救済

古明地 蓮

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成長

恋愛と友情と盲目

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 コオロギの声すら聞こえなくなった秋の夜更け。学生にとっては課題に追われる時間だ。私も例になく椅子に座って美雪から出された課題を何とか片付けていた。

 時計を見ると8:55。今日の勉強会まであと五分しかない。のんきに家に帰ってきてから、余っていたカップ焼きそばを食べながら俊とメッセージをしていた自分を後悔する。残された課題は少し苦手な現代社会の問題集。四択問題を適当に選ぶ。

 何とかすべての問題に目を通し終えると、スマホに通知が入った。確認すると、美雪がグループ通話を開始したと書いてある。一息つく間もなく、通話に入る。

「晴飛が入ったみたいだから、今日の勉強会を始めましょうか」

「桃花はもう入ってるの?」

 まだ美雪が通話を始めてすぐなのに、桃花がすぐには入れるというのは少し珍しいと思った。しかし、私の思っていた言葉とは違うものが帰ってきた。

「いいえ、今日は桃花はこれないのよ。まあ、その話は今日の勉強会後に少し話しましょうか。」

 心に少しもやもやが残りながらも、美雪に言われるがままに今週の課題の進捗状況を伝える。なんとかすべての課題は終わっているけれど、今週はちょっと怪しかったこと。いくつかわからない問題があったことなどを伝える。

 美雪はなぜか今日は少し不機嫌というか悲しそうな声をしていた。いつもなら、勉強会で教師役をやるのが楽しいらしく、ご機嫌なお嬢様といった様子なのに。

「今週はこんな感じだった。まあ何とか追いつけてる感じかな。」

「そうね。まあ、あなたは部活に恋愛に楽しむためにはちゃんと勉強しないとね。」

 なんとなく朝の話から私の恋愛にうすうす気づいているのは察していたけれど、まさか直接減給されるとは思わなかった。美雪の言葉に微妙な空気が漂う。スマホを通して向こうも同じ空気だろうか。

 少しして美雪の声が聞こえた。

「勉強会はこれでお開きだけど、話したいことがあと三つほどあるわ。どれからにする?」

 美雪が提示したのは、桃花のこと、私の恋愛、そして私の勉強について。私が話したい内容からでいいと言われたので、私の勉強の話を選択した。

「あなたの勉強ね。まあこれは大した問題じゃないのよ。ただあなたは一年生の序盤の授業がすっかり抜けてるから、本当はそろそろその部分の補填を行いたいの。それで、その部分の課題も出したいのだけど」

 そこで美雪は言葉を区切ったけど、私はその先がわかった。

「つまり、今週の課題で時間が足りないのは困るってことね」

 ため息交じりに言わなかった部分を補う。頭の中でぐるぐると言い訳がめぐりめぐる。確かに美雪の課題はちゃんとやれば十分に終わるし遊べる量。だけど私は部活頑張りたいし、俊とたくさん遊びたい。成績だって前回何とかなったんだから。

「わかってくれるならそれでいいわ。」

 少し寂しそうにそういっただけだった。美雪らしくない事が続いているのが胸に引っかかる。

 次に私が選んだのは桃花の話だった。今日の桃花の遅刻とあの落ち込んだ様子の理由が私は知りたかった。あの桃花をあそこまで落ち込ませる物に見当もつかない。

 私が選択を告げるや否や、美雪は一つだけ私に聞いた。

「あなた、桃花からの連絡を見ていないのね」

「え?」

 スマホを確認して桃花からの連絡がないかを見る。普段は通知が鳴るようにしてるし、桃花からの連絡を見落とすことはないはず。まさか見落としていたなんてこと。

 と思っていたが、確かに桃花との会話画面には連絡が来ていたことを表す通知が付いている。しかも、それは二日ほど前。少し申し訳なく思いながらタップすると、長文のメッセージが書かれていた。

 上にスワイプしていくと、未読のメッセージがかなりたまっていることを知らされた。一番古いのは四日ほど前だった。

「お母さんが危篤になったって 
 どうしよう」

「お父さん呼んだんだけど、まだ仕事中見たいで出ないの」

「怖いよ」

「返信してよ」

 単発のメッセージはこの四つだった。そしてその下に長い長いメッセージが書かれている。いったいどれくらいの時間をかけて書いたのだろうと思ってしまうほど。

 それは桃花から私への怒りの表明だった。彼女らしくない布巾にくるんだ包丁のような言葉が胸に刺さる。それは直接心をえぐられる以上に後味が悪く、自分の失態を思い知らせるには十分すぎた。

「どうかしら。彼女は多分今頃はお母さんのベッドの横にいるはずよ」

 美雪の声が冬先の雪のように積もることなく溶けていく。焦り、後悔、懺悔、自制、あらゆる感情と理性がそれぞれの正解を私に押し付けようとする。それすらも美雪には声だけで伝わってしまうらしい。

