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第二章 人生とは非日常である
第五話 睨まれる非日常
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僕らが家につく頃には少し日が傾いていた。小百合さんのことを少し心配しながら家に帰ったけれども、いつもと変わらない様子で出迎えてくれた。安心して僕らは自分の部屋に行くと勉強を始めた。
意外にも結構な時間を使ってしまったことがわかったので、焦りながら勉強を始める。学習計画帳を見るに、まだまだ勉強するべき内容が残っていた。木の遠くなるほどの量の勉強におののきつつも、決心して問題集を開く。
スマホのタイマーを作動させると、勉強を始めた。
正気に戻ったかのように、自分の状況を思い出す。そもそも死にかけている状況でも勉強をやっている事自体おかしいような気がする。普通の人であればもっと楽しい生活をして充実した人生を歩むだろう。それなのに、僕は最後の最後まで勉強をしている。
お金のこともそうだ。僕は一体どこでお金を使うんだろうか。これまでに使った金額といえば、居住費として小百合さんに渡したお金と交通費と今日の参考書代ぐらい。これだけのお金を持った高校生もっといろんなことをやるべきだと思う。それなのに僕はこれを選択したんだ。
まあ、僕は少し変わった人間なんだろう。そういうことにしておこう。
二回目ぐらいの勉強の休憩のタイミングで、トイレに行くときに椿姫と鉢合わせた。椿姫は僕とすれ違うと
「今日の話待ってますからね」
と釘を刺した。そういえばそんな約束をしていたなと思い出しながら
「忘れてないさ」
と答えた。正直に言えば勉強で頭がいっぱいになっていたけれど。
勉強に戻ってからも、椿姫との約束が頭から離れなくなってしまった。どこから、なんて説明したらいいのだろうか。普通の人がこの話を聞いたらどのように感じるのだろうか。嘘のような話に聞こえるのだろうか。
なんて考えながら、膨大だと思われていた問題を次々に解いていった。気が付いたら日はとっくに落ちていて、問題の数もかなり減ってきていた。これで椿姫と時間をとって話ができると安心した。
時間を見計らって、僕は下の階に降りて料理の準備をした。絶妙なタイミングで当番を引いたな。今日じゃなければもっと落ち着いて料理ができたのにと、当番表を少し恨む。
それでも料理をしなければいけないので、冷蔵庫を開けて家にある具材を確認する。たんぱく質は豚のひき肉に鳥のもも肉がある。野菜は大体何でもそろっている。あとは今日の気分次第。
今日は何が食べたい?
自問自答して得られた回答はハンバーグだった。食べたいというよりは、ハンバーグをこねるような無心になれる時間が欲しかっただけのようだけど。
とりあえず必要な具材を取り出して準備をする。同時に、スープの用意も必要なので、コンソメスープに合いそうなニンジンを取り出した。ついでに、今日の分のご飯を小百合さんが準備してくれていたことを確認する。
お母さんに教えてもらったハンバーグの作り方を思い出しながら作る。玉ねぎをみじん切りにすると、フライパンで軽く色が付くまで炒める。そして、ひき肉と卵とパン粉と塩コショウを混ぜてこねる。
ハンバーグは硬さや触感で好みがわかれるので、あえて3種類別別に作ることにした。一つはとにかくこねまくって柔らかくし、一つは荒っぽく形成してひき肉の触感を残す。もう一つは普通な感じに作る。焼く前にひびが入らないように、割れそうな部分を少しつまんで補強する。
ハンバーグが三つできると、フライパンに乗せて焼き始める。時計を見ると、もうお夕飯まであまり時間がなかった。ちょうど椿姫がお風呂に向かったらしいので、タイムリミットは後30分前後だ。
