた。
開店後三十分ほど経って、また客が来た。
「いらっしゃいませ」
入ってきたのは女性、おひとりさまである。
九時頃まではバーというよりもレストラン色が強く、ジャズではなくクラシックを流している。
食事のメニューは二千円の"おまかせディナー"のみだが、旬の食材を使ったバラエティ豊かな料理は、盛り付けにもこだわりがみえて絵画のように美しいゆえか、圧倒的に女性客が多い。
ほとんどが彼女のようにひとり客で、おまかせディナーを楽しみに来ているようだ。
ドアベルと共に入って来た若い女性客は、微かに口角を上げ、軽い会釈をしてドアから手を離し、コツコツとヒールの音を立てながらカウンターの前を通り過ぎていく。
ゆっくりとした歩みに従って、ふわりふわりと甘い香りが漂った。
彼女が手にしているは、深紅の薔薇の花束。その花束が放つ芳香だった。
常連客の多くがそうであるように、彼女も同じ席に腰を下ろす。
最奥の小さなテーブル席が彼女の指定席。壁に向かって座った彼女は、いつものように壁に立て掛けてある真っ赤なブリザーブドフラワーを見つめた。
年齢は恐らく二十代後半。
ゆるくハーフアップにした髪は柔らかそうに肩に流れている。いつもきっちりとしたスーツかワンピースを着ているので、仕事帰りなのだろう。
アキラは水の入ったグラスをトレイに載せて、注文を聞きに行く。
テーブルにグラスを置くだけで、彼女はいつものように告げる。
「おまかせディナーをお願いします」
「かしこまりました」
額縁の中で生き続ける深紅の薔薇に魅せられた、美しい女性。
ローズさん。
アキラは密かに彼女をそう呼んでいる。彼女はアキラがこの店でバイトを始める前からの常連だ。
いつものようにアキラはバイトに入っていた。
オープンを待ったように客が数人入ってくる。
アキラは手際よくグラスに水を注ぎ、注文を聞いて回った。
注文が聞き終わると店内はいつものように静かで、落ち着いた空気に包まれる。
耳に伝わるのはマスターが料理を盛り付ける音と流れる音楽のみ。
クラシカルな空気に包まれ、静かに流れる音楽に身を委ね、おいしい食事やワインを楽しむ店。
それが執事のシャルールである。
大学二年生の彼がここで働き始めたのは半年前。
ぶらりとひとりで来て、会計のときにバイトの募集はしていないかと聞いてみた。求人募集の貼り紙はないのでダメもとだったが、ちょうど近々辞めるバイトがいたようであっさりと決まったのだ。
シフトは週に三日程度。基本的には水曜から金曜の夕方六時から深夜二時まで。
彼はこのバイトが気に入っていた。
時給は千七百円と決して悪くはないし、店は小さいので目まぐるしく忙しいなんてことも滅多にない。
マスターの右崎は口数は少ないが穏やかな人柄で、食材が残ったときは料理を作って帰りに持たせてくれたりする。
右崎が作る料理はどれもこれも絶品で、賄いも感動的においしい。
一人暮らしの学生ゆえ食生活は充実しているとはいえず、またとないバイト先といえた。
開店後三十分ほど経って、また客が来た。
「いらっしゃいませ」
入ってきたのは女性、おひとりさまである。
九時頃まではバーというよりもレストラン色が強く、ジャズではなくクラシックを流している。
食事のメニューは二千円の"おまかせディナー"のみだが、旬の食材を使ったバラエティ豊かな料理は、盛り付けにもこだわりがみえて絵画のように美しいゆえか、圧倒的に女性客が多い。
ほとんどが彼女のようにひとり客で、おまかせディナーを楽しみに来ているようだ。
ドアベルと共に入って来た若い女性客は、微かに口角を上げ、軽い会釈をしてドアから手を離し、コツコツとヒールの音を立てながらカウンターの前を通り過ぎていく。
ゆっくりとした歩みに従って、ふわりふわりと甘い香りが漂った。
彼女が手にしているは、深紅の薔薇の花束。その花束が放つ芳香だった。
常連客の多くがそうであるように、彼女も同じ席に腰を下ろす。
最奥の小さなテーブル席が彼女の指定席。壁に向かって座った彼女は、いつものように壁に立て掛けてある真っ赤なブリザーブドフラワーを見つめた。
年齢は恐らく二十代後半。
ゆるくハーフアップにした髪は柔らかそうに肩に流れている。いつもきっちりとしたスーツかワンピースを着ているので、仕事帰りなのだろう。
アキラは水の入ったグラスをトレイに載せて、注文を聞きに行く。
テーブルにグラスを置くだけで、彼女はいつものように告げる。
「おまかせディナーをお願いします」
「かしこまりました」
額縁の中で生き続ける深紅の薔薇に魅せられた、美しい女性。
ローズさん。
アキラは密かに彼女をそう呼んでいる。彼女はアキラがこの店でバイトを始める前からの常連だ。
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