音よ届け

古明地 蓮

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いつも幸せは最後に訪れて

雑用生活の前の準備

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なんか、変に心がどきどきしていて、心臓が飛び出しそうだった。
これまで一回も感じたことのない感情で、心を言葉に表現できないもどかしさにのまれる。
でもそれ以上に、訳の分からない浮遊感というか、落ち着きどころのない心があって、水上さんに話しかけられなかった。
多分、僕は顔を真っ赤にして、もじもじしていたんだろう。
水上さんが、さっとタブレットを取り出して、何かを書いて渡してくれた。

「秦野君どうしたの?
 具合でも悪いの?」

と書かれていた。
僕は、急いで水上さんへの返事を書こうとした。
でも、なんでか手がうまく動いてくれなくて、微妙に文字が震えていた。
何度も書き直した挙句、ようやく書きたいことを書けた。

「体調は平気だよ
 それより、水上さんは朝何かしてたの?」

と、質問を質問で返してしまった。
本当はあんまりやりたくないことなんだけど、どうしても筆談ってなると、細かく話せないのが難しい。
結局、最後までまともにそれができないまま終わってしまった。

書ききったタブレットを水上さんに渡して、僕は前で行われているホームルームに目をやった。
でも、特に何かいつもと違うことをやっているわけでもないし、あんまり聞く意味がなさそうだった。
そして、こういう行事になると発動する、謎の先生の長話が始まっていた。

ふとわき腹に何かがあったった。
わき腹に視線を向けると、水上さんからタブレットが届いていた。
なるべくやさしく、水上さんからタブレットを受け取って、質問の返答を読むと

「朝は、本当は練習に行きたかったんだけど、壁の装飾があっていけなかったんだ
 ごめんね」

って書いてあった。
水上さんが、僕と話すときにだけ使ってくれる、気さくな話し方がとても好きで、いまの「ごめんね」みたいなのを見ると、心がウキウキする。
でも何とか心を落ち着けようと、必死になりながら返事を書いた。
前では、すでにホームルームが終わりそうな感じがしたので、余計に焦って文字を書いた。

「いや、何してたのか気になっただけだから安心して
 じゃあ、昼休みに練習するときに。しっかり通し練習しよう」

と書いて渡そうとした。
その時に、丁度ホームルームの終わりの号令が行われた。
タイミングが悪いなって思いながらも、先生に礼をした。

ホームルームが終わると、また各々行動を始めていた。
でも、さっきみたいにピリピリした雰囲気を待っとっているのは、少数に減っている。
大体の人たちは、もう仕事が終わって、本番の店員以外の仕事がなくなっているから、気楽になっているんだ。
気楽な人たちに交じって、数人まだまだ忙しそうな人たちがいた。
一コマ目に店員をやらなくてはいけない人たちだろう。

僕はどちらかというと、忙しいサイドの人だ。
ホームルームが終わってすぐに、水上さんにタブレットを渡して以来、ずっと準備に携わっている。
僕は、本当は外の店員をやりたかったんだけど、結局中の雑用兼監視役兼司会役になってしまった。
何が何だかわからない役職名だけど、実際に名簿にそう記載されているんだから仕方ない。

僕の仕事は、中で最初に入ってきたお客さんに説明をすること。
そして、お客さんたちが不正行為や、危険な行為をしてないかを厳しく確認すること。
そして、最後に壊れた壁の補修や、謎の設置のし直しなどの雑用だ。
その中でも、僕にとって一番面倒くさいと感じるのは司会役だ。

司会役は、本当はかなり楽な役職になる予定だったんだ。
ただ、お客さんが入ってきたときにだけ、説明をして、入り口にまで案内するだけでよかったから。
でも、それだけじゃ仕事が楽だからと言って、ヒントを出す役や、謎解き途中のストーリーを読み上げる役までやらされることになってしまった。
オーバーワークな気がするけど、クラスのためなんだと思って頑張ろうと思う。

今は、その司会とかの仕事の準備をしているところだ。
まずは説明する場所のセッティングや、台本があることを確認する。
次に、お客さんが途中で詰まってしまったときに出すヒントの確認をしている。
この二つは、できるだけ台本を見ずに、すらすら言えるような状態にしておけと言われていたから、できる限りの練習はしてきた。
それでも、全然完璧には程遠いところで終わってしまっているので、うまくはできない気がする。

それから、もう一つの雑用用の準備もある。
雑用がそのための準備をするっていうのも、なんだか変な話な気がするけど、できる限りの準備はしてある。
お客さんが絶対に入れないように作ってある場所に、ガムテープとかの必要な道具を隠しておくんだ。
それから、窓側からも見えないように、迷路の壁と同じ仕組みのやつで囲ってあるから、もうお客さんがここに入ってくることはないはずだ。
まあ、こっちにお客さんが入りそうになったら、全力で妨害するのも僕の役目だから、どうにでもなるはずだ。