焦りが出てきた僕は、フライパンの様子が安定するとコンソメスープづくりを始めた。もうひと玉ねぎ取り出してくし形に切り、鍋に放り込む。それと人参も輪切りにすると鍋に入れた。あとは調味料をそれっぽく入れると、火にかける。
ふとハンバーグの様子を確認すると、もう少し余裕がありそうだったので、先に換気扇を中にした。警告音が鳴らないことを確認すると、一息つく。
一呼吸置くと、次はお皿の準備をした。ハンバーグに使うお皿とスープ用のお椀を出す。ちゃんと洗えているか、ゴミが入っていないかを軽く確認して、シンクの隣に置いておく。
そろそろと頃合いを見計らい、ハンバーグをひっくり返すと、火加減を抑えて極弱火にする。そして、スープが沸騰するまでまだ時間がありそうなので、先に洗い物をすることにした。包丁やまな板を洗い、全部元あった位置に戻す。
スープが沸騰しそうになり、火を止めて味を確認する。かなり粗雑な味付けだけれども、飲めないものではないので完成ということにする。
お風呂場のお筆ドアが開く音がした。焦ってハンバーグを見ると、もう少しだけ火を通したほうがよさそうだった。焦った僕は、とりあえず提供できるものからどんどん準備することにした。
ご飯をお茶碗によそり、カウンターに提供する。カウンターに提供した食品は手が空いた人が運んでくれる。今日の場合は小百合さんがやってくれるので、昨日とは立場逆転だ。次いでスープも提供した。
椿姫がこっちの部屋に歩いてくる音が聞こえる。フライパンを確認すると、いい感じにハンバーグができていたので、用意していたお皿に分けていく。すごいぎりぎりだったけれど、何とか間に合った。ハンバーグもカウンターに出すと、僕は二人に聞いた。
「ハンバーグ葉三種類あります。あらびきっぽい奴と、普通の奴、それにすごい小ネタ柔らかい奴です。どれが食べたいですか?」
「「あらびき」」
まさかの矢田部親子が同時に注文してきた。勝手にどっちかに提供するわけにもいかないので、二人に公正に決めてもらうことにした。
「じゃあ二人でじゃんけんして決めてください。こねたやつは僕がもらうので」
そういうと、僕は自分のお皿だけテーブルまで運んだ。そして、椅子に座りながら見ていると、どうやら親子決戦は親が買ったらしい。不満層に椿姫が中くらいのハンバーグを自分のところに運んでいくのが見えた。
全員分のご飯が提供されると、みんなで席について合掌する。
「いただきます」
少し不思議な空気が僕らの間に流れる。食べている間にもちらちらと椿姫の視線が僕の法に向く。小百合さんから見れば、椿姫が僕に好意を寄せているように見えるのだろうが、僕らの間のその意味は全く違う。忘れてないでしょうね、と語っているのだった。
結局食事中も僕はそのことが頭から離れずに、思考を巡らせ続けるのだった。
今日は料理担当が僕だったので、片づけは椿姫と小百合さんがやってくれる。その間に僕はお風呂に入り、時間を有効活用する。風呂場の鏡を見ると、どうやらこの一週間程度で僕は少し体重が増えたようだ。ここの生活が快適だからだと思う。
今日はサクッとお風呂から上がると、いそいそとリビングに戻った。リビングではまだ二人がカウンターの向こうに立っていたので、片づけが残っているのなら手伝おうと思ったけれど、どうやら立ち話をしているらしかった。親子の会話に立ち入るのは無礼だと思い通り過ぎた。
自分の部屋に戻ると、今日の勉強計画を確認した、喜ばしいことに、今日の勉強はもう少しで片付きそうなので、椿姫に話すことをじっくり考えられそうだ。損のためにも今残っている勉強を早く終わらせてしまおう。
幸いなことに、最後に残っている勉強は共通テストの予想問題だ。タイマーで時間を設定すると、深く深呼吸する、まずは今目の前にある問題に集中だ。心を落ち着かせるとタイマーを開始した。