「今からあなたにできることは、今の気持ちを率直にメッセージで送っておくことぐらいよ。桃花からも、あまり晴飛に心配をかけたくないと言われてるの」

 いわれるがままに、私は桃花に思いつくままにメッセージを書いた。送信ボタンを押した瞬間に、感情の濃度が下がる心地がした。

「メッセージ送った」

 疲弊した感情のままに言葉をひねり出す。イヤホンの向こうから何かを飲む音がしてから、美雪の声に変った。

「それじゃ、最後の話、あなたの恋愛のことね」

 ようやく気持ちが落ち着いたのに、また気持ちをかき乱されるのかと嫌な気分になる。それでも、さっきまでの二つは私に非があるから仕方ないのだと自分に言い聞かせる。

「私の恋愛の話って、具体的に何が言いたいの?」

 これは私自身のことだし、別に美雪に迷惑をかけるようなことはしてないはず。それに美雪が口をはさむことじゃないと思う。そんな私の心をわがままとでも言いたいかのような美雪のとげのある声が鼓膜を揺らす。

「別に恋愛を否定するわけじゃないわ。ただ、最近のあなたの様子が少し気がかりなのよ」

「私の様子?」

 美雪の言葉に首をかしげる。美雪は少し間をおいてから続けた。

「最近のあなたはお金遣いが荒くなって食費を減らしてるでしょ。それに、おしゃれを感じない着こなしも増えたし。」

 そこで美雪は言葉を切る。紅茶を飲んで一息ついたような吐息がしてから、続きを語った。

「クラスの男の子と一切話さないようになったじゃない。もともとあまり話す人ではなかったけどね」

 少し考えてから、私は美雪の言葉に反論した。

「確かにお金のことは、俊と遊ぶのに使っちゃうから少し減らしてるよ。それでも一応三食ちゃんと食べてるから大丈夫。洋服は、確かに美雪からしたらセンスないかもしれないけど、俊が好きな服装をしているの。」

 それから、本当のことを伝えるべきか少し迷った。

「男子と話さないのは、俊が見てたら嫌な思いをするかもしれないからってだけだよ。そもそもクラスの男子で仲いい人少ないしね」

 伝え終わると、ほっと溜息が出る。喉が詰まるような心地でものを言ったからか、急に水が飲みたくなった。しかし、美雪がすぐに話し始めたので、汲みに行く暇がなかった。

「あなたらしくないわね。以前にゲームの話をした時でもここまで感情的にはならなかったのに。」

 悪いことをした子供に母親が抱く落胆のような物を感じさせる美雪の声。そんな彼女に私は少し苛立った。

「別に美雪は私のお母さんじゃないんだし。これは私の勝手でしょ。」

 口に出してから、言葉を引っ込めたくなる。けれども、美雪の耳には既に届いてしまっている。だから私はすぐに彼女に謝った。

「ごめん。きつく言っちゃった」

「別にいいのよ。私も過保護すぎたわ」

 さっきとはまた違う悲しみを感じさせる声音。聖母の嘆きに近い。その声音のままで美雪は別れ文句のように言い残した。

「金銭感覚が合わない人、人間関係を縛る人、束縛する人はやめたほうがいいわ。これはあなたの人生であって、俊君のヒロインの人生じゃないの」

 それだけ言うと美雪は通話から抜けた。コンサートホールで音楽を鑑賞した後のような余韻が頭に残ってしばらく動けなかった。俊のヒロインの人生じゃないという言葉が頭にこびりついた。

 ようやく立ち上がると、蛇口から水道水を組んで口を潤した。それから、スマホを確認する。通話中は通知が来ない設定だから、もしかしたらと思ってみると、案の定俊から連絡が入っていた。

「暇~?」

「ゲームしない?」

「おーい」

「返信できんの?」

 似たような短文メッセージが20件ぐらいたまっている。時計を確認すると、もう十一時を少し回っていた。焦った私はとりあえず俊に電話をする。ほんの1コールもしないで応対した。

「晴飛、なんかあったの?全然連絡しても変身ないから心配したよ」

 俊の言葉に彼氏を待たせたという申し訳なさがのしかかる。

「ごめんなさい。いつもの勉強会があったから、連絡できなかったの」

「あっそ。たまたま俺が暇だったから遊べたらいいなと思って連絡しただけだから。」

 俊の声の後ろにはキーボードをたたく音がする。せめてものお詫びと思って私は俊に申し出る。

「今から入ってもいい?」

 すると、俊は通話越しでもわかるぐらいに声のトーンを挙げた。

「もちろん。この試合終わったらやろう」

 安心した私は机の勉強道具を片付けるとパソコンの電源をつけた。一度通話を切ってから、すぐにパソコンのほうで通話に戻る。

「今日の調子はどう?」

「上々だよ。もう少しでランクが上がりそう」

 一緒にやってるFPSゲーム。どんどん彼だけがうまくなっていって、今日も足手まといになるのかなと考えてしまう。これ以上俊の機嫌を損ねたくないし、せめて変なミスをはしないようにと自分を戒める。

「ようやく終わったから、一緒にもぐろうか。やっぱ人と一緒にゲームをやるのは楽しいね」

「そう、だね」

 素直に俊の言葉にうなずけなくなってしまった自分に気が付いた。急いで取り繕うように言葉を積み重ねる。

「一人だと味わえない楽しさがあるよね。あと負けてもあんまりイライラしないし」

「まあ、このランクなら負けないよ」

 冷たく言い放つ彼の声が少しだけ怖く感じた。押し黙った私に思い出したかのように俊は言った。

「この間の約束覚えてる?」

「もちろん。部員以外とは話してないよ」

「それならよかった」

 そういうと、俊はゲームスタートのボタンを押した。私の画面も自動的にスタートされる。俊に聞こえないように深く深くため息をついた。秋の夜長は始まったばかりだ。
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