取り敢えず、自分の持ち分をやるための準備は全部終わったことを確認した。
とは言っても、僕は雑用なので、どんな仕事が降りかかってくるかは、本番にならないとわからないことがたくさんある。
それに、正直お客さんがいい人であれば一切問題なく進むはずなので、お客さんの質が高いことを望むしかない。
とにかく、これで僕がやるべき仕事は全部終わった。

手持無沙汰になってしまったので、辺りを見回して作業がないかを探した。
でも、どこもかしこも詰めの作業に入っているので、特にやることはなさそうだった。
僕以外にも、仕事がなくなって、無理に手伝おうとして拒否されている人がいたし、もう教室内は大丈夫だろう。

自分はあんまり張り詰めた空気に居続けるのは得意なタイプじゃないので、いったん少し教室を離れようと、外に出た。
すると、教室の外に水上さんが立っているのが見えた。
頭をかきながら暗い表情で下を向いていたので、ちょっと話しかけてみることにした。
水上さんと話すことが増えて以来、常時ポケットに小さなショーペンとメモ帳を持ち歩くようになった。
こういう時に話しかけやすくするためだ。

「何か困ったことでもあった?」

と、小さなメモ用紙に書いてから、水上さんの肩をたたいた。
水上さんが、僕の顔を見て「どうしたの?」と言いたそうな表情をしていたので、持っていたメモ帳を手渡した。
水上さんは、僕のメモ用紙を見ると、僕から受け取ったシャーペンを急ぎ目に書きばしった。
僕はそれを彼女から受け取ると、さっと目を通した。

「何のお手伝いをしたらいいのかわからなくて困ってるの
 秦野君と同じコマ割りにしてもらってるから、秦野君に聞こうか迷っていたんだ」

と書いてあった。
そんなことなら、早く聞いてくれればよかったのにと思ったけど、水上さんだから仕方ないと思うことにした。
それから、新しいメモ用紙を出して、一応の仕事内容とか、やってほしい作業を書いておいた。
水上さんは僕が書いている途中から、のぞき見をして書いている内容を全部読んでいた。
そして、僕が全部書き終わって水上さんに渡すと、さっきと打って変わっていい表情でペコっとお辞儀した。

一つやることを終わらせたかすかな達成感を味わいながら、教室の外で空気を吸った。
廊下の窓辺に立つと、窓の向こうを眺めながら、外の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
大きく伸びをしたいところだけど、みんなの視線が怖いので、小さく手を前に伸ばすだけにした。
それをしたせいか、中途半端に疲労感が残ってしまって、失敗したなって思った。

それにしても、クラスの実行委員会は意外とちゃんと考えてくれているんだと知った。
水上さんがうまく話せないことや、クラスの中でも同じ部活である程度仲がいい僕と、同じ時間割の作業にしてくれた。
おかげで、水上さんも安心して作業ができると思うし、僕としても意思疎通がしやすい人度同じだといろいろとやりやすい。
最近は水上さんとは、視線を軽く合わせたり、離れていても軽いジェスチャーで大体お互いのことは伝えられるから、あんまり不便もしなくなってきていて、すごく楽しくなってきた。
最初は、筆談そのものに面白さを見出そうとしていたけど、今では意思疎通の仕方に面白さを見出している。
本当に楽しかった日常だ。

と、時計を見ると、そろそろ文化祭開始の五分前だった。
だんだんといつもに見慣れない私服の人たちや、親御さんと思われる方々が教室の前に列を作り始めた。
今日は、宣伝用に私服を着ている人たちもいるし、他校の人もいるのでどっちがどっちかわからなくなってしまった。
まあ、そろそろ教室の後ろで、司会役として戻らなければいけない時間になったんだと悟った。

水上さんには、ちょっと悪い気がするけど、話ができないのはどうしても難しいと思うから、司会役じゃなくて雑用役に回ってもらった。
まあ、多分お客さんの間での作業が多いはずだから、僕も手伝えるし大丈夫だと思う。
これで、一応名目上は、僕は司会役になることができた。
ちょっとなんか上の職業に就いた気がして、少しだけ嬉しくなった。

本当はあまり着たくなかったんだけど、今日はあるものに着替えていて、その上に制服を着ている。
時間が迫っているし、仕方ないと思って制服を脱いだ。
そこから見えたのは、僕には似つかわしくない執事服だ。

僕が執事に変身した瞬間、文化祭が始まりを告げた。
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