集中している間の頭脳は心地が良い。電脳世界に入り込んだように、もしくは正規の大天才の脳内を旅しているように、どこまででも飛んでいけるような気がする。初めて見た問題でも、電脳回路を流れる電流が答えを出してくれる。
共通テストの問題は数が多いけれど、そのどれもが一瞬で溶けたような気がしていた。解答用紙が埋まり、問題用紙に続きがないことを確認すると、タイマーを確認する。まだまだ時間には余裕があると思っていたけれど、そこまでの時間は残っていなかった。三個いう所やネットの記事で見る、時間の余裕のなさを痛感させられる。
一度休憩をはさみ、トイレに向か王と思った。けれど、椿姫が部屋から出てくるのが怖くなると、僕は部屋に戻って残りの休憩時間を持て余した。
結局ベッドにもたれかかり、自分のブログをスマホで眺めていた。ブログであり自分の日記であり、僕の変遷記でもある。眺めていると、僕がどういう成長をしてきたのか、まだまだ未熟な部分が見える。自分の改善点を見つけては、ちょっと自己嫌悪になる。
休憩の終わりを告げる音楽が流れる。あとは採点作業だけだから、気楽に机の前に座ると、模範解答を取り出す。先ほど解いた問題だから、答えは覚えているけれども、本番のためにもちゃんと問題用紙に残した答えで採点をする。
模範解答を開いた瞬間に、自分の計算が大体あっていることが確認できて安心する。細かい問題を採点する前に、大まかに解答用紙を比較して、マークの動きを見る。この調子なら大丈夫そうだ。
そう高をくくって、問題用紙のほうの採点では十分な点数が取れていた。これならと思って解答用紙のほうで採点をして驚愕する。解答用紙は三番目の問題からマークが全部ずれていたんだ。まさかこんなべたなミスをするとは思わなかった。
悔しいやら自分にいらいらしながらも、採点の結果を学習計画帳に記載する。明らかに過去最低点だ。二時間前ぐらいの自分に戻りたいと、心から願ってもかなわない。やるせない気持ちをぶつける先もなくて、僕はブログを書こうとした。ちょうどそのタイミングで
「そろそろいいですか」
と、椿姫が僕の部屋に入ってきた。ノックもせずに入ってきたせいで、焦った僕はパソコンを消すのも忘れてドアのほうに向かった。
「いいよ」
とりあえず今日の勉強は全部終わっている。まだ話すことは考えられていないけれど、これ以上時間をかけることのほうがよくないような気がしたのだ。
「じゃあ私の部屋に来てください」
そういって自分の部屋に入る椿姫の後ろについて、僕も彼女の部屋に入る。吐いた瞬間、心臓をつかまれたような気持になった。部屋にあるすべてのものから、椿姫の視線に似たような冷たさを感じた。こんなにも逃げ道のない瞬間は初めてかもしれない。
促されるままに昨日見たローテーブルの前に座る。椿姫と対面した状態になり、椿姫の針金のような視線が刺さる。僕は必死に言い逃れする方法や、ごまかしに使える言葉を考えた。それでも何も浮かばない。
何も言わない僕をじれったく思った椿姫は、視線以上の鋭さの言葉を打ち込んだ。
「話す気はないんですか?ずっとっ画してるつもりですか?」
その言葉に観念した僕は、事情聴取を受けている被疑者のように語り始めた。
長い、長い話を
「そこから話すべきだろうか。まずは僕の病気の話からかな」
まずは病気のことを話した。致死性の心臓病であること。遺伝性の病気だけれど、親からの遺伝ではなく、突然変異の可能性が高いこと。現代の医療では治療もできないこと。そして椿姫に隠していた秘密
「この家に最初に来た時、僕はあたかもアパートでも借りていたような話をしたけど、あれは嘘なんだ。部屋を借りていたのは、半分嘘で半分本当なんだけどね。
実際はこの家に来る前日まで入院していたんだ」
ごまかしていたんだから、多少なじられるかと予想した。けれども、彼女から飛び出た言葉は予想と違った。
「では、どうして退院できたんですか?」
