自分の最期は

古明地 蓮

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未来の社会を見る

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ふっと、私の体は浮いた。
でも、その最中に私の心は飛び出した。
まるで幽体離脱したみたいに。
そして、これからの未来を見た。

それは、私が想定していたよりも大きい波紋が広がっていた。
末期症状の患者が自殺し、そこに残された遺書も想定通り公開されていた。
マスコミは、ただ政府の逆張りがしたいだけなのか、安楽死に対して肯定的な報道を繰り広げた。
政府でも、安楽死についての議論が活発化し、法案が作成され、本議会での審議が始まった。
まあ、予想通りの何にも理解できてない国会議員の答弁があったけど、結局採決の結果可決された。
こんなにあっさり行くとは思えなかった。

それから、細かい安楽死に関する法律が制定され、最終的にはいっつんの書類にサインするだけで済むようになった。
これにより、病院から簡単に「薬」が処方されるようになった。
すごくシンプルな方法だけど、多分これが最善だと思う。

私は、幽体のまま、昔いた病院の中を巡った。
その中では、ある老人が安楽死用の書類にサインしていた。
その隣で、悲しそうな顔をした中年の男性がいた。
老人は書きながら、医者に話しかけていた。

「どうせこのまま生きていても、何にも得られないからね~
 家族の負担になるだけなら、いっそ死んだ方がいいと思うんだよ」

と言って、サインを終えると、医者から「薬」が渡された。
でも、それを飲む前に、老人は近くから眺めていた中年の男性に一言

「これで、もうあたしの心配はいらないからね
 あたしが残したお金で、楽しく暮らしてね」

というと、男性は号泣しながら、軽く頷いた。
すると、おばあさんは意を決したように「薬」を一飲みした。
一瞬つらそうな顔をした後、また軽く微笑んで、瞼を閉じた。

私は一部始終を見て、悲しいけどうれしくも感じた。
これで、あのおばあさんは自由になれたんだ。
息子さんも悲しいと思うけど、これでおばあさんから解放されてほしい。

それから、私はまた別の病室を回った。
そこでは、15歳ぐらいの男の子が同様に、安楽死承諾書にサインしていた。
不思議なことに、男の子の周りに親はいなかった。
いたのは優しく微笑む先生だけ。

少年はサインを終えて、「薬」を受け取ると、笑いながら泣き崩れた。
それを見た先生も、優しい顔で泣きながら彼の背中をさすった。
しばらく、そんな血縁もないはずの2人のやり取りを見ていた。

やがて、思いが決まったのか、男の子が顔を上げて、「薬」を口に入れた。
そして、二三秒間口の中でかき混ぜたあと、ゴクリと飲み込んだ。
そして、全てから開放されたように、ひまわりのような笑いをして、永遠に目を閉じた。

先生は、デスクに突っ伏したまま、次の患者も呼べずに泣いていた。
私は彼と先生の間を浮遊し続けた。

本当にこれでよかったんだろうか。
もうちょっと彼が頑張っても良かったんじゃないかな。
なんて、小さい子だから元気にいて欲しいなんて思ってしまう。

ふと、デスクの上に置いてある紙が目に止まった。
そこには、彼の両親が交通事故でなくなったこと、彼が末期の小児がんを患っていることが書かれていた。
思わずじっくり眺めていると、彼の余命が2ヶ月しかないことも知ってしまった。

彼に生きていて欲しかったという、私のエゴと、彼が自由になったからいいと思う気持ちが対立した。
こんな幽体のわたしなんかに決められるはずもないのにさ。
結局、どっちが正しいのか分からないまま、病室をあとにした。

なんだか、拭えない雲のようなものが、心の中心に占拠していた。
そんな中、私は次の病室を探すために廊下を歩いていた。
幽体とは、意外と気ままなもので、足が地面につかなくても前に進めてしまうのだ。

次の病室に向かうと、早速誰かが揉めていた。
1人は中年の男性の荒々しい声、もう1人は泣きそうな老婆の声だった。
急いで現場に向かい、聞き耳を立ててみると、大体の事情が掴めた。

つまりは、中年男性は老婆の子供で、入院費を払えなくなりそうだから、早く死んで欲しいとの事だった。
安楽死ができるようになる前まで、患者に対して「死ね」なんて言えなかったのに、今では平気で言うようだ。
まあ、正直男性の言うこともわかる。

老婆はもうちょっとだけ生かしておいて欲しいと主張していた。
生きていれば、色んな楽しみがあるから、殺されたくないと言った。
わたしには、老婆の気持ちもすごいよく分かる。

2人ともの意見は、平行線を辿り続けるのかと思いきや、途中で老婆が諦めた。
息子への負担の重さを知って、これ以上の負担はかけたくないと言って、書類にサインするためにペンを持った。
老婆がペンを持っている間、その場にいる4人全員が泣いていた。

老婆は、震える手で、小さく自分の名前を書き込み、医者に手渡した。
医者もいたたまれない気持ちをさらけ出しながらも、「薬」を渡した。
老婆が「薬」を飲もうとした瞬間、中年男性がそれを止めた。
そして、老婆に抱きついた。

「俺が悪かった…」

と言って、老婆から「薬」を取り上げた。
老婆も、安堵に飲まれて暖かい抱擁を交わしていた。
ただ1人、医者だけは未だに悲しそうにしていた。

医者が気になったので、よく見ると書類にとある文言が書かれていた。
「この書面にサインした時点で、本人は死人と見なされる」
確かに、安楽死には必要な機能なのだろう。
しかし、抱擁している老婆はもう死人なのだ。

なんだか、どうしても腑に落ちない部分を抱えて、この病室をあとにした。
なんせ、この病室ではあれから、20分以上も同じ体勢のまま、時間だけが過ぎていったからだ。

それでも、私には小さな達成感があった。
それは、みんなが安楽死制度を使ってくれることだ。
安楽死制度ができても、使われなければムダになってしまう。
だから、利用者がいて良かったと思っている。

それから、私はまた他の病室を巡った。
そこでは、医者と子供が同様に安楽死の話をしていた。
しかし、二人の間では不穏な空気が漂っていた。

少年が書面にサインするのを渋るのに対し、医師は早くサインしろと言っている。
この時点で、かなり危ないと思ったけど、それからの会話を聞いてさらに医者への不信感が増した。

「これを書いたら、僕は死んじゃうんでしょ?」

「いや、君は死なないよ
 少しの間は僕が面倒見るからさ」
 
と、何度も書面にサインしても死なないと念を押す医者の思惑が、朧気ながらに見えてきた。
つまりは、書面にサインした時点で死人扱いだから、人権無視して実験できると思っているんだ。


私は憤怒して、医者を止めに入った。

そんなことさせないっ!!
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