意外な言葉だったけれども、その話もなくてはと気づいた。
「それについては信じてもらえるかわからないけどね。あの前日に親父が僕の病室に入ってきて、僕の余命を買い取るといったんだ。一日10万円という信じられないような金額でね。応じるしかなかったから、買い取らせたら、この家の座標と鍵を渡されたんだ。あの日には既に退院の準備ができていたみたいに、順調に退院の手続きが済まされたから、この家に来たんだ。」
僕の話を疑ったような顔で椿姫は話を聞いていた。まあ信じられないのも無理はないだろう。気にせず僕は話をつづけた。
「荷物は置いて行っていいといわれたから、必要な荷物だけをもってこの家に来たんだ。最初この家の標識が僕の家と違ったから入っていいのかわからなかったけれど、ちゃんと答え合わせがあったから信じてはいったんだよ。」
「答え合わせとは?」
「ドアに僕に渡された紙と同じ数字が書かれた付箋が貼ってあったんだ。」
なるほど、と言いながら、何やらスマホにメモをしているらしかった。中身が気になるけれど、触れないで置いた。
「ここらへんで僕の話はほとんど終わりだよ。」
そういうと、椿姫は僕にあきれた様子で言った。
「このぐらいの話なら、カフェであんな顔はしないと思いますけど?いい加減話してくださいよ」
ダメか。
僕の別の過去をさらけ出しても、椿姫には通用しなかった。部屋を見渡して、逃げられないことを確信した僕は、観念して話し始める。
「さすがにごまかせないか。あの時考えていた僕のお母さんの話をしよう」
お母さんという言葉とともにい頭の中に流れ出した無数の記憶のフラグメント。プリズムみたいに何度もお母さんの顔とあの家の姿が反射する。時間が遡行しているような感覚に襲われて、過去に浸っていた。何度も何度もお母さんとの記憶を反芻する。
「翔さん」
その声とともに急に現実に引き戻された。とっさに僕は語らなかったことをわびた。
「ちゃんと話さなくてごめん」
そういって椿姫の声がしたほうを向いて、視界が随分とぼやけていることに気づく。視力が急激に落ちたのか、焦って目をこすって、いつの間にか泣いていたことを知る。それも、少しではなく大量に涙の粒が頬をつっていることに驚き、着ていた服で拭う。それでも止まることはなかった。そ
泣き続ける僕を見過ごせなかったのか、椿姫が口を開いた。
「少し休んだらどうですか?今日は時間がありますから」
「じゃあ、ちょっとトイレに行ってくる」
彼女の言葉に甘えて、気を強く持って涙を抑えながらトイレに行った。そして、便器に座りながらン阿弥陀を止める方法を模索した。
五分ぐらいたっただろうか。ずっと数学の問題を考えているうちに、ようやく涙が止まった。何とか立ち上がり、鏡を見ると目が赤くはれていた。こんなに泣きはらしたのはいつ以来だろうか。あの日を思い出しながら、この話もしないとなぁと思う。
トイレから出て椿姫の部屋に戻ると、先ほどと変わらない様子で椿姫が座っていた。僕もさっきの場所に座る。まずは謝罪から。
「迷惑をかけてごめん。急ぎながらお母さんの話をするよ。」
ちゃんと現実にいることを心にとどめながら、記憶を掘り起こす。
「まずは、僕のお母さんは看護師をやっていたんだ。働いている時は気が強い人だったらしいけど、家ではすごいやさしい人で、いつも助けてもらってばっかりだったんだ。まるで天使のようだったよ。
けど、お母さんの様子が変わったのは...いつぐらいだったかな。確か僕が高校二年の冬ぐらいのころだから、ちょうど一年前ぐらいかな。いつも笑顔だったお母さんがだんだん暗い表情が多くなってきたんだ。もともと帰りがバラバラな仕事だったけれど、いつもよりどんどん帰りが遅くなっていったんだ。あの時に声をかけておけばといつも思うよ。」
そこまで話して、僕は一旦話すのを止めた。一番苦痛な記憶を呼び起こすしかないとと心に決めて、あの悪夢の内容を思い出しながら語り始めた。
意外にも結構な時間を使ってしまったことがわかったので、焦りながら勉強を始める。学習計画帳を見るに、まだまだ勉強するべき内容が残っていた。木の遠くなるほどの量の勉強におののきつつも、決心して問題集を開く。
スマホのタイマーを作動させると、勉強を始めた。
正気に戻ったかのように、自分の状況を思い出す。そもそも死にかけている状況でも勉強をやっている事自体おかしいような気がする。普通の人であればもっと楽しい生活をして充実した人生を歩むだろう。それなのに、僕は最後の最後まで勉強をしている。
お金のこともそうだ。僕は一体どこでお金を使うんだろうか。これまでに使った金額といえば、居住費として小百合さんに渡したお金と交通費と今日の参考書代ぐらい。これだけのお金を持った高校生もっといろんなことをやるべきだと思う。それなのに僕はこれを選択したんだ。
まあ、僕は少し変わった人間なんだろう。そういうことにしておこう。
二回目ぐらいの勉強の休憩のタイミングで、トイレに行くときに椿姫と鉢合わせた。椿姫は僕とすれ違うと
「今日の話待ってますからね」
と釘を刺した。そういえばそんな約束をしていたなと思い出しながら
「忘れてないさ」
と答えた。正直に言えば勉強で頭がいっぱいになっていたけれど。
勉強に戻ってからも、椿姫との約束が頭から離れなくなってしまった。どこから、なんて説明したらいいのだろうか。普通の人がこの話を聞いたらどのように感じるのだろうか。嘘のような話に聞こえるのだろうか。
なんて考えながら、膨大だと思われていた問題を次々に解いていった。気が付いたら日はとっくに落ちていて、問題の数もかなり減ってきていた。これで椿姫と時間をとって話ができると安心した。
時間を見計らって、僕は下の階に降りて料理の準備をした。絶妙なタイミングで当番を引いたな。今日じゃなければもっと落ち着いて料理ができたのにと、当番表を少し恨む。
それでも料理をしなければいけないので、冷蔵庫を開けて家にある具材を確認する。たんぱく質は豚のひき肉に鳥のもも肉がある。野菜は大体何でもそろっている。あとは今日の気分次第。
今日は何が食べたい?
自問自答して得られた回答はハンバーグだった。食べたいというよりは、ハンバーグをこねるような無心になれる時間が欲しかっただけのようだけど。
とりあえず必要な具材を取り出して準備をする。同時に、スープの用意も必要なので、コンソメスープに合いそうなニンジンを取り出した。ついでに、今日の分のご飯を小百合さんが準備してくれていたことを確認する。
お母さんに教えてもらったハンバーグの作り方を思い出しながら作る。玉ねぎをみじん切りにすると、フライパンで軽く色が付くまで炒める。そして、ひき肉と卵とパン粉と塩コショウを混ぜてこねる。
ハンバーグは硬さや触感で好みがわかれるので、あえて3種類別別に作ることにした。一つはとにかくこねまくって柔らかくし、一つは荒っぽく形成してひき肉の触感を残す。もう一つは普通な感じに作る。焼く前にひびが入らないように、割れそうな部分を少しつまんで補強する。
ハンバーグが三つできると、フライパンに乗せて焼き始める。時計を見ると、もうお夕飯まであまり時間がなかった。ちょうど椿姫がお風呂に向かったらしいので、タイムリミットは後30分前後だ。
焦りが出てきた僕は、フライパンの様子が安定するとコンソメスープづくりを始めた。もうひと玉ねぎ取り出してくし形に切り、鍋に放り込む。それと人参も輪切りにすると鍋に入れた。あとは調味料をそれっぽく入れると、火にかける。
ふとハンバーグの様子を確認すると、もう少し余裕がありそうだったので、先に換気扇を中にした。警告音が鳴らないことを確認すると、一息つく。
一呼吸置くと、次はお皿の準備をした。ハンバーグに使うお皿とスープ用のお椀を出す。ちゃんと洗えているか、ゴミが入っていないかを軽く確認して、シンクの隣に置いておく。
そろそろと頃合いを見計らい、ハンバーグをひっくり返すと、火加減を抑えて極弱火にする。そして、スープが沸騰するまでまだ時間がありそうなので、先に洗い物をすることにした。包丁やまな板を洗い、全部元あった位置に戻す。
スープが沸騰しそうになり、火を止めて味を確認する。かなり粗雑な味付けだけれども、飲めないものではないので完成ということにする。
お風呂場のお筆ドアが開く音がした。焦ってハンバーグを見ると、もう少しだけ火を通したほうがよさそうだった。焦った僕は、とりあえず提供できるものからどんどん準備することにした。
ご飯をお茶碗によそり、カウンターに提供する。カウンターに提供した食品は手が空いた人が運んでくれる。今日の場合は小百合さんがやってくれるので、昨日とは立場逆転だ。次いでスープも提供した。
椿姫がこっちの部屋に歩いてくる音が聞こえる。フライパンを確認すると、いい感じにハンバーグができていたので、用意していたお皿に分けていく。すごいぎりぎりだったけれど、何とか間に合った。ハンバーグもカウンターに出すと、僕は二人に聞いた。
「ハンバーグ葉三種類あります。あらびきっぽい奴と、普通の奴、それにすごい小ネタ柔らかい奴です。どれが食べたいですか?」
「「あらびき」」
まさかの矢田部親子が同時に注文してきた。勝手にどっちかに提供するわけにもいかないので、二人に公正に決めてもらうことにした。
「じゃあ二人でじゃんけんして決めてください。こねたやつは僕がもらうので」
そういうと、僕は自分のお皿だけテーブルまで運んだ。そして、椅子に座りながら見ていると、どうやら親子決戦は親が買ったらしい。不満層に椿姫が中くらいのハンバーグを自分のところに運んでいくのが見えた。
全員分のご飯が提供されると、みんなで席について合掌する。
「いただきます」
少し不思議な空気が僕らの間に流れる。食べている間にもちらちらと椿姫の視線が僕の法に向く。小百合さんから見れば、椿姫が僕に好意を寄せているように見えるのだろうが、僕らの間のその意味は全く違う。忘れてないでしょうね、と語っているのだった。
結局食事中も僕はそのことが頭から離れずに、思考を巡らせ続けるのだった。
今日は料理担当が僕だったので、片づけは椿姫と小百合さんがやってくれる。その間に僕はお風呂に入り、時間を有効活用する。風呂場の鏡を見ると、どうやらこの一週間程度で僕は少し体重が増えたようだ。ここの生活が快適だからだと思う。
今日はサクッとお風呂から上がると、いそいそとリビングに戻った。リビングではまだ二人がカウンターの向こうに立っていたので、片づけが残っているのなら手伝おうと思ったけれど、どうやら立ち話をしているらしかった。親子の会話に立ち入るのは無礼だと思い通り過ぎた。
自分の部屋に戻ると、今日の勉強計画を確認した、喜ばしいことに、今日の勉強はもう少しで片付きそうなので、椿姫に話すことをじっくり考えられそうだ。損のためにも今残っている勉強を早く終わらせてしまおう。
幸いなことに、最後に残っている勉強は共通テストの予想問題だ。タイマーで時間を設定すると、深く深呼吸する、まずは今目の前にある問題に集中だ。心を落ち着かせるとタイマーを開始した。
集中している間の頭脳は心地が良い。電脳世界に入り込んだように、もしくは正規の大天才の脳内を旅しているように、どこまででも飛んでいけるような気がする。初めて見た問題でも、電脳回路を流れる電流が答えを出してくれる。
共通テストの問題は数が多いけれど、そのどれもが一瞬で溶けたような気がしていた。解答用紙が埋まり、問題用紙に続きがないことを確認すると、タイマーを確認する。まだまだ時間には余裕があると思っていたけれど、そこまでの時間は残っていなかった。三個いう所やネットの記事で見る、時間の余裕のなさを痛感させられる。
一度休憩をはさみ、トイレに向か王と思った。けれど、椿姫が部屋から出てくるのが怖くなると、僕は部屋に戻って残りの休憩時間を持て余した。
結局ベッドにもたれかかり、自分のブログをスマホで眺めていた。ブログであり自分の日記であり、僕の変遷記でもある。眺めていると、僕がどういう成長をしてきたのか、まだまだ未熟な部分が見える。自分の改善点を見つけては、ちょっと自己嫌悪になる。
休憩の終わりを告げる音楽が流れる。あとは採点作業だけだから、気楽に机の前に座ると、模範解答を取り出す。先ほど解いた問題だから、答えは覚えているけれども、本番のためにもちゃんと問題用紙に残した答えで採点をする。
模範解答を開いた瞬間に、自分の計算が大体あっていることが確認できて安心する。細かい問題を採点する前に、大まかに解答用紙を比較して、マークの動きを見る。この調子なら大丈夫そうだ。
そう高をくくって、問題用紙のほうの採点では十分な点数が取れていた。これならと思って解答用紙のほうで採点をして驚愕する。解答用紙は三番目の問題からマークが全部ずれていたんだ。まさかこんなべたなミスをするとは思わなかった。
悔しいやら自分にいらいらしながらも、採点の結果を学習計画帳に記載する。明らかに過去最低点だ。二時間前ぐらいの自分に戻りたいと、心から願ってもかなわない。やるせない気持ちをぶつける先もなくて、僕はブログを書こうとした。ちょうどそのタイミングで
「そろそろいいですか」
と、椿姫が僕の部屋に入ってきた。ノックもせずに入ってきたせいで、焦った僕はパソコンを消すのも忘れてドアのほうに向かった。
「いいよ」
とりあえず今日の勉強は全部終わっている。まだ話すことは考えられていないけれど、これ以上時間をかけることのほうがよくないような気がしたのだ。
「じゃあ私の部屋に来てください」
そういって自分の部屋に入る椿姫の後ろについて、僕も彼女の部屋に入る。吐いた瞬間、心臓をつかまれたような気持になった。部屋にあるすべてのものから、椿姫の視線に似たような冷たさを感じた。こんなにも逃げ道のない瞬間は初めてかもしれない。
促されるままに昨日見たローテーブルの前に座る。椿姫と対面した状態になり、椿姫の針金のような視線が刺さる。僕は必死に言い逃れする方法や、ごまかしに使える言葉を考えた。それでも何も浮かばない。
何も言わない僕をじれったく思った椿姫は、視線以上の鋭さの言葉を打ち込んだ。
「話す気はないんですか?ずっとっ画してるつもりですか?」
その言葉に観念した僕は、事情聴取を受けている被疑者のように語り始めた。
長い、長い話を
「そこから話すべきだろうか。まずは僕の病気の話からかな」
まずは病気のことを話した。致死性の心臓病であること。遺伝性の病気だけれど、親からの遺伝ではなく、突然変異の可能性が高いこと。現代の医療では治療もできないこと。そして椿姫に隠していた秘密
「この家に最初に来た時、僕はあたかもアパートでも借りていたような話をしたけど、あれは嘘なんだ。部屋を借りていたのは、半分嘘で半分本当なんだけどね。
実際はこの家に来る前日まで入院していたんだ」
ごまかしていたんだから、多少なじられるかと予想した。けれども、彼女から飛び出た言葉は予想と違った。
「では、どうして退院できたんですか?」
意外な言葉だったけれども、その話もなくてはと気づいた。
「それについては信じてもらえるかわからないけどね。あの前日に親父が僕の病室に入ってきて、僕の余命を買い取るといったんだ。一日10万円という信じられないような金額でね。応じるしかなかったから、買い取らせたら、この家の座標と鍵を渡されたんだ。あの日には既に退院の準備ができていたみたいに、順調に退院の手続きが済まされたから、この家に来たんだ。」
僕の話を疑ったような顔で椿姫は話を聞いていた。まあ信じられないのも無理はないだろう。気にせず僕は話をつづけた。
「荷物は置いて行っていいといわれたから、必要な荷物だけをもってこの家に来たんだ。最初この家の標識が僕の家と違ったから入っていいのかわからなかったけれど、ちゃんと答え合わせがあったから信じてはいったんだよ。」
「答え合わせとは?」
「ドアに僕に渡された紙と同じ数字が書かれた付箋が貼ってあったんだ。」
なるほど、と言いながら、何やらスマホにメモをしているらしかった。中身が気になるけれど、触れないで置いた。
「ここらへんで僕の話はほとんど終わりだよ。」
そういうと、椿姫は僕にあきれた様子で言った。
「このぐらいの話なら、カフェであんな顔はしないと思いますけど?いい加減話してくださいよ」
ダメか。
僕の別の過去をさらけ出しても、椿姫には通用しなかった。部屋を見渡して、逃げられないことを確信した僕は、観念して話し始める。
「さすがにごまかせないか。あの時考えていた僕のお母さんの話をしよう」
お母さんという言葉とともにい頭の中に流れ出した無数の記憶のフラグメント。プリズムみたいに何度もお母さんの顔とあの家の姿が反射する。時間が遡行しているような感覚に襲われて、過去に浸っていた。何度も何度もお母さんとの記憶を反芻する。
「翔さん」
その声とともに急に現実に引き戻された。とっさに僕は語らなかったことをわびた。
「ちゃんと話さなくてごめん」
そういって椿姫の声がしたほうを向いて、視界が随分とぼやけていることに気づく。視力が急激に落ちたのか、焦って目をこすって、いつの間にか泣いていたことを知る。それも、少しではなく大量に涙の粒が頬をつっていることに驚き、着ていた服で拭う。それでも止まることはなかった。そ
泣き続ける僕を見過ごせなかったのか、椿姫が口を開いた。
「少し休んだらどうですか?今日は時間がありますから」
「じゃあ、ちょっとトイレに行ってくる」
彼女の言葉に甘えて、気を強く持って涙を抑えながらトイレに行った。そして、便器に座りながらン阿弥陀を止める方法を模索した。
五分ぐらいたっただろうか。ずっと数学の問題を考えているうちに、ようやく涙が止まった。何とか立ち上がり、鏡を見ると目が赤くはれていた。こんなに泣きはらしたのはいつ以来だろうか。あの日を思い出しながら、この話もしないとなぁと思う。
トイレから出て椿姫の部屋に戻ると、先ほどと変わらない様子で椿姫が座っていた。僕もさっきの場所に座る。まずは謝罪から。
「迷惑をかけてごめん。急ぎながらお母さんの話をするよ。」
ちゃんと現実にいることを心にとどめながら、記憶を掘り起こす。
「まずは、僕のお母さんは看護師をやっていたんだ。働いている時は気が強い人だったらしいけど、家ではすごいやさしい人で、いつも助けてもらってばっかりだったんだ。まるで天使のようだったよ。
けど、お母さんの様子が変わったのは...いつぐらいだったかな。確か僕が高校二年の冬ぐらいのころだから、ちょうど一年前ぐらいかな。いつも笑顔だったお母さんがだんだん暗い表情が多くなってきたんだ。もともと帰りがバラバラな仕事だったけれど、いつもよりどんどん帰りが遅くなっていったんだ。あの時に声をかけておけばといつも思うよ。」
そこまで話して、僕は一旦話すのを止めた。一番苦痛な記憶を呼び起こすしかないとと心に決めて、あの悪夢の内容を思い出しながら語り始めた。
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大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
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